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第12話 ぐったりドラゴン

 夕暮れ時の、嘆きの森の奥。

 大きなため池の傍で、アタシはドラゴンと対峙していた。


 ドラゴンの足元には腰を抜かしたエル君がいるため、うかつには動けない。

 それなのに、勇者たちに手傷を負わされたドラゴンは、アタシが勇者の仲間だと知って激怒していた。



 ドラゴンの大きく開けた口には極限にまで圧縮された魔力が集中していく。

 ビームのようなブレスを吐くつもりらしい。

 きらめく粒子がドラゴンの口から洩れている。


 当たりの木々さえ、ドラゴンの魔力に反応してか、ザァァァァッ! っと激しく揺れていた。



 ――と。

 突然、ドラゴンが口を閉じると長い首をがっくりとうなだれた。

 ビームブレスは夕闇の中に霧消する。


 そして、ドラゴンは重い言葉を吐く。


「ここまでか……」


「えっ!? 突然なんで!?」


 アタシは急展開に叫ぶしかない。


 するとドラゴンは長い首をゆるりと動かして辺りを眺めた。


「これだけの軍勢を薙ぎ払う力は残されていない……勇者の追撃は執拗だな」



 夕暮れに赤く染まるため池の周囲には、いつの間にか木々が密集していた。

 幹が灰色がかった大木。

 風もないのに枝がざわざわ揺れている。


「って、これ全部、トレント!?」


 ――なんでだろう、森を守るために集まってきた?


 アタシの驚きに、ドラゴンが首をかしげる。


「貴様が手配して連れてきたのだろう……勇者には完敗だ。さあ、もう逃げも隠れもせぬ。私を倒すがよい」



 アタシは混乱しつつも、勘違いしてくれてるほうが助かると考えた。

 ドラゴンへと一歩踏み出す。


「よくわかんないけど、その怪我、勇者にされたんだよね? だったら、動かないで。治してあげる」


「なに!? なぜ勇者の仲間が私を治す!」


 戸惑うドラゴンをよそに、アタシは池へ入った。

 膝まで水に浸かると、逃げようとするドラゴンの体に手を触れる。


「ひーるひーるひーる!!」


 手のひらが光って、巨体の傷を小さく光らせる。

 馬鹿の一つ覚えと言われかねない回復ヒールを唱えまくるアタシ。


 ドラゴンは最初は疑ったり、避けようとした。

 が、本当に傷が癒されていくのを見て、彼の体から力が抜けていった。


       ◇  ◇  ◇


 だいぶ時間が過ぎて日がとっぷりと暮れた。

 西の空はまだ赤いが、東の空には星が瞬き始める。


 お腹がすいてきたので、回復ヒールを唱えながら水辺へと首を向ける。


「ひーるひーる、ねえ、エルくん、もう動ける? ひーるひーる」


「うん、もう大丈夫」


 座り込んでアタシを見ていたエルくんは手足を伸ばすように動かした。


「ひーる、じゃあ、ご飯の用意してくれない? ひーるひーる、まだ時間かかりそうだから。ひーる」


「うん、わかったよひーる、じゃなかったお姉ちゃん!」


 エルくんは金髪をふわりと揺らして立ち上がると、野宿の場所へと戻っていった。



 ドラゴンはといえば。

 傷はまだ治らないもの、派手な出血は止まっていた。


 もうアタシを信用したのか、水辺にゴロンと横になってされるがままになっていた。


「最初は回復ヒールしか使わないなんて馬鹿にしてるのかと思ったが……いったいどれほどの魔力を持っているのやら」


「ひーるひーる、魔力量だけは魔王並みって言われたから、アタシ。ヒールヒール」


 気楽に答えると、ドラゴンが首をめぐらして横腹に手を置くアタシを見た。

 落ち着いた声で尋ねてくる。


「なぜ、私を治そうとする? 理由を聞かせてくれ」


「アタシもあなたと同じだからよ――これ」


 アタシはローブの胸元に指を入れて、ぐいっと下げた。

 ささやかな胸の谷間の中央、醜く引き連れた傷があらわになる。



 ドラゴンは深くうなずくと声に同情する響きをにじませて言った。


「貧しい胸だな。女としての魅力が薄くて、さぞや生きづらかったであろう……」


「なんでよ! そっちじゃないわよ! 傷よっ! 傷っ!」


「勇者と行動を共にすれば、傷の一つや二つ、できるだろう?」


「そうね。ひーるひーる、でも、つけた相手が問題なのよ。ひーる」


 ドラゴンが大きな目を細める。


「まさか」


「そう。勇者。魔王を倒しても帰るための魔力が足りなかったから、殺されかけたの。ひーる。あいつは善人なんかじゃない。ただ元の世界に帰りたいだけ。その目的のためならどんな手段を取ることも辞さない。ひーる」


「それで私も狙われたのか……そんなくだらぬことのために……」


 ドラゴンは疲れ切った様子で目を閉じた。長い首を水面に横たえる。



 ちょっと呼吸が浅い。

 回復が間に合っていないのかもしれない。


 アタシはおしゃべりをやめて、回復ヒールを唱えることに専念した。


       ◇  ◇  ◇


 夜。

 日は完全に暮れて、空はもう無数の星々に埋め尽くされていた。


 水に浸かった足が冷たさでしびれてくる。

 そんな中、最後のヒールを唱えた。


「ひーる!」


 アタシの手は光ったが、ドラゴンの体は光らない。

 怪我を完全に治したしるし。


「よーやく、終わった。どんだけ生命力多いのよ……」


 ほっと息を吐くと、ドラゴンの体から手を離した。

 さらに一歩離れようとして、水底に足を取られて転びそうになる。



 すると、ドラゴンの尻尾が丸く動いて、アタシの背中を支えた。


「あら。ありがと」


「礼を言うのはこちらの方だ――しかし、ただ私に同情して治したのではないのだろう?」


「ご名答。勇者を倒す手伝いをして欲しいの」


 アタシは目を見てはっきりと言った。



 ドラゴンは思案深く大きな目を閉じる。

 というか落ち着いた彼はとても賢そうに見えた。


「……放っておけば、魔力を持っていそうな者たちは、魔物や人、妖精関係なく狙われるのだろう。生きているとわかれば私もまた襲われよう……わかった。協力させてもらう」


「ありがと、手伝いが増えるととても助かる。一対一なら勝てると思うんだけど、三人相手はさすがに厳しくてね~」



 ドラゴンは大木の下に作った野宿場所へ目を向けた。


「ふむ。あの少年は戦力になりそうにないな」


「エルくんはしょうがないわよ――誰か、協力してくれそうな知り合いはいる? 人間はもう、勇者を信じ切ってるから駄目ね」


「2、3人、心当たりがある」


「そう。じゃあ、勧誘お願い。あと、冒険者たちがこの森に逃げ込んだあなたを探してるから、早く逃げたほうがいいわ」


「うむ。ちょうど夜になったところであるし、この闇に紛れて移動するとしよう」



 そう言うなり、ドラゴンは四つ足で立ち上がった。家よりも大きな、でも細身のシルエット。

 ドラゴンが夜空へと長い首をぐうっと伸ばすと、折りたたまれていた背中の翼が水晶のようなキラキラした燐光を放って広がっていく。


 けっこう幻想的。

 しかも、アクアドラゴンは伝説級と呼ばれるだけあって、普通のドラゴンと飛び方が違うみたいだった。


 鳥のようにばさばさと翼を羽ばたかせるのではなく、水平にピンっと伸ばした翼から魔力をジェット推進のように放出して飛ぶみたい。

 細身の体躯と合わさって、戦闘機のようなシルエットをしていた。かっこいい。



 アタシは邪魔しないよう、水辺に上がった。

 ドラゴンの翼が最大まで広がると、いつになく輝く。ロケットの噴出口のような輝き。

 翼の骨組みの間に張られた膜から、粒子が激しく流れ出す。


「では、時折こちらから連絡する。また会おう」


「うん、気を付けて」



 ドラゴンは前足をぐっとかがめた。

 次の瞬間、水中を蹴って夜空へと飛び上がった。星空へ吸い込まれるように一直線に飛翔していく。

 キィィィ――ンッと放出される魔力が光の帯となって後に続く。


「おお、かっこいい。こんなドラゴン初めて――え?」


 ――突然、ドラゴンの首が引っ張られた。

 まるで散歩していた犬のリードを引っ張ったみたいに。



「ぐぇぇぇぇっ」


 ドラゴンの苦しげな声が夜空に響いた。

 そして、真っ逆さまに落下する。


 どっぱぁ~ん!

 気の抜けたような盛大な水音。

 ため池に落ちて巨大な水柱を上げた。


 アタシは滝のように降る水しぶきから、腕を上げて顔をかばった。


「ちょ、ちょっと! どうしたの!? 大丈夫?」



 ドラゴンは死んだかのように、水面にぷかぷか浮いていた。

 口をだらしなく半開きにして、丸く見開かれた目は焦点が定まっていない。


「ま、まさか……まさか……」


 ――どうやら生きてはいるみたい。

 まあ、アタシが数時間かかってようやく治せるぐらいに多い生命力。

 空から落ちたぐらいじゃ死なないでしょうけど。



 呆然としているドラゴンに呼びかける。


「ねえ、どうしたの? 何かあったの?」


 何度か呼びかけると、ドラゴンはようやくアタシに目を向けた。

 疲れ切った表情をしている。


 それから呆れたように首を振ると、水中をのそのそ歩いて陸へと上がった。

 どんよりとした目でアタシを見下ろす。


「主従契約のような状態が発生したようだ」


「え? 契約? なんで?」


 アタシは回復ヒールを唱えただけ。エルくんの時みたいに契約魔法は使ってない。


 するとドラゴンは生気のない声で答えた。


「私は魔力も生命力も枯渇して、ほとんど死んでいた。その私の体をそなたの魔力で満たすことで生きながらえている。結果、そなたから漏れ出す魔力の範囲から離れて暮らすことはできなくなった。しかも、そなたが死ねば、私も死ぬだろう」


「へぇ、そうなんだ……って、ちょっと待って!? あなたを連れて歩かなきゃいけないってこと!? こんなでかいドラゴン、目立ちまくりじゃない! しかもお互い勇者に狙われてる身なのに! 街にすら戻れないし、ダメじゃん!! あんた賢いんでしょ! なんとかしてよ!」


「困った事態だが、どうしようもない――たぶん、自分自身の魔力生命力で満たすことができれば、疑似契約状態は解除されるだろう」


「それって、いつ?」


「早くて10年。できれば30年は欲しい」



 アタシは頭を抱えて絶叫した。


「長すぎっ! アタシ、おばさんになっちゃう! 日本に戻って振付師になれないじゃん!」


 わぁわぁ叫んで、頭を振り乱す。長い白髪が宵闇に乱れる。


 いやもう、叫ぶしかない。

 どう転んでも、最悪の事態。

 良かれと思ってやったら、もうどうしようもない事態になるなんて。

 無駄に多いドラゴンの生命力が災いした。



 アタシの叫びに驚いたのか、食事の用意をしていたエルくんが走ってきた。


「ど、どうしたのお姉ちゃん!?」


「ちょっと聞いてよ、エルくん! アタシたち、嘆きの森から出られなくなっちゃった! もう人里に戻れない!」


「えええええ!」



 それで手短にドラゴンとの疑似的な契約状態を話した。

 エルくんは青い瞳をまんまるに見開いて聞いていたが、最後は賢そうにうなずいた。


「じゃあ、ドラゴンさんに人の姿に化けてもらえればいいんじゃないかな?」


「あ、それね! 確かあったわよね、形態変化メタモルフォーゼって魔法! さっすが、エルくん、賢い!」


 金髪の柔らかな頭を撫でて褒めてあげた。

 彼は撫でられながら、すっごく嬉しそうに微笑んだ。



 しかしながら。

 ドラゴンは、鼻の頭にしわを寄せて、すっごい嫌そうな顔をした。


「なぜ至高の存在であるドラゴンが、人間ごときの真似などしなくてはいけないのか」


 アタシはこぶしを握り締めつつ、睨み付ける。


「はあ? あんたねぇ、その人間ごときに殺されかけて、人間ごときの手で生き返ってるんだけど? がたがた文句言ってないで、人の姿になりなさい。これは協力よ!」



 ドラゴンは肩をすくめ、ながーい溜息を吐いた。


「やはりこうなってしまったか……予想した最悪の結果……いたしかたない」


 そしてドラゴンはもごもごと何かつぶやいた。

 というか人間には聞き取れない言語のようだった。


 最後だけ聞こえる。


形態変化メタモルフォーゼ


 とたんにドラゴンの体が光に包まれて、徐々に小さくなっていく。


 光が消えると身長180センチぐらいの、痩身の男が立っていた。

 見た目は二十台の青年。賢者のようなローブを着て青い髪を腰まで垂らしている。

 二重の瞳に通った鼻筋をしていて、顔はきりりと涼やか。

 スクエアの眼鏡でも掛けたら似合いそうな、知的でクールな印象を受けた。



「へぇっ、イケメンじゃん」


 彼はうっとうしそうに長い青髪を手でかきあげる。


「人間の顔の美醜など、私にはわかりませんよ。ドラゴン時のレベルで人間の顔が造形されているだけです。まあ、ドラゴンの時は陰で美形などと噂されていたようですので、人から見てもそれなりに見れる顔ではないでしょうか」


「あ、そう。なんか、人になったら喋りが急に厭味ったらしくなった。さっきまで少しがさつな感じだったのに」


「ドラゴンの時は発声器官の関係上、人の言葉は喋れませんからね。思念で伝えてたのであなたが私の見た目で勝手にそう解釈していただけです。嫌ですね、見た目で判断する人ってのは」


「くっ、むかつく! アタシに助けられたくせに」


「はいはい、お嬢は私の命の恩人ですよ」


 そう言ってどこからともなく眼鏡を取り出して掛けた。くいっと指で押し上げる。


「眼鏡までかけたし! 嫌味さ倍増! 問題が片付いたと思ったら、余計に面倒くさくなってきた!」


 そういやドラゴンのときすでにアタシの胸を貧しいとか嫌味言ってたっけ。

 見た目に騙された。こんな性格だったとは。


 彼は呆れたように肩をすくめた。


「こちらは人の姿になると譲歩したのですから、それぐらい我慢してください」



 アタシはなんだか疲れてきた。全身ずぶぬれになってるせいもある。

 

 エルくんの手を取った。小さい温かさに心が癒される。


「もうごはん食べたい」


「うん、できてるよ、お姉ちゃん!」


 エルくんに手を引かれてアタシたちは温かい食事の待つ、野宿の場所へと戻った。


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