12.忍び寄る魔の手
王都郊外、人家もまばらな寂しい場所に、俺は仮の住居を確保していた。
築何十年なのか分からない、石造りの一軒家だ。
王都にある学院に通うのなら王都に住んでいた方が都合がいいので、このボロ家にしばらく住む事にした。
無論、刺客の襲撃をかわすためでもある。魔剣帝の隠れ家に俺一人で住んでいたりしたら、標的にされる可能性も高いだろうから。
魔女の手下に遭遇してしまったので、王都を出てしばらく身を隠そうかと思ったんだが。
騎士団の団長に相談したところ、王都の警備を強化するので、余計な心配はせずに学院に通うようにと言われた。
団長のオッサン、魔女の手下が王都に入り込んだ事を知って、かなり怒っていた。王国騎士団を舐めるにもほどがあるとかなんとか。
そんなわけで、俺はもうしばらく学院に通う事になったんだが……本当に大丈夫なんだろうか?
制服に身を包み、二本の剣を腰のベルトに差して、郊外にあるボロ家を出て学院に向かう。
郊外から居住区、中央の繁華街を抜け、学院へ。
開放された校門を抜け、学院の広大な敷地に入る。
前方に、見覚えのある小柄な少女が歩いているのを見付け、駆け寄って声を掛けてみる。
「オッス、メルティ! 元気か?」
「……」
メルティは自分よりも背の低い俺を見下ろし、ボソッと呟いた。
「大声で話し掛けないでくれる? 恥ずかしいから」
「なにが恥ずかしいんだよ? あっ、そうか。俺みたいなナイスガイから声を掛けられるのが恥ずかしいって事か? ちっこいくせに乙女だな! はははは!」
「私より小さいくせにちっこい言うな! 踏み潰すわよ!」
「そんなにツンツンするなよ。同じ飛び級同士、仲良くしようぜ?」
ニコッと笑い、パチンとウインクしてみせると、メルティは寒いギャグを連発する中年親父を見るような目で俺を見ていた。
いやまあ実際、中身は中年親父なんだが。今の俺は一〇歳のお子様なんだし、そんなに冷たい目で見ないでほしいなあ。
「子供なのに、どうしてそんなに親父くさいの? お父さんの真似をしてるとか?」
「いや、そういうわけじゃ……俺、親はいないし」
「……そうだったの? ごめんなさい……」
「謝らないでくれよ。別に珍しくもないだろ」
メルティが暗い顔で俯いたので、慌ててフォローを入れておく。
俺がまだガキの頃、とある事件が起こり、生まれ故郷の小さな村は滅ぼされてしまった。
それ以来、俺は天涯孤独の身となっている。
色々あったが……どうにか生き延びて、大人になれたんだから、割とついていた方なんじゃないかと思う。
今は子供にされちまってるけどな。
「何も考えていないアホの子かと思っていたのに、あなたにも重い過去があったのね……」
「俺の事をそんな風に思ってたのか!? 普通にショックだぞ!」
俺はメルティの事を、生意気だが割とかわいい子だと思っていたのに……。
おじさんは悲しいぜ。どうしてこんなにひねくれた子に育ってしまったんだ。
「メルティは誰に魔法を習ったんだ? 実家が魔法使いの家柄とか?」
「……魔法は、魔法使いの先生から習ったわ」
「へー、そうなのか。なんていう先生なんだ?」
「どうでもいいでしょう。個人情報を探らないで。気持ち悪いわ」
「き、気持ち悪いって……それたぶん、女子から言われたらショックな台詞のナンバーワンだぞ……」
俺が暗い顔で指摘しても、メルティはツンツンしたままだった。
気の強い女は嫌いじゃないが、あんまりキツいのもどうかと思うぜ。好きな男ができた時なんかに苦労しそうだな。
「アロン君、メルティさん、おはよう!」
元気よく声を掛けてきたのは、笑顔がまぶしい金髪の少女、アーシェだった。
「よう、アーシェ。おはよう!」
「おはようございます。……君はもう少し年上の人に敬意を払ったらどう? 失礼よ」
メルティに注意されてしまった。確かに、五つも上の姉ちゃんにタメ口というのはよくないかもな。
「アーシェお姉さん、おはようございます!」
「えっ、あっ、うん……なんでだろ、君にお姉さんとか呼ばれると寒気が……アーシェでいいわ、気持ち悪いから」
「また気持ち悪いって言われた! 俺ってマジで気持ち悪いヤツなのか!?」
ショックのあまりよろめく俺を見て、アーシェは苦笑していた。
「大丈夫よ、アロン君。黙っていれば結構かわいいから」
「口を開くと駄目なのか!? しかし、男の俺がかわいいとか言われても喜んでいいのかどうか……」
「かわいい事に悪い要素なんてないからいいのよ。メルティさんもそう思うでしょ?」
「この小僧がかわいい……? すごく生意気そうなツラしてますけど」
同意できないのか、メルティはできの悪い弟を見るような目で俺を見ていた。
かわいいとか言われるのもあれだが、生意気そうとか言われるのは悲しいな。
もっと年下っぽく振る舞った方がいいのか?
「メルティお姉ちゃん、僕の事、嫌い?」
上目遣いで見つめながら、やや高い声を意識して出してみる。
するとメルティは真っ青になり、ドン引きしていた。
「き、気持ち悪い……本当に気持ち悪いわ。今度やったら殴るわよ」
「ひ、ひでえ! 俺なりに『かわいい子供』を意識してみたのに! もっと年下に優しくしろよ!」
「……まあ、演技してる時点で色々と問題ありよね」
俺とメルティのやり取りを見て、アーシェが苦笑する。
結局なんだ、俺は今まで通りの態度でいいのか?
なにが正解なのか、誰か教えてくれよ。
クラスでは周りが年上ばかりなので浮いてはいたが、それにも慣れてきた。
俺はなるべく自然体で他の生徒達と接するようにした。
年下っぽい演技をするのは疲れるし、すぐにボロが出るので。
不思議なもので、外見が一〇歳の子供が大人みたいな態度や話し方をしていても、割と受け入れられているみたいだった。
大人ぶっている変な子供、ぐらいに思われているのかもしれない。
メルティのように、生意気だ、礼儀知らずだ、と思う人間も結構いるようだが。
座学の授業は退屈だ。いつも半分寝た状態で受けている。
魔女に関する授業でもあれば真剣に聞くんだがな。さすがにないか。
傍から見るとアホみたいにボーッとしているように見えるかもしれないが、暇な時の俺は、周囲に対して神経を研ぎ澄ますようにしている。
未開の地や、敵地に足を踏み入れた時など、いつ何者に襲われるのか分からない状況において、危険な存在の気配をいち早く察知できるように、自分を中心に探知網を張り巡らせているのだ。
精神を集中し、少しずつ探知する範囲を広げていく。最初はこの教室から始めて、高等部の校舎全体へという感じに。
授業中のようにあたりが静かな状況なら、学院の敷地全体ぐらいの範囲の探知が可能だ。
早く、実技の時間にならないかな、なんて思いながらウトウトしていると。
唐突に、強烈な気配を感じ取り、眠気が吹き飛んでしまった。
「!?」
反射的に、思わず立ち上がってしまう。
馬鹿な。なんだ、この気配は……いきなり出現したぞ。
どす黒い、邪悪な気配だ。とてもじゃないが、人間が発しているものとは思えない。
「アロン君、どうかしたの?」
授業を行っていたクララ先生が問い掛けてくる。
他の生徒達もキョトンとしている。誰も気付いていないのか。
そこで俺は、先生に訴えた。
「せ、先生! 猛烈にお腹が痛いので、トイレに行かせてください!」
「お腹が? しょうがないわね、行ってきなさ……」
「ありがとうございます!」
机の間を抜け、教室から飛び出す。
……ヤバい、ヤバい、ヤバい! 急がないと、えらい事になるぞ!