歓待
兄上を歓迎するための食事は、急遽エドラン殿下を歓迎する食事に変更された。
とは言え問題は特に無し、元々過剰なくらいの用意をしての歓迎をするつもりだったので、会場を多少手直しする程度で解決してくれた。
場を家族の食堂から客人歓待のための晩餐室に、ワインを買い足し肉料理を増やし、デザートなんかも出してもらうことにした。
氷を使って作ったアイスクリームや、フルーツを使ったシャーベット、お菓子寄りのアップルパイも急遽作ってもらっている。
こちらの文化においてパイはあくまで食事、デザートのような感覚はないのだが、前世知識での改良を行ってもらっていて、リンゴは元々名産だったこともあって中々の出来上がりとなっている。
これくらいあれば王族相手でも満足してもらえるだろうというメニューとなって……屋敷に移動し、コーデリアさんを紹介したり、母上達との再会騒動があったりとしながら、晩餐の時間となった。
「……まさか母上がああも泣くとは思いませんでしたよ」
三人用のやや小ぶりな長テーブルを大広間といった様子の晩餐室中央において、そのテーブルの上にこれでもかと料理を並べて、ホストとして使用人達に指示を飛ばしながらそんな言葉を口にすると、俺よりも何倍もホストらしい堂々たる佇まいでワイングラスを傾けた兄上が言葉を返してくる。
「母上はあれで情の深い方だ、だというのにお前はあまり甘えさせてはくれないからな。
抱擁し安心させてくれる相手と会えたことが嬉しいのだろう。
……それよりも驚かされたのはバーバラとプルミアだ。二人とも美しくなったがそれ以上に強くなった。
特にプルミアのあの勇姿はどうだ、二人の男を従えて堂々たる立ち姿、きっとコーデリアの良い影響なのだろうな。
……そう、コーデリアの美しさと強さ、あれには参ったな。
あれは至宝と言っても良いだろう、全くこれまでドルイド族という隣人に目を向けてこなかったことは、我が生涯の悔いとなろう。
あれを見事射止めたことこそがブライト、お前の大手柄なのかもしれんな」
母上と再会した兄上は号泣した母上を抱きしめ、更に姉バーバラとプルミアも抱きしめようとしたが、二人はそんなことは不要とばかりに見事な一礼だけをしてみせた。
姉上もプルミアもすっかりと一人前のレディといった立派な姿を兄上に見せていて、兄上はどこかそれを寂しそうに眺めていた。
……のもつかの間、ドレス姿で挨拶に来たコーデリアさんには目を輝かせて喜んでいて、その場で跪いて求婚せんばかりの勢いだったが、兄上がそんな真似をするはずもなく、一人の紳士としての丁寧な挨拶をし……そして俺の肩をバンバンと嬉しそうに叩いてきていた。
エドラン殿下もまたコーデリアさんの美しさには驚いたようで、他にドルイド族の女性はいないのかと、しきりに小声で尋ねてきていて……どうやらドルイド族の女性は、コプラン国の文化的に、これ以上ない魅力的な女性像ということになるようだ。
……何故それで迫害されてきたのかと不思議に思ってしまうが、俺も兄上も殿下もまだまだ若く、古い考えよりも先進的な考えを好む性格だから受け入れられているだけで、他の人はそうではない……のかもしれない。
なんてことを考えていると、頬を染めた顔でワインを一気に飲み干したエドラン殿下がゆっくりと口を開く。
「……ああ、全く、あれ程の美貌はそうはお目にかかれないのだろうなぁ。
……この家には今、コーデリア殿の侍女しかいないそうだが、それでも知己を得たいものだ。
いやむしろ、身分を捨てて平民となった今だからこそ侍女が相応しいのではないだろうか。
いや、そうに違いない、これこそ運命……!!
あの角、あの体躯、そして美貌……余をどこまで魅了したら気が済むのか」
……うーむ、良い感じに出来上がっているなぁ。
一応コーデリアさんに故郷で誰か紹介出来そうな人はいないかと聞いてみてはいるけども、亡国とは言え一国の王子が相手となると、そう簡単にはいかない。
「ふ、エドランよ、大事を前にして女のことを考えている暇はあるまいよ」
「ジェラール! お前には良い妻がいるから良いかもしれんがな! もうすぐ冬が来る、一人の寝床は寂しいものだぞ!!」
「それもまた運命よ、そしてその運命の出会いをたぐり寄せてくれたのもまた、そこにいるブライトだ。
焦らずブライトに任せておけば良い、今はそれよりも王太子のことを考えなければ。
……鎧はいるのか?」
と、そう言って兄上が真剣な表情となると殿下もまた真顔となって言葉を返す。
「鎧か、先程見させてもらったがアレはいらんだろう。
軍を率いるのなら欲しい所だが今回は暗殺だ、鎧も槍も必要はない、ナイフが一本あれば良い。
後はこの身軽さでもってなんとでもしてくれよう」
殿下はそう言ったなら持っていたグラスをテーブルに置き、立ち上がると同時に跳び上がって見せる。
そうして椅子の背に着地し……見事なバランス感覚でそこにしばらく立ってから、また跳び上がってくるりと一回転して床に着地し、華麗な仕草で椅子に座り直す。
……そしてドヤ顔でまたワインを一飲み。
食事の席でドタバタと騒ぐのは勘弁して欲しい所だが、確かに身軽だ、それに柔軟でもある。
普段から体をよく鍛えて柔軟なども相当な熱量で行っているのだろう、確かに暗殺向きの身体能力なのかもなぁ。
ドルイド族はもちろん、ライデルもアレス男爵も大柄で脳筋気味、柔軟性よりも突進力でなんとかするタイプだからなぁ……今回の競争では一歩劣るのかもしれない。
「許せブライト、殿下は酒の場では騒がれる方なんだ。
北東連合は寒い地域でな、度数の高い酒で寒さを払って冬を乗り越える伝統があり、それだけ酒を愛し、酒の場を楽しむ文化となっているそうだ」
「ああ、酒とサウナは生涯の友よ!
……アレを討った暁には、アレの首を飾ったサウナに入りたいものだ。
……伯爵はどうかな? 暗殺に自信は?」
そう話を振られて俺は、持っていたフォークを置いて、口元をナプキンで拭いてから言葉を返す。
「さて、どうでしょう。
今までにそういった経験はありませんが……部下のライデル達には日頃から様々な軍施設への突入訓練をさせています。
実際に修道院騒動では見事な突入をしてくれて、敵の制圧に成功しています。
殿下とは全く別種の動きとなるでしょうが、戦果に期待出来る動きではあると自負しております。
……また私自身も屋敷に侵入した不埒者を討った経験がありますので、悪くない結果にはなるのではないかと考えています」
そんな俺の言葉に兄上も殿下も動きを止める。
そして二人同時に目を伏せて、ワイングラスを眺めてからゆっくりと顔を上げてお前も行くのかと、視線で問いかけてくる。
「……仇敵を討てる機会を逃すつもりはありません。
無謀と言われても現地に赴くつもりです……とはいえ自殺願望はありませんから、相応に自重はするつもりです。
仮に私に何かがあったとしても兄上が上手く差配してくださることでしょう」
更にそう言葉を続けると、兄上は何かを言おうとし……しかし言葉を飲み込んで小さなため息を吐き出す。
止めたい気持ちはあるが、止められないと分かっているのだろう。
もしかしたら今まで散々支援してもらったからという負い目もあるのかもしれない、実際にはそんなものはないのだが……表情から見るに兄上はそう考えているようだ。
そして殿下はどこか嬉しそうだ。良いライバルが現れてくれた、志を同じとする仲間が現れてくれたと、そう考えているようだ。
もしかしたらこの期に及んで現場に出ない者には従えないと、そんなことも考えていたのかもしれない。
危険があろうとも責任者として出向かなければならないタイミングというのはあるもので、王太子を討とうと言うのならその全責任を負うべく、最前線に立つべきだろう。
ライデルにもアレス男爵にもそれを負わせるつもりはない、アレは俺の獲物だ。
そんな決意を漲らせていると、エドラン殿下が破顔して弾む声を上げる。
「ここにも勇者がいたという訳だ、この辺りも冬はよく冷えるのだろう? やはり寒さは男を鍛える、勇者を生み出す、もし我が城の財を取り戻せることがあったなら、その中から先祖代々伝わる手斧を贈ろう。
かつて北海を荒らし回った熊の勇者が、我が国の祖が振るったという手斧だ、貴殿にこそ相応しい」
「はーっはっはっは! エドランに認められたなら一人前の男よ!
そしてあっさり国宝を譲ると言い出すエドランもまた男よ!
……しかしエドランはナイフで良いとして、ブライトには何を持たせたものかな。
槍でも良いかもしれんが、暗殺向きとは言えんし屋内で振り回すのもなぁ……」
と、殿下と兄上。
「普通に剣で良いと思っています、剣での鍛錬も行っていますし、こういう事態も想定して鍛錬を行ってきましたから。
ライデルや腹心のフィリップからも及第点は貰えています―――」
と、俺がそう言葉を返していたその時だった。
ドタバタドタバタと聞き慣れた足音が響いてきて、次に使用人達の悲鳴、そして奇声が聞こえてきて、ドアが勢い良く開け放たれる。
「……博士、どうした?」
そちらを見ることなくそう声を上げると、俺の側まで滑り込んできた博士が何かを布で包んだものを差し出してきてから奇声を上げる。
「でぇぇぇきましたぁぁぁ、間に合いまーーーしたぁぁぁ。
これがあればぁ、ブライト様が怪我することはないはずでーーす!
無事に帰ってきてまた予算くださーーい、これに予算全部使っちゃいましたぁぁぁ!! うへへへへへへ」
ぶん殴るぞこの野郎。
大事な賓客を歓待する晩餐会に突入してきて、予算全部使った宣言ってどういうことだ?
と、言うか予算って? どの予算だ? 博士の研究予算? 劇場建設の予算まで使い込んだってことか?
どう叱ったものかとイライラしながらも、一応は博士の発明品、確認が必要だろうと布を受け取ると……布から伝わってくる形状などからある物が思い浮かんで、俺は大慌てで布を剥ぎ取り、それを持ち上げる。
……銃だった。
小型のライフル銃のような形状で、弾倉の辺りにやたらと大きい箱がついていて、なんとも不格好かつ前世では見たことのない形状だったが、概ねは銃だった。
「以前! ブライト様からお聞きした爆発による発射兵器!
ジュウとかなんとかおっしゃってたのをどうにか作れないかと思って、そしてついに決断をされたと聞いて焦って、大急ぎで仕上げて参りましたよぉぉぉぉーー!!
どうしても爆発力を得られなかったという根本的な欠点を魔法石を濃縮することで解決しました!!
うっへっっへ、凄いでしょう??
とは言え濃縮効率が最悪で、鎧一機を動かすのに必要な魔法石を1とした場合、50程の魔法石を消耗してしまった挙句、撃てたとして一発限りではありますが、それでも試射には成功! 最新式の鎧にすら結構なダメージを与えましたので、十分な価値があるかと!!
濃縮効率に関しましては研究を進めればもうちょっとよくなるんじゃないかなーと思う次第です」
……50機分でようやく一発? しかもそれを試射した??
そりゃぁ予算も消し飛ぶわ。
そうなるとこの箱は濃縮した魔法石が入っている弾倉みたいなもの、という訳か。
そんなことを考えながらあれこれと銃をいじる中、博士は更に説明を続けてくる。
「ライフリングとかいうのも完璧、銃眼とやらも完璧に仕上げてありまして命中精度も問題ないでしょう。
そこら辺の調整にかなりの数の試射をしちゃいましたが、まぁ大目に見てやってください。
一発撃つごとに整備が必要だとか、分解しなければ装填出来ないだとか、そこら辺のどうでも良い諸問題は追々解決していきます。
……ですので追加予算ください!! あと死なれたら追加予算もらえないので死なないでくださーーーーーい!!」
……やっぱりぶん殴りてぇ。
しかし良い仕事をしたのは確かで、兄上や殿下の前で粗相をする訳にもいかずぐっと堪えていると、兄上と殿下が笑い始める。
「はーーっはっはっはっはっはっは!!」
「あはははははははは!!! これが異国の文化か!!」
それを受けて俺はなんとも言えない恥ずかしさを味わうことになり、一方博士は何をどう解釈したのか、褒められているとでも思ったのか照れ始めて……それを鬱陶しく思いながらも俺は、これで王太子暗殺が楽になったことを素直に喜ぶことにするのだった。
お読みいただきありがとうございました。
出撃までいけなかったので次回こそ!




