後日談 6話
「しゃらくせぇ」
俺は黒丸を振り、マグマを吹き飛ばす。
しかし視界が一瞬塞がった間に、遠藤は俺の背後へと回り込んでいた。
「溶岩拳」
遠藤は拳にマグマをまとわせており、それで俺を殴ろうとしているらしい。
俺は腕でそれを防ごうとした。
しかしその直後、俺は焼けるような痛みを覚えて大きく吹き飛ばされる。
「あっつ!?」
俺は空中で体勢を立て直し、殴られた腕へ視線を落とす。
するとその部分にはくっきりと拳型の火傷ができていた。
他の連中との戦いでやつらが神力を持っていることは分かっていたが、それは限りなく薄いもので俺やクレアシルに傷をつけられるほどではない。
だが遠藤のはどうやら違うらしい。
魔術と神力の融合、それを果たしていると見た。
「仮にも神であろうとしている男が、このような不敬者に傷を負わされるとはな。とんだ笑い話だ」
「うっせぇよ! 黙って見とけ!」
クレアシルの小言を耳から追い出し、俺は黒丸を改めて構え直す。
油断はできない。
もし全身にあのマグマを浴びようものならば、死なないにしても大きく隙を生み出してしまう。
そうなれば、どうせクレアシルは俺を腹いせに殺す――じゃなくて、封印するはずだ。
「須崎、俺たちはもうあの時の俺たちじゃない。主のため、ここで邪魔をするならばてめぇを殺す」
「主? てめぇらをそんな風にしちまったやつか……まさか、神域団体なんて言うんじゃないだろうな?」
「答える筋合いはない」
「会話くらいしろよ」
再びマグマをまとって突貫してくる遠藤を、黒丸で受け止める。
鍛えなおした黒丸はこの程度ではびくともしない。
俺はやつの体を押し返し、ついでとばかりに飛剣を放つ。
「マグマボール!」
それに対し遠藤はマグマの塊を放つ、が。
「そんなので止められると思うなよ」
飛剣はマグマを切り裂き、遠藤の胴体へと直撃する。
ここで驚いたのは、やつの体を両断できなかったことだ。
右肩から左足の付け根まで伸びる傷は、一見だいぶ深いように見える。
しかし、どうやらこの程度では倒せないらしい。
思いのほか頑丈だ。
「ぐっ……須崎ぃ……」
「……もう帰れよ、お前ら。こんなことすんな。神たちには……まあ何とか上手く言っておくから」
実力差は見せつけた。
戦力もだいぶ減らした。
あまり人間の事情に神が直接手を出すことは好まれていないため、ここで退却すれば深追いせずに済む。
それで俺たちに反旗を翻す気さえなくなれば、残ったこいつらだけでも元に戻す方法がどこかにあるかもしれない。
別にクラスメイトに思い入れがあるわけじゃないが、明らかな人体改造の後に操って他人を襲わせるなんて胸糞悪いことはやめさせたいのだ。
「――遠藤、退却しよう」
苦しむ遠藤の肩を叩いたのは、どこからともなく現れた屈強な男。
まあ、こいつにも見覚えはある。
よく夕陽や光真とともにいた体育会系の男、近藤次郎。
次郎は表情のないままに、遠藤の体をぐいっと引っ張る。
「お、俺はまだ!」
「今の俺たちでは勝てない。戻るぞ」
「……クソッ!」
遠藤が悪態をつく。
頼むから、そうしてくれ。
誰が好き好んでてめぇらを虐殺しないといけないんだ。
「何を言っている? 貴様らの行いは万死に値するものだ。ここで全員死刑、それは決まっていること」
……ま、こいつからすればそうだろうな。
俺はクレアシルが前に出たのを見て、そっと身を下げた。
やってくれるならやってもらおう。
別に自分から手は出さないというだけで、こいつらを庇う理由はないのだから。
「消えろ……消失」
クレアシルの手から、万物を消滅させる光が放たれる。
――しかしその光は、突然現れた炎の壁によって遮られた。
消失はやつらに届くことなく、その炎を消して効果を失う。
「油断しないで、二人とも」
「すまん、美月」
これもまた知った顔。
朝倉美月、光真一派だった女だ。
「須崎」
「……何だよ」
「悪いが、今度光真に会ったら伝えておいてくれ。もう、俺たちを探す必要はない、と」
「……分かった」
「……行くぞ、遠藤、美月」
次郎の体が、まるで空中に溶けるかのように消えていく。
その現象は美月にも、遠藤にも平等に起きていた。
退却される、そんなことは重々承知であったが、俺は敢えて手を出さず放置する。
こいつらはどうせ大した情報を持っていない。
さらに言えば、捕まえたところで簡単に自害するだろう。
操られているということは、そういうことだ。
「……次は、ねぇ」
最後に遠藤が俺をひと睨みし、三人は目の前から完全に消えてしまった。
いつの間にかまだ残っていた連中もどこかに消えており、静寂が神界を包む。
「何故殺さん。知り合いのようだったが、まさかそのような理由で見逃したわけではあるまいな?」
「ちげぇよ。……多分、やつらは下界に潜んでる。どのみちどれだけ今の連中をボコしたところで、主ってやつにはたどり着けない。なら下界に戻って、本拠地を探す材料になってもらった方がいい」
「……ふん」
俺の意見をどう思ったのかは知らないが、クレアシルがそれっきり言及してくることはなかった。
おそらく、すべて神域団体というものが裏で手を引いている。
――潰そう、世界が危機に晒される前に。
俺の仲間たちで手に負えない、そう判断した時は、もう神だなんて関係ない。
直接叩く。
俺はそう決意した。