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魔王城……もとい、元魔王城にお肉を担いでいくと、出迎えた勇者が目をまん丸くした。あまりにも真ん丸なので、このまま大きくなったら皿になりそうだ。
丁度いい感じの皿。こういう、まん丸い目を大きくしたような皿、ちょっと欲しい。
「あのな、調理場と鍋を貸してくれないか?」
「そ、それはいいけど」
驚いた様子だが、勇者は中に俺達を招く。
元魔王城の中は、以前住んでいた事もあり、勝手知ったる他所の家状態だ。キッチンの場所くらい、知っている。
「安心してくれ! ちゃんと調味料も持ってきた!」
「サイラス、いつまでもここに居てくれてもいいんだよ。いっそ僕と住む?」
勇者って、いつも変わってると思う。俺はとりあえず笑ってごまかしながら、キッチンを目指した。
「誰が貴様に魔王様を渡すか」
「レイラにゃんも、一緒にどうだい?」
「ボクは猫ではない。ドラゴンだ」
レイラの言うとおり、ドラゴンであるレイラに「にゃん」とは、ちょっと違和感がある。だが、こういうのが好きなら、俺も勇者の事をその方向で呼ぶのはやぶさかではない。
「まぁまぁ、喧嘩するなって。な、勇者にゃん」
「イエス、アイアム勇者にゃん」
「……うわ」
「ちょっと、ドン引きしないで! 傷つく!」
俺の不用意な発言が、結果的にレイラを不快にし、勇者の心を傷付けた。
とはいえ、マンドラゴラの罵倒くらいの傷だろう。きっとその内癒える。
癒えなかったら……うーん……抱きしめてやろう。弱き者よ。
勇者と共にキッチンに行くと、勇者がそのまま居座った。キッチンに椅子を置き、黙ってこちらを見ている。
「あぁ、僕の事は空気だとでも思って」
「貴様が空気なら、ボクは窒息を選ぶが」
「透明人間だと思って」
「トーメーニンゲン……新しい食べ物か?」
勇者とレイラが仲良く会話している内に、俺は背負ってきた材料を置き、鍋を探した。
えーっと、俺が使っていた時と場所が変わっていないなら、引き戸の棚の中なんだけど……あ、あった。俺達魔王だの悪魔だのドラゴンだのと大所帯で食事をしていた時の名残の、大きな鍋を二つ。
あの当時はこの鍋をいくつも火にかけてたっぷり作っていたが、今回は一つのスープにつき、鍋も一つで良いだろう。
それからもう少しだけ小ぶりの鍋を出すと、水場で水を汲み、火にかけた。
お湯が湧いたら、この中にマンティコアの腸詰を入れて煮る。
マンティコアの腸詰は、マンティコアの腸の中に、臭みが消える様な葉っぱを数種類肉に混ぜて捏ねた物を突っ込んで、いい感じのサイズのところでねじって借り止めした物。これは既にドナベしてきているが、ここで一度湯がいて完成とする。
他の動物での腸詰とは違い、マンティコアの腸詰めは巨大だ。腸に詰めて来たけど、他の動物のそれよりも明らかに厚く、これは食べる時に切り分けた方がよさそうだ。
場合によっては……悲しいが、腸の部分は残されてしまうかもしれない。俺は食べるけど、人間がちゃんと飲み込める保証もないしな。
この準備をしながら、ドナベしてきたトマトを鍋に投入。ドナベした後に充分時間を空けたから、煙の酸味は抜けているはずだ。
トマトとドナベの相性があまり良くないのか、ドナベして直ぐだと、えぐい感じがするのだ。だが、時間を置いた事により、これで問題なく作れる。
水分を足し、マンティコアのお肉をコトコト煮込む。味は塩と葡萄の果実酒。それから隠し味程度にショーユ。もう少し煮えたらピーマンも足そう。
「魔王様、こっちはやっておいたぞ」
さて次は、と動こうとしたところで、レイラに先回りされていた。勇者と戯れるのを止め、手伝っていてくれたらしい。
大鍋のもう一つの中に、追加でドナベした根野菜と、「土の中から出たくない」とごねる事に定評のあるネギ、それからマンティコアが入り、火にかけられていた。
魔王城の中のキッチンは、それはそれは広く、かつては沢山の者に食事を振る舞っていた貫禄がある。平たく言おう。火をつける台も、まな板も、いっぱいあって効率が良い。
味付けは最後にするとして、先に庭で取れた臭み消しのハーブを入れて火にかけると、勇者へと向き直った。
「凄く手際がいいね」
「そうね。これに関しては見習いたいくらい」
向き直ってびっくりした。いつの間にかオリヴィアもいたのだ。
「ふん、貴様らのような脆弱な人間とは、出来が違うのだよ」
「いやー、本当にそう思うよ」
「むっ、そ、そうか」
嫌味を言ったつもりだったのだろう。意外な事に肯定され、レイラは僅かに口籠った。
「あとな、これがマンティコアのショーユ煮。後で切り分ける」
俺はとりあえずメニューをお知らせするべく、持ってきた塊肉の一つを見せた。
「それ、味見は……」
「したいのか? 今ちょっと切ってやるよ」
勇者はお腹が空いていたらしい。見せた塊肉を前に。ゴクリと喉を鳴らした。
勇者の分だけ……だと、オリヴィアもお腹が空くよな。レイラも。それにみんなが食べるなら、俺もちょっとつまみたい。




