84 信用
「それで、どうなんだ? あの男は目標の相手なのか?」
「ああ……間違いねぇな。護衛がいるってのは想定外だったが、頃合いを見てぶっ殺すぞ」
荷台の中で、魔族の二人は物騒な会話をしていた。
「あまり物騒な言葉を使うな。この子供が怖がるだろう」
「もうすでにビビってると思うけどな……」
「んー! んー!」
同じ荷台に乗っていたデストロイアは、ラミナによって拘束され、口を塞がれていた。
これでは外の二人に現状を知らせることができない。
(無礼な連中じゃ……ワシの口を塞ぐとは、それなりの報いを受けさせてやる……セツがな)
力をほとんど失った彼女では、相方に頼るほかなかった……。
◆◆◆
「セツさん……この馬車ちょっと任せていいかい?」
「あ? どうしたんだよ」
グルスは脂汗をかいていた。
どこからどう見ても、体調が悪いようにしか見えない。
「どっか悪いのか? なら荷台で休んでりゃ……」
「いや……は、腹がいてぇんだ! ちょっと向こうで気張ってくるわ!」
「お、おう……」
あまりの剣幕に、俺は仰け反る。
そういうことなら早めに言えばいいのにと思いつつ、俺は手綱を受け取り、馬車を待機させた。
だが不幸なことに、この辺りに隠れられそうな茂みはない。
かなり遠くまで走っていくグルスを見ていると、後ろの荷台から魔族の連中が降りてきた。
「あ、すまん。運転手がちょっと腹壊しちまって、馬車はしばらく休憩――――――――」
「ちっ! 勘付きやがった! 行くぞラミナ!」
「ああ!」
「……は?」
魔族たちは、驚異的なスピードでグルスを追い始める。
ラミナと呼ばれていた女の方は、刀に手をかけていた。
……まさか、あいつらグルスを狙ってんのか?
「よく分かんねぇけど……させっかよ!」
俺も地面を蹴って追いかける。
大丈夫だ、やつらは本気で走ってない。
今の俺でも十分追いつける。
「うわぁ! 来るんじゃねぇ!」
「逃げんなクソ野郎が!」
「潔く死に逝け」
よし、間に合う。
俺はグルスと連中の間に割り込み、黒丸でラミナの居合い斬りを受け止める。
「なっ」
「護衛をシカトさせるわけにはいかねぇよ……っ!」
「へぇ……ラミナの刀を止めるか」
俺は無理やり腕を振りぬいて、ラミナたちと距離を取った。
腕が痺れてやがる。
やっぱりそう簡単には止められねぇな、あの剣は。
「おいジオン、この男只者ではないぞ」
「見たところ魔力もねぇし、そんな実力があるとは思えねぇんだがな……油断はすんなよ」
「もちろんだ」
こいつら……あっという間に慢心が消えた。
参ったな、やりにくい。
最悪の場合、大食いを抜かなければ退けられないかもしれない。
「おい、お前何したんだよ」
「お、俺は何もしてねぇ! 無関係だ!」
グルスはすっかりビビって逃げようともしない。
これじゃやりにくすぎる……。
「何もしてねぇことはないだろ? てめぇはディスティニア国の第一王子なんだからよ」
「――――――――――は?」
こいつが……王族?
「王である貴様の父と、兄妹のマーガレットは始末した。残るはグルス王子、貴様だけだ」
「や、やめてくれ……」
おいおい……いつの間になんてことしてくれてんだよ……。
やっぱりこいつらはろくな事しないな。
戦争が終わることはいいことだが、人間の国を混乱に陥れてどうすんだよ。
こりゃさっさとこの大陸離れないと、荒れるぞ。
「貴様を殺すことで、我らが魔族は完璧な勝利を掴める!」
「ひっ、待って――――――――」
「くそっ!」
俺はもう一度黒丸で受け止め、押し返す。
相変わらずなんて剣速してやがる……ギリギリだったぞ。
「こいつ! またしても……」
「熱くなんなよ。この護衛は確かにやるようだが……ようは本命を始末すりゃいいだけだ」
ジオンと呼ばれた男の手が、こちらに向けられる。
こいつの魔法はまずい、今の俺じゃ抵抗できない。
「これしかないか!」
俺はジャケットの下からナイフを二本取り出した。
「〈ナイトメア〉」
ジオンが魔法を唱えた。
俺はとっさに自分の足と、グルスの肩にナイフを突き立てる。
「くっ……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「こいつ……! 俺の魔法を初見で……」
ジオンが得意な魔法は、人を永遠の悪夢に閉じ込める幻惑魔法。
食らった者は、外部からの何らかの干渉を受けでもしない限り、二度と現実世界には戻れない。
魔力で対抗することもできるが、並の魔力量じゃ勝負にすらならない。
少なくとも、魔力のない俺や少ないグルスでは、この魔法の格好の的だっただろう。
そこでこのナイフ。
幻惑魔法は、突き詰めれば相手を睡眠状態にするようなものだ。
だから、痛みを与えることで意識を覚醒させる。
少しでも遅れれば、俺たちは永遠に冷めない夢の中だった。
「てめぇ……五大魔将の俺たち歯向かうってのはっどういうことか分かってるよな?」
「……分かってねぇのはお前らだろうが……」
俺はナイフを抜きながら、立ち上がる。
落とした黒丸を足で蹴り上げ、掴んで二人に突きつけた。
「お前らまた勝手な行動したんだろ、それじゃまたデザスに怒られるぞ」
「っ! 人間が! デザストル様をそんな風に呼ぶなどと――――――――――」
「剣を合わせたんだからよ、そろそろ気づけや」
俺は黒丸を放る。
二人は警戒して受け取らなかったが、地面に落ちた黒丸を見て驚きの表情を浮かべた。
「これは……シュバルツ……!?」
「折れてっけど……これは確かにあの剣じゃねぇか……」
やっと気づいたか。
この剣は魔王デザストルにもらったもので、かつてデザス自身が使用していたものだ。
当然、こいつらもその存在を知っているはずだし、この剣が俺の元に来たことも知っているはずだ。
「いや、だが……セツさんは五年前に人間の手によって……」
「まさか……てめぇ」
ようやく気づいたか……これで何とかこの場は――――――――――。
「セツから奪いやがったな! この剣を!」
「なっ、ちょっと待て!」
ジオンが怒りの形相で飛びかかってくる。
そういう風に取るか、いや、俺の見た目も変わってるし、今は魔力で証明することもできないから仕方ねぇんだが……。
て言うか、俺が負けたって思われていることが心外だな。
「っざけんな! 俺が簡単に負けるわけねぇだろ!」
「がっ――――――――」
ジオンの腕が俺に触れる前に、その顎を下からかち上げる。
そして上に反れた身体に拳を二発。
真後ろに吹っ飛びそうになったところで、その腕を掴んで地面に引きずり倒した。
両腕を絡めとり背中で組ませ、頭を掴んで地面に押し付ける。
これで完全にジオンの動きを封じた。
「クソッ! 離せ!」
「バカ野郎、お前は見かけによらず魔法専門なんだから、体術で俺に勝てるわけねぇだろ」
ジオンの苦手な分野は接近戦だ。
どうせ敵は夢の中に落ちるんだからと、訓練を蔑ろにした結果である。
まあ、幻惑魔法だけでも十分強いから質悪いんだが。
「今の言動、動き……あなたは本当にセツ殿か……?」
「ああ、詳しい事情は俺自身あんまり説明できねぇんだが、俺はセツで間違いない。デザスたちにはもう会ってる、信用できねぇってんならあいつらに聞きゃ一発だ」
「……嘘の気配はないな。ジオン、どうやらこの男は本物のセツ殿のようだぞ」
「……とりあえず退けよ、もう暴れねぇから」
本当に信じてくれてんのか? こいつ。
信用はできなくても、このままじゃ会話どころじゃないな。
俺はゆっくりとジオンの上から退き、少しだけ距離を取る。
「やっぱり確証がねぇ、だから俺の質問にいくつか答えろ、それ次第だ」
何だそりゃめんどくせぇな。
けどやらなきゃ話は進まないか……。
俺は無言で先を促した。
「ひとつ目の質問、お前の得意料理は?」
「揚げ物全般」
「……ふたつ目、デザストル様の好物」
「ショートケーキ」
「……最後、セツとデザストル様の婚約はいつ約束された?」
「面と向かってそんなことをした覚えはねぇ」
すべての質問に答え終わると、ジオンは少し考えたあとラミナの方に振り返った。
「こりゃ信用してもいいぽいか?」
「私に聞くな。だが……少なくとも私は信用している」
「ふーん……まあ騙すにしても、危害を加えるってんならこの場でできるしな……よし、俺たちはお前をセツだって認めるぜ」
「ふぅ……ようやくか」
正直、このままやりあったんじゃ負けてたかもしれねぇからな、助かった。
それにしても、魔力がねぇってのは相当不便だな。
この姿をまだ見てない連中に会うのは、しばらく控えたほうがいいかもしれない。
「よし、ってなわけで、その男をこっちに引き渡してくれや」
「……あ?」
「あ? じゃねぇよ。そいつは人間の王族だってさっき言ったろ? だったらセツであるお前が守る必要もねぇじゃん?」
……確かにな。
護衛としては、後ろで怯えているこいつを守らなきゃいけないんだが、ジオンたちと戦うことになるのは避けたい。
仲間と戦うことになるのは御免だ。
だからってここで素直に殺させるのも、得策の気がしない。
そう言えば、こいつらは王様たちを殺しちまったんだよな?
だったらグルスをとっ捕まえて魔族大陸に持ち帰るのがいいんじゃないだろうか。
「渡すのは構わねぇが――――――――――――」
そのことを二人に話してやると、素直に賛同してくれた。
すぐさま馬車の荷台にあったロープで縛り上げ、ジオンとラミナがそれを見張る。
移動は俺が馬車を運転し、完全に空気状態のストローは、あいつらと同じ荷台にそのまま乗りっぱなしだ。
このまま進めば、間もなくラクリアにつくだろう。
何か面倒事に巻き込まれなきゃいいがな……。




