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第一話 危機的状況

 人生には何が起こるかわからない、とはよく言ったもので、私は二十四年目にして初めての、そして最大の危機に瀕していた。


「……ん、」


 目を開けてまず視界に飛び込んできたものは、高級そうな毛並みの絨毯、艶やかに光る皮張りのソファー、アンティーク調で一式揃えられた家具など、私には全く見覚えがないものばかりだった。さらに驚くことに、上半身は椅子にきつく縛り付けられて身動きができず「んぅ、」口には猿轡をはめられているせいでくぐもった声しか出せなかったのである。


 なぜこのような状況になっているんだろうか、と混乱する頭で考える。


 いつものように最寄駅のコンビニでお菓子を買って、自宅に帰ろうとしていたはずだ。何の変哲もない日常だった。いや、違う。その途中で住宅街に迷い込んだ外国人旅行者のグループに道を尋ねられ、道案内をしようとしてからの記憶がない。つまり、私はあの旅行者たちに襲われたらしい。

 しかし、襲われたにしては見える範囲には怪我もなく痛みも感じていない。拘束されていることから推察するに強盗や傷害が目的ではなく、何らかの目的を達成する手段として私が必要なのだろう。


『あなたはいつか必ず狙われる。だから、自分で身を守る術を覚えなさい』


 ふと思い浮かんできたのは、小さい頃から祖父母が私に対して口を酸っぱくして言い続けてきた警告だった。子どもながらにも恐ろしいと感じていたのは、祖父母の表情がただ事ではないと物語っていたからだ。自分自身を守るために身につけるべき、と厳しい鍛錬を積んできた。

 古き時代に武家として名を馳せた母方の祖父母に育てられることになった理由を私が知ったのは、成人を迎えてからだった。


 ——何が何でも脱出しなければ。


 現時点で辛うじて動かせるのは、縛られていない両足のみだ。椅子ごと這いつくばって逃げたとして部屋から出るので精一杯だろう。誰かに助けてもらえるとは限らない。

 となれば、やはり拘束を解くしかないようだ。周りを見渡して部屋のなかに誰もいないことを確認して、中央の柱に近付いた。ある程度の衝撃には耐えられそうな太さである。

「……んう!」

 背もたれさえ壊すことができれば、上半身を固定している縄が弛んで解けるかもしれない。その希望に賭ける。自由に動き回れるようになってから、手首の縄を切れるような鋭利な物を探せばいい。


 まるでヤドカリのように背負った椅子を柱に打ちつける。表面が傷だらけになろうが、美しく整えられた部屋に木片が散らばろうが、私の知ったことではない。麻縄が皮膚に擦れる鈍い痛みに耐えながら、何度も左右に振り抜く。


 ——よし、後方の脚の片方が取れた。中腰の体勢では力が入りにくいけれど、この調子で続ければいずれは。


「随分と暴れん坊なお嬢様ですね」

「っ!?」


 破壊することに没頭していたため、声をかけられるまで他人の気配に全く気付けなかった。

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