【14】スーツと中折れ帽子
コンコン、コンコン、とノック音が響いた。
ドアの覗き穴から来訪者を確認すると、スリーピース・スーツを着て目深く中折れ帽子を被った人物が立っているのが見えた。
——金髪だけどミシェルとは髪型や服装が違う。
ガブリエーレファミリーの構成員だった場合にはどうするべきか、と対処法を考えながら様子を伺う。
「…………」
お互いに無言のまま二分ほどが経過したところで「ちゃんと約束を守れたね」ドア越しにミシェルの声が聞こえた。
「もう、びっくりした!」
鍵を開けて、悪戯っ子のような笑顔を浮かべたミシェルを出迎える。
「じゃーん! ミシェルくん、メンズバージョンを初めてお披露目でーす」
彼の長い金糸はサイドで纏められており、艶のある生地の上でふわりと踊っている。女装ができるほど締まった身体には細身のスーツがよく似合っていた。先ほどまでの可憐な彼とは雰囲気が百八十度異なっていて、黙っていたら同一人物だとわからないと思う。
「かっこいいね」
「でしょでしょー! 俺に惚れちゃってもいいんだよ」
キメ顔をしているミシェルの頬を摘む。
「そういうときは敢えて口に出さないほうが大人の余裕が感じられて素敵なのに」
ミシェルの弾力のある頬を左右に引っ張って「ひゃいひょから、ひゃりなほしさへて!」驚かされた仕返しをする。
「何て言っているのかわからないから却下で」
「ちゃんと聞こえてるじゃん!?」
このまま立ち話をするのも何だからと「部屋にどうぞ」大きくドアを開けて入室を促した。
「いいえ。レディの部屋に入るのは遠慮しておきます」
「別に気にしなくてもいいのに」
「お嬢がよくても俺が気にするんだよ。あ、そうそう。靴と帽子を買ってきたんだ。部屋の外で待っているから準備が完了したら呼んでね」
靴を履き替えて合流した後、フロントで支払いを済ませるミシェルをロビーのソファーから眺める。
宿泊客だけでなくホテルスタッフの視線までを一身に集めているミシェルは周囲の反応には慣れた様子だ。
ひとつひとつの所作が美しく、人を惹きつける。彼はどの瞬間を切り取っても絵になるのだ。
「我が君、お手をどうぞ」
私の前で片膝をついて手を差し出したミシェルを見た女性たちから黄色い悲鳴が上がった。
「わー、すごい」
「お褒めに与り光栄です。それで私はいつまで放置されるのでしょうか。ミアお嬢様?」
にっこりと笑ってミシェルを見下ろした。もちろん、手を取らず返事もせずに、だ。
「少しくらい俺に合わせてくれてもいいんじゃないの!? というか、本来はこちらの関係が正しいんだけどな。あー、もう……俺が振り回されてばっかり」
「ふっふっふー! 年の功というものだよ、青年よ」
「歳の差なんて四捨五入すれば一緒だし」
わざとらしく頬を膨らませた護衛の手を引いて「さあ、行こう!」空港へと歩き出す。
——やっぱり私とミシェルは“お嬢様と護衛”よりも“歳の近い友達”という関係でいたい。
眩しそうに目を細めたミシェルは「お嬢、これを」胸ポケットから取り出したサングラスを私にかけた。
「つばが広い帽子を被ってサングラスをかけていたら、あまりにも不審者に見えるのでは……?」
「大丈夫だよ。バカンスを満喫しているようにしか見えないから」




