32.魔剣と魔眼
『呪詛の魔女』は、百年以上前から存在していた、邪悪な魔女だった。
魔女は気まぐれな上に神出鬼没で、一つの場所にとどまって数年間暴れ回る事もあれば、唐突に姿を消して、十数年間現れない事もあった。
ある時、しばらく姿を消していた魔女が、とある小さな村にふらりと現れた。
魔女は特に理由もなく、村の住民達を不死人に変えて暴れさせ、村を焼き払い、住民を皆殺しにした。
邪悪な魔女の気まぐれによって、完全に滅ぼされてしまったその村の名は、今や地図にすら載っていない。
その村の名を、『エムス村』といった――。
*
「この野郎! 死にやがれ!」
「口が悪いな、君は。もう少し上品な言葉を使った方がいいよ」
魔剣に魔力を込め、風をまとった魔力の刃を連続で放つ。
だが、魔女の弟子には通じない。
ヤツの額に出現した黄金眼が、太刀筋を完璧に見切り、魔力を込めた杖によって魔力の刃を弾かれてしまう。
くそ、なんてヤツだ。剣士でもないくせに、俺の剣を受けきるだと?
コソコソ隠れてばかりだったから、大した力は持っていないだろうと思っていたのに、普通に強いじゃねえか。
「いや、大したものだよ、君は。今までずっと、その魔剣の力を隠して戦ってきたとはね。ボクと戦う時に備えて、本来の能力を隠しておいたわけか。恐ろしい子だ」
「そりゃどうも。お褒めにあずかり光栄だよ……!」
連撃を弾かれ、一旦、後退する。
黄金眼のパラカララは、余裕の笑みを浮かべていた。
「だが、残念だったね。切り札の魔剣は、ボクには通用しない。そろそろ降参してはどうかな?」
「……」
「それとも、もう一つの切り札を試してみるかい? その、今までに一度も抜いていない剣……おそらくそれも魔剣なんだろう?」
「……っ!」
気付いていたか。その通り、もう一本の剣も魔剣だよ。
だが、コイツは今の俺には……子供の身体にされた状態では、使いこなせない。
動きが鈍い相手になら使えると思うんだが、目の前のコイツは真逆のタイプだ。かすりもしないだろう。
「降参する気はなさそうだね。仕方ない、戦闘不能にして気絶させるか。あまりのんびりとはしていられないし」
パラカララはそう言って、闘技場の隅の方をチラッと見ていた。
そこでは例の幼女みたいな魔女のミリオムが、気を失っているメルティを懸命に介抱していた。
魔女であるミリオムを警戒しているのか? 魔女の弟子なら当然の反応なのかもしれないが。
「君の戦い方に付き合ってあげたんだ。ここからはボクのやりやすい方法でやらせてもらうよ」
接近戦でやり合うのはここまで、という事にしたらしい。
パラカララは後ろ向きにスーッと飛んでいき、大きく間合いを開けた。
マズイ、この間合いは……魔道士が魔法攻撃を行うのに適した間合いじゃないか。
「一応、加減はするけど……死なないように気を付けてね」
「!」
杖を振りかざし、パラカララが呪文の詠唱を行う。
間合いを詰めなければ、標的にされるだけだ。加速して、ヤツに接近を――。
「いや、無理だね。近付かせないよ」
シュバッ、と。空を裂き、なにかが飛来する。
とっさに魔力剣で薙ぎ払い、それが水の塊なのに気付く。
「なっ……水だと……!」
「そう、水だよ。圧縮した水の塊を、超高速で撃ち出す。まともに当たれば、岩をも砕く、水の砲弾さ」
水の塊を斬ったところ、破裂するように弾けて、俺は吹き飛ばされてしまった。
すげえ威力だ。おまけにずぶ濡れ。結構、ダメージが大きいな……。
即座に身を起こし、右に左にと加速移動を行いながら、ヤツへ近づく。
だが、俺の動きを予測しているのか、ヤツは正確に、水の塊を撃ち込んでくる。
魔力剣で斬り、直撃を防ぐ。また水の塊が弾けて、俺は吹き飛ばされてしまう。
「く、くそ、これじゃ近付けないじゃないか……どうすれば……」
「こら、なにをしておるのじゃ! 早く倒してしまえ!」
「!?」
そこにいたのは、例の幼女みたいな魔女だった。ぐったりしたメルティを抱え起こしている。
二人がいる所まで飛ばされてしまったのか。あの水の魔法、かなりの威力だな。
「なあ、あんた、魔女なんだろ? あいつの魔法、どうにかできないか?」
「悪いが、ワシは手を貸す事ができんぞ。あやつはよその魔女の弟子じゃからな。手を出してはならんという掟があるのじゃ」
また、面倒な掟があったもんだな。
じゃあ、この魔女はなにしに来たんだ? 学園の警備についてたんじゃないのか。
「他の生徒に被害が及ぶようなら守ってやるつもりじゃった。少し手遅れだったようじゃがのう」
ミリオムがメルティに下を向かせ、背中をさすってやると、口から透明のゲル状物体を吐き出した。使い魔のスライムか。
スライムは逃げようとしたが、ミリオムが杖で殴ると、蒸発してしまった。
「う、ううーん……」
「おお、気が付いたか? しっかりするのじゃ、メルティ!」
「えっ、誰?」
「ワシじゃ! 世界一キュートな、おぬしの師匠じゃよ!」
「知らない人だわ。私の師匠はこんなにロリロリしていない、大人の女性のはずだし……」
「メルティ!? なぜ他人のフリをするのじゃ! ひどいのう!」
意識が朦朧としているのか、メルティは譫言のように呟き、なぜかミリオムを自分の師匠だとは認めたくないような口ぶりだった。
よく分からないが、この師弟にも色々あるみたいだな。
今はそれより、パラカララのヤツをどうにかしないと。ミリオムが手を貸してくれないのなら、俺一人でやるしかないか。
「そんなところでなにをしているんだい? 早くかかってきなよ」
パラカララが呟き、特大の水の塊を、バンバン連射してくる。
俺は慌てて避け、ミリオムは魔法の障壁を張ってメルティを守っていた。
水の塊が弾け、土を抉り、壁を破壊してしまう。
「無茶苦茶しやがるな! これだから魔法使いは嫌なんだ!」
「聞き捨てならんのう! あんなのを魔法使いの代表みたいに言うでないわ!」
ミリオムが抗議の声を上げ、俺に告げる。
「さっさと片付けてこい! おぬしにならできるはずじゃぞ!」
「そうしたいのは山々だけどな! これじゃ近付くのも難しいんだよ!」
水の塊が次々と飛来し、爆発する勢いで弾ける中、ミリオムは真面目な顔で呟いた。
「少しだけ、手を貸してやろう。あやつに直接干渉しなければ問題あるまい」
「そいつは助かる。魔法で援護してくれるのか?」
「そうではない。よいか、耳を貸せ……」
「?」
ミリオムが俺に身を寄せ、小声で耳元に囁いてくる。
彼女の話を聞いた俺は、首をかしげた。
「……そんな事が可能なのか?」
「おそらくな。七割ぐらいの確率で行けると思うぞ」
「七割か。微妙な確率だな……」
悩む俺に、ミリオムが言う。
「やめておくか?」
「いや。たとえ一割でも構わない。やってくれ」
俺の答えを聞き、幼女みたいな魔女は、ニッコリと微笑んだのだった。




