33.最後の賭け
村を焼き払った後、邪悪な魔女はたった一人生き残った子供に――魔女があえて生かしておいたのだ――静かに声を掛けた。
――あなただけは殺さないでおいてあげる。
――私を恨み、生きていきなさい。
――そして、大人になって、強くなったら。私を殺しに来なさい。
――村の者達や、家族の仇を討つために
――その時に改めて
――殺してあげる。
ケラケラと愉快そうに笑い、『呪詛の魔女』は姿を消した。
生き残った幼い子供は、魔女に言われた通り、強くなるよう努めた。
最強の魔女を倒せるようになるまで、剣の腕を磨き続けた。
長い年月をかけて、世界中を旅して回りながら、修行を続け、様々な困難を乗り越えていった。
数十年後、大人に成長し、世界でも一、二を争うレベルの剣士となった、かつての少年は、再び現れた魔女に挑んだのだった――。
「よう、クソ魔女。お前に言われた通り、会いに来てやったぜ」
「なんだ、お前は……どこかで会ったか?」
「忘れたってのか。悪いが、俺は一度もお前の事を忘れた事はないぜ……あの時の約束を果たさせてもらう」
「約束? はて、どんなものだったのか……」
「お前を、俺が、必ず殺してやるっていう約束だよ……!」
*
「ヤツのもとへは自力で行け! よいな?」
「了解。後は頼んだぜ」
パラカララは、水の塊をバンバン撃ってきている。
その攻撃を避けつつ、俺は移動を開始した。
魔力をまとって加速し、狙い撃ちをされないよう軌道を変え、少しずつ距離を詰めていく。
「やあ、お帰り。ようやく観念したのかな?」
「いや、俺ってヤツはあきらめが悪くてね。ぶっ倒されて動けなくなるまで、戦うつもりだ!」
「往生際の悪い……いいだろう、どうやってもボクには勝てないという事を教えてあげるよ!」
水の塊を小さなものに変え、連射してくる。
なるべく回避し、かわせないものは魔力剣で斬り、四散させる。
無駄撃ちが多かったからか、闘技場の地面はどこもグショグショに濡れていて、足を滑らせないように移動するのは大変だった。
よし、かなり近付いたぞ。魔力の刃を飛ばして攻撃できる間合いに入った。
ヤツに攻撃を当てるには、あともう少し、接近する必要がある。次の加速移動で、一気に間合いを……。
「やはり子供だな。いくら強くとも、経験がないから、敵の狙いが分からないわけだ」
「あ? なにを言って……」
そこで俺は気付いた。ヤツの足元から、白い何かがかなりの速度で伸びてくるのを。
慌てて飛び退き、そのなにかが追尾してくるのを見て、冷や汗をかく。
地を這うタイプの攻撃魔法かと思ったが、違う。
これは……あいつが、足元から凍らせているんだ……!
「ボクは、水系統の魔法を得意としているわけだけど……氷系の魔法も含まれているんだよ」
「水の塊を撃ちまくって水浸しにしたのは、凍らせるための布石だったのか……!」
なんてヤツだ。そこまで考えて攻撃してやがったとは。
マズイぞ。闘技場内のほとんどは水浸しになっている。
氷系の呪文なんか唱えられたら、場内の全てが凍り付いてしまう。
「君は、氷漬けにして捕獲する事にしよう。随分と手こずったけれど、これで終わりだよ……!」
ヤツの足元から俺に向けて、瞬間的に地面が凍り付いていく。
加速移動でどうにか逃れているが、もはや地面のほとんどが凍り付いている。逃げ場はどこにもない。
恐ろしいヤツだぜ。自分の方が圧倒的に実力は上なのに、まだ切札を隠していやがったとは……抜け目がないにもほどがある。
こうなったら、一か八かだ。この凍った地面を利用させてもらおう。
「行くぜえ! おりゃああああああ!」
凍り付いた地面の上に飛び乗り、加速移動を行う。
向かう先は、パラカララだ。氷の上を滑って近付き、あの野郎をぶった切ってやる……!
「この状況で向かってくるとは……度胸は買うけど、あまり利口な方法とは言えないね……!」
「!?」
あとほんの少し接近すれば、確実に剣の間合いに入る、というところで。
地面から噴き出した氷の波のようなものに行く手を阻まれ、俺はそれ以上進めなくなった。
足先から腰のあたりまで、氷に飲み込まれてしまい、動けない。
くそ、あと少しだったのに……! ヤツを倒すには、もっと接近しないと……。
ともかく脱出しなければ。魔力剣を使い、周囲の氷をカット、氷の波から抜け出す。
ところがそこで、新たな氷の波が襲い掛かってきた。今度のは俺を頭から飲み込む大きさだ。
「くっ……!」
回避は間に合わない。こうなったら魔力剣で斬れるだけ斬って、氷漬けにされるのを防ぐしかない。
上等だ。必ず、あいつの所まで行ってやるからな……!
迫り来る氷の波を魔力剣で迎え撃とうとした、その時。
強烈な気配が真横から急接近してきたのを感じ取り、俺はギョッとした。
なんだ? まさか、敵の新手……?
「でやああああああ!」
「!?」
それは、炎の渦をまとった、少女だった。
アーシェ・クリダニカは剣を振りかぶり、右手から突進してきた。
一瞬、まだ操られていて、俺に攻撃を仕掛けてきたのかと思ったが……。
「魔法剣、紅蓮火炎斬!」
炎をまとった剣を振るい、氷の波を叩き切り、ジュワッ、と蒸発させる。
俺の前に着地したアーシェは、笑顔で告げた。
「お待たせ! 私が来たからには、もう大丈夫だよ!」
「あ、ああ……そうなんだ……」
どう反応するべきか困っていると、アーシェは頬をふくらませた。
「ちょっと、アロン君! 大ピンチの場面で、倒れたはずの仲間が復活して助けに来たんだよ? もっと喜んで!」
「いや、まさかアーシェが助けに現れるとは思わなかったから……本物だよな?」
「正真正銘、本物の私だよ! なに、私が戦力になるとは思いもしなかったとでもいうの!?」
「そういうわけじゃないけどさ……」
まったく予想外の援軍だったので驚いたが、どうやらアーシェは本人で、操られてもいないようだ。
実際、助かったぜ。しかし、今の技は一体……?
「私の切り札、剣に魔法を宿らせた、魔法剣だよ! 驚いたでしょ?」
「ああ、びっくりだぜ。そんな技が使えるのなら、なぜ今まで使わなかったんだ?」
「実はまだ未完成で……全力で使うと、魔力がゼロになっちゃうの。おまけに体力も消耗しちゃうし……」
アーシェは力尽きたように膝をつき、肩で息をしていた。
まだ完全にものにしていない技だったのか。俺が危ないのを見て取り、無茶を承知で未完成の技を使ってくれたんだな。
「助かったぜ、アーシェ。後は任せてくれ」
「うん。がんばって……」
アーシェに礼を言い、俺は正面に目を向けた。
決着をつけるために。




