工作
――――とある街の大通りにある石垣で、ドルイド族の男達
支給されたスーツを着込み、教わった振る舞いでどうにか紳士であろうとし……そんな若い男達の一団が、石垣に腰掛けながら周囲の様子を見回している。
角を揺らしながら一人は楽しげに、一人は興味深げに……そして一人は鬱々とした気分で、そんな感じで五人がそれぞれ違った表情を浮かべている。
彼らは母国ロブルの希望の星として派遣された使節団であり、先進的な国である隣国のある街で、その様子を静かに見やっていた。
そうしてどれくらいの時間、そうしていたのか……二十歳そこそこと言った年齢の、周囲を歩く女性が思わず見てしまうような美男子の一人が声を上げる。
「姫様の決断も納得だな。
……まさかこれだけ栄えているなんてなぁ、しかもこれで国一番の都じゃないってんだから参ったよ。
挙げ句の果てにあの飛空艇に鎧……オレ達はすっかりと時代に置いてかれちまってたんだなぁ」
すると他の……同じような年齢、美男子の男が言葉を返す。
「その遅れを婚姻って一手で取り返した訳だ。
しかも相手の当主殿は若くして才気煥発、数々の改革を成した上で国を富ませた大人物ってんだからな。
文句なんて言えねぇよ……あの宿舎とこの上等な服に、毎日の食事、それも全部当主殿が手配してくれてるってんだろ?
こっちで働くことを決めれば高待遇を約束した上で最新型の鎧までくれるってんだからなぁ……」
更に別の男。
「ドルイド族のための戦略、戦術研究や、ドルイド族の暮らしが豊かになるための技術協力……特に農業技術の提供や研修には力を入れているようで、今後30年はロブルが飢えることはないでしょうね」
「……そういや当主殿はロブルで飢饉が起こるかもと警戒しているんだったか?
自分のとこじゃぁ疫病に怯えて、他所の飢饉を心配して……そういう性格だから改革なんかに手を出したのかねぇ」
「……心配性だからってことですか?
どうでしょうね、そんな性格だったならそもそも王家に逆らったりしないと思いますけど……。
どちらかと言うと用心深いという言葉が適切な気がしますね、目的のために用心深く事を進めていて……目的が遠ざかるような出来事を毛嫌いしているのでしょう」
「あぁ、なるほどな、怨敵を討つために必要な遠回りは我慢出来るが、余計な遠回りは御免被るって訳か。
……俺なら、その怨敵が噂通りの野郎ってんなら放置するがねぇ。
どんどん悪手を打って評判を下げて、こちらに利することばかりしてくれるんだからよ、討っちまったらもったいないぜ。
無能な敵な歓迎しないとよ」
「それで困るのは民……こちらでは市民と言うのでしたか、市民が困窮するのは望んでいないのでしょう。
彼の改革案はどれもこれも市民の生活に配慮しています、その先にすら配慮している訳ですし……」
と、一人がそう言うと他の面々はそれぞれ難しい顔をして、空を仰ぐ。
彼らにとっての憧れの存在、姫様を射止めた男は将来的に王権を廃止し、国家の行く道を議会に委ねることを考えているのだと言う。
自らが王になることも、貴族として手綱を握ることも可能だろうに、そうはしないと言う。
国家国民のためにならないから、そんな綺麗事で覇者になるというという男なら誰もが抱くであろう夢をあっさりと手放そうとしている。
自ら使節団に名乗り出る程野心のある男達にはそれが理解出来なかったが……しかし蔑む気持ちにもなれなかった。
これだけ立派なことを成しているのだから、綺麗事でもって綺麗な世界を作り上げているのだから、何も成していない男達はただただ黙るしかなかった。
こんな大通りで一応は機密となっている事案に対して語り合う訳にもいかないし……それからしばらくの間、男達はただただ空を見上げ続ける。
今日は曇り空、基本的にこちらの国は曇り空になることが多いらしい。
彼が当主になってからは晴れの日が増えたと、領民達がそんなことを言っていたが、恐らくは気持ちの問題で、彼らがこちらの青空を見ることが出来たのはほんの数回のことだった。
しかし領民達が晴れの日が増えたと言いたくなる気持ちも分かる、通りを歩く人誰もが笑顔で、笑顔でない者には救いの手が差し伸べられて……こんな世界で生きていれば曇り空も青空に見えるというものだ。
ロブル国も悪い国ではない、豊かではないし先進的でもないが飢えることは少なく、家族との絆は強く、生きるのに苦労をしない国だ。
しかし全く問題がない訳ではない、彼らが無意識のうちに受け入れてしまっていた多くの問題があって……それを変えなければならない時が来たのだと、ここに来てからの日々が彼らに強く訴えかけてきていた。
「本当に姫様と陛下の慧眼には驚かされるよ。
機を逃さず婚姻を結んで支援を約束させて……その上で良い夫婦してるってんだからなぁ。
誰もが大満足の最高の婚姻だったよな」
と、そう言ってから男達はお互いの顔を見合う。
誰もが大満足と言いはしたが、実際はそうではない。
同世代の男達にとって憧れの存在であった姫様……自分達なんかが相手される訳はないと分かっていながらも、それでも夢を抱いてしまうもので、その夢を見事に打ち砕かれた側としては満足とは言えない。
国のため姫様のためを思えば文句など言えるはずもないのだが……それはそれとして思う所があり、それぞれ不満を表情にする。
しかし言葉にはしない、言ってしまえばその時点で負けたような気分になってしまうのでただ黙って……お互い表情で語り合う。
と、その時、護衛の一団に囲われた立派な作りの馬車が視界に入り込む。
それなりに遠くの道を通っているため、細かい部分までは見ることは出来ないが、明らかに貴族の馬車であることが分かり……そしてその一団の中にドルイドの血を感じさせる人物を発見する。
大柄で筋肉質で角はなく……ドルイド族にも角がない者はいるので、それだけならドルイド族であると言い切って良かったのだが、骨格や筋肉の量や、細かいちょっとした特徴がドルイド族とは違っていて、そうした雰囲気を感じ取った男達はその男がドルイド族ではないと察する。
混血かと、内心でそう呟く男達が視線をやっていると、馬車が大きな屋敷の前で停車し、中から少年が姿を見せて……そして少年がその大男と気安く接しているのを見て、男達はそれぞれため息を吐き出す。
その少年が領主であり、姫様の相手であることは一瞬で察した。その上で器の大きさを見せつけられたようで言葉がない。
小柄で弱々しく、まさに少年といった外見ながら威風堂々……混血に偏見の目もないようで、その本心が態度に現れている。
「……ま、子供が混血になる訳だからなぁ」
「むしろああやって元気に育っている姿を見ることが嬉しいのかもしれませんよ」
「ああ、自分達の子も安心だってなる訳かぁ」
「……姫様の子供か」
一人がそう言った瞬間全員が俯く、そして大きなため息を吐き出し……立ち上がる。
ぞろぞろと歩き出し、視察を済ませなければと気合を入れ直し……そうしてその一団は、屋敷とは逆方向へと進んでいくのだった。
――――屋敷に戻って ブライト
ロビンを連れて屋敷に戻り……そのまま執務室へと向かっていく。
警備の者達も使用人達もロビンに見慣れていて特にこれといった反応もない。
一方ロビンはもう何度も来ているのにキョロキョロと屋敷の中を見回していて……絵画や調度品などに目を輝かせながら執務室までついてくる。
そうして俺が自分の椅子に腰掛けるとロビンは、何故だか神妙な表情となり、両手を胸の前で組みながら声を上げてくる。
「お、親分、親分が親分やめようとしてるって本当? そう聞いたんだよぉ、オラ。
そんなのイヤだよぉ、不安だよぉ、親分いないとオラどうしたら良いかわかんねぇよぉ」
「……うん?」
意味が分からなすぎて思わず聞き返してしまう。
……つまり、どういうことだ? 俺が俺を辞める? いや、流石にそこまで馬鹿な質問はしないはず……。
親分とはつまり貴族や領主のことか? 貴族や領主を辞めようとしている? ……ああ、議会を作ろうとしているということを言っているのか?
……もうロビンの耳に届く程、広がっているのか……。
……まぁ、仕方ないか。
いつまでも隠しておけることではないし、広まったとして困ることでもない。
俺が内心でどう思っていようが、どんな計画を立てていようが、実行に移すまでは王族連中も何も出来ない訳で……むしろあれだけ色々なことをやらかされた割には大人しいことを考えているなと評価してくれる者もいることだろう。
更には同じ目的を持つ仲間が聞きつけて動きを見せてくれる可能性もある訳で……その点については放置で良いだろう。
そしてその話を聞きつけたロビンが俺が貴族を辞めるんじゃないかと不安に思っていると言うことか? それもあってわざわざ屋敷にやってきたのか……。
「どうあっても俺はこの地の領主であり続けるから安心して良いぞ。
議会が出来て王政を廃止して、貴族のあり方が変わったとしても俺もロビンも生活は変わらないさ。
そのための準備も対策もしっかり進めているしな。
……むしろそうなった際に困るのは順応できない他の貴族や商人達になるだろうな」
と、俺がそう言うとフィリップが「あ~……」と、声を上げる。
恐らくは俺が領地の改革を始めた結果、吹き飛んでいった商人達のことを思い出しているのだろうなぁ。
この国ではと言うか大陸を含めた周辺一帯で、貴族が商売をすることは下品とされている。
更に言うのなら王は商人に商売をしても良いという特権を与えている。
これが商業ギルドであり、商人組合であり……その特権に貴族が手を出すことは基本的には認められていない。
そんな状況で俺の改革が成って王政が崩れたらどうなるのか?
特権が廃止され、貴族どうこうという垣根がなくなって、膨大な資本力と知識と広大な土地と軍事力まで持った貴族が商売に乗り出してきたらどうなるのか?
失敗する貴族もそれなりにいるのだろうが、成功する貴族だってかなりの数いるはずで、今まで王家に保護されていた商家のいくつかは、その勢いを受け止めきれずに吹き飛ぶことだろう。
実際我が領の商家も俺が商売を始めたことで吹き飛んでいったからなぁ……まぁ、吹き飛んだのは敵対的な商人達ばかりで、そうではない商人達はしっかりと保護した訳だが。
……改革が始まってしまえば誰もが当事者であり、なんらかの影響は受けるものだ。
可能な限り平穏に済むようにしたいとは考えているが、時代の流れは止められるものではない。
経済力というものを身に着けなければ国が吹き飛ぶ時代がすぐそこまでやってきているし、貴族制だって弱めていく必要がある。
王政廃止、議会制定、教育の義務化、商業の自由化、貴族特権の撤廃、聖職者や貴族への課税強化……相続税なんかは特にしっかりと整備する必要があるだろう。
前世の世界を真似するだけになるが……それ以上の方法を思いつけないのだから仕方ない、後のことは後世の人間に任せるしかない。
無責任かもしれないが、一人の人間に出来ることなんてたかが知れているしなぁ。
「商人が……? そうなの?
親分が親分のままなら……オラ安心だけど、そっかぁ、いろんなことが変わっていくんだねぇ。
……嫌な商人達がいなくなったみたいに、オラも変わっていくのかなぁ、いつまで森番出来るのかなぁ」
と、ロビン。
……やっぱり頭が悪い訳ではないんだよなぁ。
いくつかの商家が吹き飛んだことも、商売とは関わり合いのない生活をしているはずなのに、なんとなしに察している。
後は自分で考えて動けるようになると良いんだが……そういう変化は強制するものでもないしなぁ。
しかしまぁ、そのためのきっかけを与えるくらいならば俺にも出来るか。
そのきっかけをどうするかはロビン次第……ロビンの親分として貴族として機会を与えてやるとしよう。
「ロビン、その頑張りに報いるために土地を与えたいと思う。
森の近くに湖があっただろう? その周辺で良いと思う土地をロビンの物にすると良い。
そこに家を建てれば良い暮らしが出来るだけでなく良い縁にも恵まれるかもしれないし、将来的に宿でもやれば食うに困ることもないだろう。
湖畔の最高の立地なら泊まりに来る客も多いはずだ……土地を選んだならそこに宿になるような家も建ててやるから遠慮なく連絡を寄越すと良い」
「うぉぇ? え? お? え? 親分が家をくれるの? 好きなとこに建ててくれるの??
わ、分かった、オラ良いとこ選ぶよ、綺麗な景色見れるとこ選ぶよ……えっと、親分、ありがとう。
宿とか分かんないけど、オラ頑張るよ」
突然のことに驚きながらもロビンはそれを受け入れて、そしてフィリップは微笑ましい笑みを向けてくる。
何か言いたげな顔、今すぐにでも騒ぎ出したいとそんな顔のフィリップが口を開こうとした所で、執務室のドアがノックされる。
「入れ」
バトラーだろうと思って返事をすると、ドアを開けたのはバトラーで、近くに来てから一礼をし、書類を差し出しながら口頭での報告もしてくれる。
「王太子の動きに変化があったようです。
王太子と言いますかその一派となりますが、王太子が勢いを失った今が機と集まった貴族達が団結し、様々な行動を取っているようです。
各貴族への切り崩し工作、諸外国への外交工作……そして我が領内にも各地からの工作が始まったようです。
技術者や研究者への引き抜き、工場などの買収、かなりの勢いのようで察知するのに遅れてしまったようです。
いかが対処いたしましょう?」
そう言われてフィリップとロビンがいきり立つ。
兄弟と言うか姉弟と言うか……なんとも息の合った動きで構えを取って今にでも動き出して工作してくる連中をぶっ飛ばしてやるという表情を見せてくる。
「……まぁ、様子を見るか」
そんな中で俺がそう言うと、二人は驚き何言ってるの!? と、そんな顔を向けてくる。
そんな顔を受けても俺は揺るぐことなく、二人にまぁまぁ落ち着けと仕草などで伝えながらバトラーに、対応についての指示を伝えるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回は工作の様子やら何やらです




