57.撃退
不安げな表情の領民に見送られ町を出発し、東へと延びる街道を騎士連合の兵と共に進む。
移動中、メスの亜種について更に詳しく教えてもらえないかと、俺はリーズに尋ねた。
リーズもメスの亜種がいる群れと戦った経験は無いらしく、「教科書や指南書の知識だけど」と、自分の持つ知識を一つ一つ確認するように説明を始める。
リーズ曰く、メスの亜種は同種のオスより知能も戦闘能力も生まれつき格段に高いのらしい。
しかしよほど狂暴な種族でない限り、メスは自分で戦いには出ず、安全な場所で身を潜めている。
そしてその安全な場所で仲間を産み増やしながら、大量のオスを自分の体のように統率し攻撃してくるのだ。
メスを討伐できれば残されたオスは統率された動きができなくなり、同士討ちの様な錯乱した行動さえ見せるらしいが、それまではどれだけ倒しても減ることのない大群の攻撃を耐え続けなければならないのだという。
「でも、あんな広い森の中をどうやって探すんだ?」
俺は作戦室の地図で見たナーガの出現範囲を思い出す。
とても敵と戦いながら、あてもなく探し回れるような広さではない。
「方法はあるわ。
簡単に言うと、森に戻る亜種の後をつけるのよ。」
「後を付ける?」
「そうよ、狩った獲物を食べずに持ち帰る亜種がいるから、その後をつけるの。
メスは自分の食事も群れのオスに集めさせるからね。
・・・それと、しとめた獲物の中でも、特に精霊族は必ずメスが食べるの。
やつらにとっては一番のご馳走なのでしょうね。
もし戦いで戦死者が出たら、その遺体を持ち去る亜種の後を追跡することになるわ。
もちろん戦死者が出なければそれに越したことはないのだけど。」
「そうか、それもなんというか、厳しい話だな・・・
でもそれだと、撤退するナーガを追って森に入るってことだよな?
それだってかなり危ないだろ?」
なにせ森は今や大量のナーガの巣と化している。
ナーガは索敵能力も高いらしいし、後をつけてメスの居場所が分かっても、そこから無事に戻ってこれる保証だって無いはずだ。
「いいえ、追跡をするのは飛べる種族だけで作った部隊よ。
と言っても急ごしらえだけどね。
ほら、今そこで先行してる部隊がそうよ。」
リーズの視線の先を見ると、翼のある種族が集まった四人ほどの部隊が、草原を進む俺たちの少し先の上空を飛んでいた。
皮ばった翼の竜種が一人に、鳥か天使のような柔らかい羽毛で覆われた翼の人が三人の部隊だ。
「これだけ深い森だから、上空からの追跡はかなり難しいでしょうし、居場所を突き止めるのにも時間がかかるでしょうけどね・・・
でも、メスはオスが狩った獲物にすぐありつけるような場所にいるはずだから、こっちの手の出しようがないような深い所にはいないはずよ。」
さらにリーズによると、ナーガは夜になれば活動力が低下し自然に撤退するのらしい。
人と同じように夜行性ではなく、昼行性だということだろう。
今はメスの所在を探りながら、来た敵をひたすら倒して夜までしのぐ。
そして四日間大群の攻撃に耐え、なんとしてでも援軍に戦線を引き継ぐ。
その後は援軍と協力し探索範囲を広げ、メスの居場所がわかれば一気に攻勢に出るのだという。
草原の中腹に到着し、防衛線を敷いてから数時間が経った。
と言っても、大きめの町一つに収まる程度の兵士が、陣形をつくって横並びになっているだけだ。
魔術師部隊にいたっては全部で二十人ほどしかいない。
結界を取り囲めるほどの大群を相手にするには、正直心もとないと言わざるを得ないが・・・まあこればっかりはいくら嘆いても仕方がないか。
ここでの俺の仕事は、その魔術師部隊と一緒に指揮官の支持した魔法を撃ち続けることだ。
撃つ魔法の種類は炎、目的は相手の射程外からの先制攻撃と、後続のナーガの足止め分断だという。
炎の魔法かぁ。
出せないことはないけど、そこまで得意ってわけでもないんだよなぁ・・・
いつでも大きい魔法が出せるように、今のうちからイメージしておこうかな。
それより今気になるのは、一緒に並ぶ他の魔術師たちの反応だ。
なんかめっちゃチラチラ見てくる。
少し前、魔術師隊に参加しようと、「よ、よろしくお願いします・・・」って挨拶した時も、隊員の人たち「嘘でしょ!」みたいな顔で指揮官の方見てたし。
指揮官の人も無言でうなずきはしたけど、うなずいてるのか首かしげてるのかわからないような感じだったし・・・
い、いや、でもきっと大丈夫だ。
彼女らが心配してるのは、そもそも俺が魔法を撃てるのかどうかっていう根本的な部分だろう。
それは何の心配もない。
リーズにも俺ならできるって言われたしな。
実際に魔法を撃ってみせれば彼女らだって納得してくれるだろう。
俺がやるべきことは、魔術師隊の一員として一匹でも多くのナーガを倒していくことだけだ!
「来ました!ナーガの群です!」
上空を旋回していた飛行部隊が急降下し、バルバラに敵の接近を伝える。
「魔術師隊、頼んだぞ!」
「はい!魔術師隊、遠距離大火球、詠唱準備!」
バルバラの呼び声に応え、陣型の最後列に位置する魔術師隊の指揮官が指示を叫ぶ。
広い草原の地平線に、巨大なうごめく影が見えた。
ナーガだ。
狂ったように叫びながらこちらに近づいて来るのが、この位置からでも見て取れる。
緊張とも、高揚とも、恐怖ともつかない感情が、部隊に広がり始める。
「・・・詠唱開始!!」
そんなナーガの群れを期をうかがうようにじっと見つめていた指揮官が攻撃開始の合図を出すと、横並びになっていた魔術師隊が一斉に詠唱を始める。
そして長い詠唱を終えると、魔術師一人一人の前に現れた直径一メートルほどもある大きな火の球が、大砲のように勢いよく発射される。
火球は綺麗な放物線を描き、引き寄せられるようにナーガの先頭集団に着弾した。
吹き飛び焼け焦げ倒れていくナーガたち。
しかし、それでも彼らにひるんだ様子はまったく見られない。
目の前でかなりの数がやられたにも関わらず、足下に転がる仲間の死体など見えないかのように一心不乱に突進してくる。
「二発目、詠唱開始!」
休む間もなく指揮官がさらなる攻撃の合図をする。
よし、一発目は乗り遅れたが今度こそ!
実はいきなり「詠唱開始!」とか言われてさっきまでめっちゃ焦ってたし、隣の魔術師の人からは「何してんだこいつ・・・」みたいな目で見られてたけど今度こそ!!
俺は他の隊員が詠唱を唱える横で、目の前に魔力を展開し激しく燃え盛る炎をイメージする。
あとは、何度も繰り返し炎の魔法を発動して圧縮しながら・・・他の隊員の詠唱が終わるタイミングに合わせて・・・撃つ!!
放った魔法はナーガの群の中程へと降り注ぎ、激しい火柱を上げる。
よし!上手くいったぞ!
しかも心なしか他の人が詠唱で出す火の球より炎が大きかったような気がする。
隣の魔術師の人も、次の詠唱の準備をしながら驚いたようにこっち見てるし。
フフフッ、ちょっと嬉しい。
って喜んでる場合じゃないな。
ナーガの群はとうとう、リーズやバルバラのいる戦闘部隊の元へたどり着こうとしていた。
しかしそこまでたどり着くナーガ数は、魔法の攻撃で半数近くに減っている。
連係をとり必ず有利な人数で戦うようにする戦法も相まって、危なげなく戦えているようだ。
「三発目、詠唱開始!」
さらに魔法の攻撃も続く。
戦闘開始直後、戦況は一方的にこちらが有利に見えた。
しかし、状況は次第に悪くなる。
原因はいくら倒しても追加され続けるナーガの無尽蔵さと、魔術師隊の隊員が徐々に脱落し始めたことだ。
脱落の理由は魔力不足。
魔法を撃つ頻度は下がり、残った魔術師たちも青ざめた顔で、肩で息をするように詠唱をしている。
そして魔法の攻撃が減ったことで、最前線の戦闘部隊の元までたどり着くナーガの数も増える。
今まで最低でも必ず二対一で戦い、被害を抑えていた戦闘部隊も、
次第に押され始めているのが明らかに見て取れた。
粗雑な槍で突かれ、腕を噛みちぎられ、足を斬り裂かれ、複数匹になぶられ負傷していく兵士たち。
目の前で何人もの人たちがナーガに殺されていく。
胸に激しい怒りがこみ上げてくる。
そのとき、負傷しながらもなんとか交戦していた一匹を倒した兵士に、後からやってきたナーガ三匹がカモを見つけたかのように一斉に走り寄るのが見えた。
くそッ!
俺は居ても立ってもいられず、その兵士そばに魔力を送ろうと試みる。
しかし、上手くいかない。
まるでガラスの迷路のように、戦場に飛散した魔力の壁に邪魔され上手く魔力を送れない。
くっ、ならここから!
俺は魔力を伸ばした先、兵士にできるだけ近い位置で氷の針を生成しすぐに撃ち出す。
氷の針は兵士の耳のすぐ横を通過し、一匹の喉を深く突き刺し絶命させる。
兵士も俺の魔法に呼応するかのように剣を振るう。
しかし、それはナーガを倒すには至らない。
兵士の剣はナーガの肩にめり込むが、堅い鱗と厚い筋肉に阻まれ動きが止まる。
そして次の瞬間、もう一匹の残ったナーガに顔面を噛みつかれた。
俺は思わず目をそらす。
このまま戦闘部隊が少しずつナーガに削られていくのを黙って見ているわけにはいかない。
幸い魔力ならまだある。
俺にできることがあるなら、何でもやらなくては。
そう思い、俺は魔術師部隊と共に遠くのナーガに火球を撃ち続けながら、近くの戦闘部隊を援護するためそちらにも魔力を送る。
しかし、やはり他の兵士が出す魔力が邪魔になる。
くそっ!・・・なら、こうすれば!
俺は自分の足元から、一気に魔力を広げる。
地を這うように、水で容器を満たすように、戦場の地面すれすれに薄い魔力の膜を広げていく。
そして、
「戦闘部隊!ナーガの足元凍らせるぞ!!」
と叫び、戦場広くに薄く広がった魔力を使い、ナーガ足のくるぶしまでを、端から順番に氷で拘束していった。
「ッ!今だ、かかれ!」
それを見たバルバラは、敵の足止めに主軸に置いた陣型を変え、一気に攻勢に出ようと試みる。
するとその瞬間、ナーガたちは奇妙な行動を見せた。
戦闘部隊と交戦するナーガも、戦場に押し寄せるナーガの大群も、まるで後ろから声をかけられたかのように、全員同時に背後の森の方を振り向いたのだ。
そして戦っていた戦闘部隊に背を向け、仲間の死体や精霊族の死体を抱えながら、一斉に森に向かって走り出す。
足を氷で拘束されたナーガですら、地面を這って森に向かおうとする。
バルバラは撤退して行くナーガの群れを追撃することはせず、
「追跡部隊、追え!」
と上空を飛んでいた部隊に声をかけた。
去っていくナーガを見て、戦場には安堵の空気が流れ始める。
でも・・・
俺はナーガが去った後の戦場を見渡す。
負傷した大量の兵士、転がる死体、疲労困憊の魔術師部隊に、見るからに数を減らした戦闘部隊―――
あんな物量の敵相手に、本当に四日も耐えられるのだろうか?




