86 シューテイングスター
〈囮〉、それが今回ティアが使った魔法である。
対象の遺伝子を取り入れることで、その姿をそっくりコピーし、身体能力もある程度まで再現することができ、よっぽどの観察眼がなければ見破ることはできない。
少なくとも、グレインのことを一切知らないリッパーでは、見破ることができなかったのも当然である。
「さて、君が何者か聞かせてもらおうか。その歳で死にたくはないだろう?」
「うう……」
リッパーの首にグレインの剣が押し付けられ、血の筋が流れる。
ティアも常に魔力を高めており、いつでも強力な魔法を放てる体勢だった。
彼女の逃げ場は、もはやどこにもにない。
だが――――――――――。
「……だ」
「ん?」
「やだ……殺せないのはやだーーーーーーーー!」
グレインの行動は的確だった。
暴れだそうとしたリッパーの頸動脈を、押し当てていた剣で切り裂いたのだ。
いや、正確には、首を両断しようとしたのだ。
(なんだ!? 鉄を斬ったような感触だったぞ!?)
彼がその気になれば、金属を切断するなどわけない。
しかしその気になれば、という言葉通り、柔らかい肉を斬ろうとした剣では、身体を聖剣にすることができるリッパーを両断することができなかったのだ。
「あ……あ……赤いのいっぱい」
それでも、頸動脈は斬られているのだ。
大量の血液を床の赤いカーペットの上にこぼし、リッパーはよろけている。
すでに致命傷のはずだが、グレインはその姿にどうしようもない「嫌な予感」を感じていた。
(ここで仕留めないとまずい……!)
「あー! もう死ね! KILL!」
〈抜刀〉――――――――――――。
そう呟いたリッパーの身体が、光り輝く。
眩い光が収まると、そこにいたのは全身からさまざまな形状の剣を生やしたリッパーの姿だった。
美しい刀身たちは、一つ一つが伝説に匹敵する名剣だと主張している。
「傷がない……身体を再構築したの?」
ティアは魔眼を発動させ、彼女の姿が変わる瞬間を分析していた。
グレインたちは知らないが、聖剣たちは神力を多少を持っているだけの〈魔剣〉を言うのが正しい。
魔力の剣と言うだけあり、大量の魔力を保有しているのだ。
そして〈抜刀〉は人間で言う〈限界突破〉と原理自体は似ている。
そのため、ティアの眼には大量の魔力が移動しているのが見えていた、
リッパーの魔力が一度乱れ、再構築されていくところを。
「ころーす! キル! 合わせてコロシキール!」
「ッ! ティア!」
その速度は、グレインでも目で追うのがやっとだった。
もし、念のため展開していた魔法障壁がなければ、ティアの身体は何本もの剣で貫かれていただろう。
しかし、その速度で体当たりをされたときの衝撃は計り知れない。
当然ティアのような軽い人間は、耐え切れず吹き飛ばされるしかない。
「しょ、障壁があるんだぞ……!?」
衝撃を殺すためにある障壁が、何の意味もなさなかったことにグレインは驚く。
吹き飛ばされたティアは、数メートル後ろの壁に衝突し、周辺の壁を瓦礫に変えた。
その瓦礫の下敷きになり、動く気配がない。
すぐにでも駆け寄りたいグレインであったが、無慈悲な聖剣がそれを許さなかった。
「もうひとーつ!」
「くっ!」
床を走り回り、四方八方から強襲してくるリッパー。
あまりの速度に、もはやグレインは目で追うのではなく、経験と直感からくる予想でなんとか捌ききっていた。
(ジリ貧だ……! 何とかしないと)
「あー! やだやだ! キルれないとやだー!」
「っ!」
〈剣森〉――――――――――――。
リッパーが床に手をつく。
すると一瞬の振動のあと、グレインの立つ床から彼女の身体に生えている剣と同じものが飛び出した。
「下……ッ!」
グレインはリッパーから離れるように跳ぶ。
「キルキルー!」
剣はそれを追うように生えていき、グレインを串刺しにするべく迫る。
逃げ続けるのが得策ではないと判断した彼は、思い切って駆け出した。
「追尾されているなら、回り込めばいい!」
魔力で強化された足で、リッパーの周りを円を書くように走る。
剣は相変わらず追いかけて来ているが、後ろに回りこんだ瞬間、グレインはリッパーに斬りかかった。
彼女は床に手をついたままで、迎撃しようとはしない。
「もらっ――――――――――――」
「バーカ! 〈剣山〉!」
「なっ」
リッパーの周囲の床から、剣が飛び出す。
とっさに剣を引っ込め急所を庇ったが、密集した剣をすべて防ぐことはできず、グレインの身体はいくつかの剣によって貫かれた。
刀身は伸びるのを止めず、グレインを空中に持ち上げる。
身動きが取れなくなった彼は、空中で血を吐くことしかできなかった。
「がはっ……参ったな、これは」
「きーる、キール!」
「くっ……」
グレインを貫いている剣を、リッパーが叩く。
振動が伝わっていき、満身創痍の彼を苦しめる。
急所を守る際に愛剣は弾かれ、もはや武器もない。
「降りてきてキル!」
伸びきった剣が、もとに戻っていく。
それは同時にグレインの身体が床に近づくということ。
リッパーは、彼の心臓の位置に一本、剣を生やした。
「心臓、ちょーだい」
「っ……」
彼女は無邪気で狂った笑みを浮かべていた。
寒気が這い、グレインの頬を冷や汗が流れる。
そして、生えている剣が彼の鎧に到達し――――――――――。
「そろそろ頼むよ……ティア!」
「あいあいさー」
「え!?」
リッパーの身体に炎の玉が直撃し、真横に吹き飛ぶ。
その隙にグレインは渾身の力で自分を拘束している剣を握り壊した。
生えている剣に当たらぬよう床に降り立った彼は、すぐさま膝をつき荒い息を整え始める。
「それできるなら最初からすればいいのに」
「そんな隙はなかったよ……壊すだけでも精一杯さ」
歩み寄ってきたティアは彼の手を覗き込む。
グレインの手は両方とも血まみれであった。
これでは剣を握れるほどの握力は望めない。
「それで……準備はできたのかい?」
「もち、いつでも行ける」
ティアはホコリまみれでありながら、頼もしい顔で親指を突き立てた。
「邪魔しないで---! キル!」
「残念だけど、もう終わり。私たちは殺されないよ」
怒りの表情で睨みつけてきているリッパーに対し、ティアは相変わらずの無表情で返す。
そしてなめらかな動きで手を合わせると、一言呟いた。
「〈限界突破〉」
ティアの魔力が膨れ上がる。
その圧力に押されたリッパーの足が思わず止まった。
そして、このとき足を止めてしまったことが――――――――――――
―――――――――――彼女の最大の敗因である。
「魔の境地、〈無限心臓〉」
目に見えるほどの魔力がティアの心臓部から吐き出され、彼女の周りを渦巻く。
その魔力量は桁違いという言葉が相応しい。
あのセツや冬真の魔力すらも、今の彼女は上回っている。
「う、うっとおしーー! きる! キルキル!」
「どん」
「わっ」
飛びかかろうとしたリッパーの腹に、突然現れたフレイムランスが直撃する。
「どん、どん」
「ぎゃ! いっ!」
吹き飛んだ彼女に、追い打ちのアイスランスとサンダーランスが命中した。
「どん、どん、どん、どん、どん」
「ぎっ! ぎゃ! ぐ! うっ! ぐぇ!」
まるで連続で大砲の弾を命中させているような光景だった。
ティアが指を振る度に、威力特化のランス系魔法が形成され、リッパーを狙い撃つ。
その不可解なところは、指を振ったのと同時に着弾しているところだ。
本来、魔法は詠唱、または無詠唱で形作り、名称を口にすることで発動させる。
つまり、いくつかの工程を踏まなければ、魔法は発動しないのだ。
それが彼女の場合、そのすべての工程を無視し、一呼吸で魔法を放っている。
まさしく、その姿はまさしく「魔の境地」であった。
魔術師の目指すところ、理想形である。
「何が魔の境地だよ……ただ膨大な魔力を無理やり固めて、属性付けをランダムにして工程を省いてるだけじゃないか。確かにとんでもないことだけど、湧き水のように魔力が湧いてくるからできることだよ」
今のティアの状態を例えで表現するならば、拳闘士が右の拳を使うか、左の拳を使うか、拳を捻るか、どの角度で叩き込むかを一切考えず、ただ拳を放つということしか考えなくていいという状態が一番近い。
勝手に左か右の腕が動き、そのときによって角度と捻りが変わる。
ようするに、今のティアはがむしゃらに拳を突き出しているだけなのだ。
そこに工程やら思考は関係ない、何も考えず、攻めるのみである。
「う……痛くなってきた……」
「そろそろここじゃ狭い。外行こ」
「やだ! ここで殺すの!」
「言うこと聞いて」
「ぎゃ!」
数十個のランス系魔法が出現し、連続でリッパーに襲いかかっていく。
直撃する度に後方へ身体を押していき、壁に背をつけても追い打ちを仕掛ける。
100か、200を越えた頃、ついに魔王城の壁が耐え切れなくなり、リッパーの身体が外へ吹き飛ばされた。
空中に投げ出されても、魔法は止まらない。
今度は下から救い上げるようにフレイムランスが直撃し、打ち上げられる。
何十発ものランスがあとに続き、遥か上空にリッパーは浮かぶはめになった。
「やだー! ここやだー!」
周りに何もない、この状況が、リッパーの最大の弱点であった。
彼女のスタイルだと、障害物や地面がある場所がもっとも得意な地形である。
しかしここは空中、地形もへったくれもない。
「これは私のとっておき。最後にいいもの、見せてあげる」
ティアが片手を上げる。
そこにはさきほどのガサツな攻撃をしていた彼女の姿はない。
繊細で美しい魔法陣が、彼女の視界の先で組み立てられていく。
雲の上、青空が広がる上空で。
「これで終わり。星魔法――――――――〈流れ星〉」
それは突然現れた。
雲を打ち払い、真っ直ぐ落下してくるそれは、まさしく隕石。
大きさは丸ごと魔王城を押しつぶせるほど……。
「ひっ――――――――――――」
「バイバイ」
なすすべなく、リッパーは隕石に衝突する。
その石が保有する熱が、彼女の身体を焼く。
最初こそ絶叫していたリッパーであったが、その声は次第に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
残ったのは、真っ直ぐ城へと落ちてくる隕石だけである。
「これ……大丈夫なのか?」
「大丈夫、消せる」
ティアがもう一度手をかざすと、隕石は魔力の塊になり、霧散して消えた。
そうした瞬間に、ティアが崩れ落ちる。
グレインが思わず受け止めて顔を覗き込むと、彼女は目を瞑り辛そうに胸を上下させていた。
「……やっぱりあまり使うものじゃないね、毎回こうなるんだから」
「もう……マジ無理……」
「はぁ……まったく」
グレインは痛む身体にムチを打ち、ティアをおぶって上層階へと向かった。
◆◆◆
グレインたちがリッパーと戦闘していた頃……魔王城上層では――――――――。
「ううむ……リッパーはどうやら負けたようですねぇ……これはめんどくさそうだ」
「何だ……貴様は……」
爆炎、そして黒い煙が漂う細い廊下に、ブラッドとエルカ、そして赤いローブを身にまとった男が立っていた。
「おっと失礼、私の名前は〈爆炎剣エクスプロード〉。人類滅亡の足がかりとして、まずこの強者の根城から爆破させていただきましょう」
二本目の予期せぬ聖剣が、彼らに襲いかかる――――――――――――。




