プロローグ
灰色の空。雨が降り、雷が鳴る、そんな土砂降りの中を一人の少年は走る。
一生懸命、森の中をただ走る。
どんなにずぶ濡れになっても──。
何回こけても血が出ても──。
ただ、ひたすら走る。
しばらくして少年の目に、洞窟が映る。
そこを初めから目指していたのだろう、彼はその洞窟に入る。
洞窟の中は一定の距離で 松明で灯してあったため、明るい。
しかし、たとえこれが無くても彼にとってはどうでもいいのだろう。
ただ、目の前を見てどんなに苦しくても、どんなに辛くても、
彼は走るのを止めない。いや、止められないのだろう。
身体よりも頭のほうが働いているためか、ただ一心にある決意…というよりは覚悟をして彼はこの奥を目指しているのだ。
少年はただがむしゃらに走る、走る、走る──。
それはまるで、少年は立ち止まることを知らないかのように。
走り抜けたその先には、広い空間に辿り着く。
そこにはいくつもの剣が地面に突き刺さっており、まるで剣の墓場みたいな場所だった。
その剣の中心に辺りの剣より明らかに異なっている刀があった。
周りの剣とは違い、鞘と柄が黒く禍々しい雰囲気が出ていた。
しかし、少年はそんなことに無頓着で右手で乱暴に柄を掴み、地面から抜き取る。
(不気味な刀だ。でもこれさえあれば、僕は──)
少年はその黒刀をじっくりと見ながらそう思った。
自分のために、あるいは誰かのために使うつもりなのだろう。
彼の目的は分からなかった。
そして、振り返りこの場から去ろうとしたそのとき、
──お前が新しい所有者か。
少年は驚く。辺りを見渡しても誰もいない。人が隠れる場所すらない。
気のせいか。そう思った少年はまた歩こうとするがまた、
──哀れなことだ。その歳で我の所有者とはな。
また辺りを見渡す。が何処にも見当たらない。
すると今度は自分の右手にある黒刀を見る。
気が付くと黒刀から黒い気体、霧のようなものがその黒刀全体からあふれ出てくる。
少年は怖くなり、その刀を手放そうとするがどうしてか、少年の右手は動かない。どんなに動かそうとしても全くビクともしない。
──無駄だ。お主はもう我の新しい所有者になったんだ。喜べ、お主の願いは、欲望は、我の力で全てうまくいくぞ。
今度ははっきりと分かる。明らかにこの黒刀が少年に話しかけているのがよく分かった。
少年の顔はだんだん青ざめていく。体の震えが止まらなくなる。
(いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!だれか助けて!!)
──安心しろ。お主は別に死んだりはしない。体にも何も起こらない。だだし、
黒刀から出る言葉が、少年の頭の中に入っていく。一体何が起こるのか、全く検討がつかない。
──お主が望むことがあるならば、それに対しての代償、対価が必要だ。
(た、対価……?)
──ああ、そうだ。例えば、今お主が望んでいることがあるんだろう?我を欲した理由が。
少年は驚いた。この黒刀はどうやら少年の考えていることが読めるようだったからだ。
──さぁ、願え。欲張れ。お主には願いがあるのだろう?だったら、今すぐ我に願え。
少年には、理由があった。この黒刀を欲する理由が。だから少年は願った。
自分に何が起こってもいい。ただそれで彼女を助けられるなら。守れるなら。
──そう、それでいい。これで我とお主の間に契約が交わされた。これでお主の願いは叶うぞ。喜ぶがいい。
黒刀から出てくる黒い霧のようなものが少年の体を全身、包み込んでいく。
その中で少年は思った。覚悟した。悔いの残らないように。
この世界でたった一人、こんな自分と仲良くしてくれた人、対等に見てくれた人に対して最後に思った。
自分の意識があるうちに。
(今までありがとう。そして、さようなら、セフィリア……)
そして彼の目から一筋の涙が流れた後、それを最後に少年の意識は遠退いきその場で倒れた。右手には黒刀を掴んだままで。
洞窟の外はまだ雷雨が止まなかった──。