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魔王様とスローライフ  作者: 二ノ宮明季
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 今朝の野菜をドナベしながら、パンを捏ね、ドナベが終わったらパンと一緒に放置。薪を割って、いいタイミングで再びパンを捏ね、また休ませ、一度かまどで焼く。

 この焼けたパンを、後はドナベするだけだ。

 パンの中にドライアドの蜜を混ぜ込んでいるので、仄かに甘いパンが出来上がる。本来ならばこれだけで瘴気の影響を中和出来るのだが、念には念を入れてドナベしているのである。

 俺達だって、別にお腹を壊したい訳じゃない。

 そもそも、瘴気の影響という意味だけで行けば、この森は人の住む地よりはいくらかは澄んでいる。それというのも、ドライアド栽培をしているからだ。

 魔王パワーでにょきにょき大きくなるドライアドは、育てるだけで少し中和してくれるのだ。この調子であちこちに増えて、出来れば人間の住む街ももっと綺麗になってくれればいい。

 その為の足掛かりを作れるのは、きっと勇者だろう。


 ……人間達は誤解しているが、俺は別に勇者に退治されたわけではない。

 勇者が魔王城に攻め入った時、俺達は丁度夕食を取っていた。

 その中に勇者一行を招き入れ、どうしてこういった行動に出ていたのかを尋ね、人間は俺達が思っていた以上に困窮している事を知ったのだ。

 そして俺は決断をした。この場所を明け渡す事を。


 残念ながら育てていた家畜は逃がされ、人間界では魔物と呼ばれてしまっている。庭も踏み荒らされ、直ぐに元に戻すのは骨が折れそうだった。その上、人間から瘴気の元凶であると言った誤解を受けているとなれば、集団農業はこれ以降難しくなりそうだと判断したのだ。

 それならばいっそ、残った物を勇者達に人間達を導く糧に使って貰い、俺達は集団で培ったノウハウを使って各地で生き残ろうと。その時に俺について来てくれたのが、レイラ。

 彼女は、一度は魔王である俺に喧嘩を吹っかけて来たドラゴンだったが、俺に捕まり、危うく食べられそうになった所で「食料を奪おうとしてごめんなさい」と頭を下げたので、一緒に生活するようになった。思えば、レイラと生活してから、ドラゴンを食べようと言う気持ちは不思議と湧かなくなったな……。


 なんて思い出に浸ったのには訳がある。

 焼けたパンをドナベする前に、どうも眠たくなって、お昼寝をしてしまったのだ。


「おはよう、魔王様」

「おはよう、レイラ」


 目を覚ますと、レイラがパンを持ってニコニコとしていた。


「それは?」

「ドナベしておいたぞ!」

「ああ、ありがとう」


 流石はレイラ。あの時焼いて食べなくて本当によかった。


「魔王様がこんな時間に眠っているなんて珍しかったからな。暫く寝顔を拝見させて貰った」

「俺の寝顔なんて見たって、仕方がないだろ」

「そんな事は無い!」


 大体にして、夜は一緒に寝てるんだから珍しい物でもないだろう。夜は暗いから見え難さはありそうだとしても。


「いいか、魔王様の寝顔は貴重なんだ」


 貴重さが、全く想像つかない。


「もの凄く強いのにあどけない顔で寝ているし、危機感がまるで無いし、ちょっとほっぺをつつくとむにゃむにゃって言うんだ! 可愛い!」

「お、おう、ありがとう?」


 ありがとう、で、いいのか?


「うむ! ではボクはこのパンを戸棚にしまってくる」

「あ、うん」


 何から何までありがとうございます。


「サイラスー!」


 思いきり伸びをしていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。

 外に出て見ると、どうやら勇者のようだ。昨日の今日で来るとは珍しい。何かあったのだろうか。


「助けてくれ!」


 まだ距離はあるが、声は拾える。


「レイラ、ちょっと勇者が呼んでるから行ってくる」

「はぁ? あの野郎がまた来ているのか」

「助けてって言うから、ちょっと行ってくるな」


 俺は家の中のレイラに声を掛けてから、勇者へと駆け寄る。

 人間よりは早く走れるので、どんどん距離を詰め、やがて直ぐ傍で足を止めた。


「どうしたんだ?」

「で、出たんだ」

「食べられなくて毒がある虫でも出たのか?」

「違う!」


 さすがに虫くらいではこんなに騒ぎ立てたりはしないらしい。だったら、一体何なのだろうか。


「ま、魔物だ! 魔物が魔王城に出たんだ!」


 魔物……俺達の、お肉か。

 魔物は人間にとっては脅威。その人間が住んでいるところに魔物が出た。つまり……。


「だ、大丈夫か?」

「外でドライアドを切った後の物をウッドチップにしていたら出たんだ。僕達は慌てて城に逃げ込んだんだけど、切っていたドライアドは食べられて……」


 ウッドチップ? ……あ、ウッドクンか。

 と、なると、魔物は体の中に瘴気が溜まり、中和させようと本能でドライアドを食らう為に出た、と考えるのが妥当か。


「で、何の魔物だ?」

「おそらくあれは……マンティコアだ」

「なんだって!」


 マンティコア――俺が両手を広げたよりも大きい、赤い生き物。蠍のしっぽを大きくしたようなそれには毒があり、確か肉食だった筈だ。もしも魔王城を破りでもしたら、中に住んでいる人間は食べられてしまうかもしれない。

 そんな相手だと言うのに、勇者は恐れずにここまでやってきた。

 守らねば。この脆弱な、しかし強い人間を。


「ごめん、サイラス」

「謝る事は無いって」

「いや、その……あれ……」


 勇者が、空を指差す。そちらへと視線を向けると、赤い巨体が、蝙蝠のような翼でばっさばっさとこちらへと飛んで来ていた。

 勇者、人間だもんな。しかもここ、ドライアドがあるもんな。

 おそらくは、ウッドクンの素を作っていた勇者の匂いにつられ、追ってきたのだろう。勇者よ、よくぞここまで無事だった。


「……勇者、ちょっと揺れるけど勘弁してくれ。な?」

「え、あ、うん?」


 よし、許可は取った。まずは勇者を匿う。それからあいつを倒して、食べる!

 俺は勇者を横抱きにすると、家へと走った。腕の中で勇者が「あへぶふぐぐぐぐ」などとよくわからない悲鳴のような物を上げていたが、今は構っている場合ではない。

 大方人間よりも速い速度に目を回しているだけだ。

 俺は家にたどり着くと、中に勇者をポイッと入れる。


「レイラ、大物だ!」

「あぁ、大物だな!」


 既にレイラは外を見たらしい。

 マンティコアは大きい。食いでがある。

魔王パワーで倒すのは簡単だが、ここで使えば折角の収穫間際の植物は無駄になり、場合によってはか弱い人間は消滅する。しかも地形も変わる。

よって、ここは力を抑えて倒すしかない。


『パッパラパー!』


 こちらを追って来たらしい。近くで羽音とともに、ラッパのような音が聞こえた。これが鳴き声だ。


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