叔父
――――カーター子爵領、古宿の中庭で
古くはあるが作りは立派な三階建て、それぞれの部屋に豪華な絨毯と調度品があり、追討軍にあてがわれる宿としてはかなり上等な宿の中庭で、一人のバスローブ姿の男がゆったりとサンベッドに寝転がっていた。
長身、細面、ヒゲは鼻の下の左右に少し、顎先に少し。
七三にきっちり分けた金髪の、垂れた青目の色男ながら表情は軽薄で、常にヘラヘラとしているような四十歳近く。
苦境にある追討軍にあってそんな表情で日光浴が出来るというのは、中々の豪胆っぷりであり無責任でもあり、そんな男の元に若い男が駆け寄ってくる。
「大変です! し……指揮官が逃げました!!」
「へぇ~~、そぉ? そりゃぁ無責任なこった。
ま、オレには関係ないかな」
そんな報告を受けても軽薄な態度を止めることなく男は、表情と同じくらいに軽薄な声で無駄に格好をつけて色気を出しながらそう言って、体の反対側を日に当てるために寝返りを打つ。
「か、勘弁してくださいよ!
もうまともな教育を受けた人が残ってないんですよ! あとはもう貴族家の生まれの貴方しかいません。
……後を引き継いで指揮を執ってください、貴方だけが頼りです」
「バカ言ってんじゃねぇよ、確かにオレは貴族家の生まれだよ? 長男に生まれなかったせいで家を継げなくて実家の外に出た男だよ? ヤンガーサンの成れの果てだよ?
相応の教育を受けているし経験もあるがなぁ……可哀想な男爵一家を追い詰めるような訓練を受けたことはねぇし、覚悟もねぇんだよ。
そもそもオレ達の仕事は男爵一家を捕まえることだろ? 被害者の娘は対象外のはず、だってのにそこに向かってるのはなんでだ?
まともな情報収集もできねぇ、まともな計画も練れねぇ、行く宛もなく彷徨う馬鹿共の面倒なんてごめんだよ。
それとも何かい? そんなことしてオレに何かメリットがあるのかい? この迷子達を目的地に連れて行ったら何かしてくれるのかい?」
「……他に手掛かりがないんですよ、このまま何もなしで王都に帰る訳にはいきません。
せめてご令嬢を保護したって成果がなければどうにもなりません。
本当かどうか知りませんが王太子と関係のあるご令嬢を連れていけば面目が立つでしょう。
ご令嬢の身柄を確保したとなれば男爵家からの連絡があるかもしれません。
……もう自分達にはその道しか残されていないんですよ」
「馬鹿だなぁ、お前は本当に馬鹿だ、そんな馬鹿さじゃアイツには敵わないぞ。
アイツは賢い、オレの何倍も賢い、三歳だったか四歳だったか、それで読み書き計算を完璧に習得してそこら中の本を読み漁っていたんだぞ?
家庭教師全員より賢く、どんどん新しいもんを生み出す、王太子が嫉妬に狂ってその手柄全部を奪う程に優秀なんだ、凡人に勝てる訳ねぇだろ~~?
ほんと馬鹿だな、これで近衛候補だってんだから参っちまうぜ。
ブライトに勝ちたいんなら、オレくらいは簡単に論破してみせないとな」
「……彼を知る貴方だからこそ勝ち目があるんです。
交渉という点でも他の誰より可能性があるでしょう、あの戦車とかいう訳の分からない兵器だって運用しなきゃならないんです。
王太子殿下は西部でのアレのお披露目をしたがっています、アレで伯爵領に少しでもダメージを与えられたら、それも戦果になるはずです。
お願いします、貴方しかいないんです」
「……で? メリットは?
そこを提示してくれないと意味のない堂々巡りだぜ」
「……オレ達全員で貴方を近衛の良い席に座れるよう推薦します、結果がどうあれです。
命ある限りこの恩を忘れずに貴方を支え続けます」
「へぇ~~~? そいつはまた……悪くないねぇ。
結果がどうあれか……それじゃぁアレだな、お前の実家の商家からも応援してもらわなきゃな?」
「分かりましたよ……」
類を見ない最大級のヘラヘラとした面で男がそう要求すると、駆け寄った若者は同じくらいの渋面をすることになる。
露骨に賄賂による推薦を要求されてそれを飲むしかないが、その程度で済んで良かったとも言える。
目の前の軽薄男を相手にこの程度で済んだのだから、奇跡的とも言って良い結果だと言えた。
マシュー・ウィルバートフォース、これから向かう領地を治めるウィルバートフォース家の生まれで現領主ブライトの叔父。
軽薄だが有能、人心掌握に長けて狡猾……だからこそマシューは今の今まで目立った動きを見せていなかった。
下手に動いてなんらかの成果を上げてしまったら他の連中の手柄にされてしまう、だからあえて何もせず軽薄に軽薄を重ねて様子を見ていた。
売り時を見計らっていたと言っても良い、決して安売りはせずに高値で売れる時をじっくり待っていた。
そして今、最高値で売ることが出来た、しかも相手はあのブライト。
その性格から弱点まで良く知る甥っ子、それが今自分の出世の糧になろうとしている。
「ブライトォ~、お前は賢いから分かってくれるよなぁ~。
なぁに、何もかもを壊すってんじゃないんだ、ちょっとだけな、ちょっとだけ戦果を上げさせてくれたんならそれで良いんだ。
オレも自重すっからよ、お前も自重してくれよ~~」
マシューがそう言って更にヘラヘラとした顔になると、それが過ぎて邪悪な顔になり、若者は思わず後ずさる。
しかし構うことなくマシューはヘラヘラとし続け……そうして勢い良く起き上がり、バスローブを脱いでそのまま部屋へと歩いていく。
若者は大慌てでバスローブを拾い上げてマシューへと押し付けて、
「他にお客さんがいるんですよ!?」
と、上ずった悲鳴のような声を上げる。
こんな男に賭けてしまって本当に良かったのか、激しく後悔しながらも若者は、今はそれしか手がないのだからと自分をどうにかこうにか……かなり無理矢理に納得させて、マシューを支えていくことを静かに決意するのだった。
――――屋敷の中庭で ブライト
「……それは一体全体、何の冗談だ……?」
追討軍の指揮官がマシュー叔父上になった。
いつものように執務室でそう聞いて俺に出来たのは、そんなボヤきを口にすることだけだった。
「おいらが放った偵察員にエリザベス嬢がこっそり教えてくれたことだから、確かなことだと思うよ」
報告をしてくれたフィリップがそう返してくると、思わず俺は瞬間的に頭痛を感じて、頭を抱えてから言葉を続ける。
「確かに叔父上は今王都で働いている、その軽薄な性格からして利さえあれば両親や子供さえ裏切る、俺のことを好いてはいないだろうし、俺も叔父上のことはあまり好きではない上に苦手だ。
……しかしそれでも叔父上は貴族の家の生まれだ、それが実家に歯向かうような真似……す、する訳がないだろう?
……父方のお祖父様から縁を切られて、家系から除籍処分を受けて久しい上に手紙のやり取りすらしない関係だが……うん、多分、きっと歯向かったりは、しないでくれると良いなぁ……」
叔父上の軽薄な顔を思い出しながらあれこれと語っていると、段々と自分の考えた合っているという自信がなくなってきて、声が尻すぼみになっていく。
やりかねないなぁ、あの叔父上ならやりかねないよなぁ。
俺もそこまで付き合いがある訳ではないし、幼い頃の記憶しかないが軽薄の王様を超えて軽薄の神様、父上、兄上、お祖父様……もう亡くなったが父方のお祖父様にも忌み嫌われて除籍され、家族扱いされなくなった最低の男。
……最低最悪とまで言い切らないのは、そんな叔父上にもギリギリ善意と呼べなくもないものがあったからだ。
下手をすると兄である父上より優秀だったが揉めるのは嫌だからと表には出さず、実力を隠しながら自分の優秀さを活用してある程度の地位を守っていた。
叔父上なりに父上への家族愛はあったらしい……まぁ、その地位を利用して遊びたい放題してたんだけども。
遊びすぎて落胤騒動を何度も何度も起こしてお祖父様や父上から蛇蝎のごとく嫌われて見放されて、その結果の除籍、貴族の家としては大きな恥となる名前を出すことすら躊躇われる名前二つ名が禁句となっている男。
母上の話だと父上にもかなりの問題があったようだが、それでも落胤騒動とかは起こしてはいないので、叔父上の問題児っぷりが際立つ。
落胤騒動を何度も起こすと言うのは、それはそれで最悪ではあったが……しっかり認知して責任を取って今でもしっかり養育費のようなものを、結構な金額支払っているので最低限の責任は果たしている。
その数全部で15人、そこらの酒場でフィフティーン・マシューと言えば誰もが知っているくらいにはそのやらかしは知れ渡っている。
……そんな叔父上のことを俺は苦手としていた。
まず価値観が合わない、その軽薄さが受け入れられない、それなりの無責任さも目に余る。
……しかし間違いなく天才であり、その優秀さが俺の苦手意識を増長させていた。
前世の知識という下駄を履いても渡り合えない程の天才、頭の回転が恐ろしく早く、常に冷静、瞬間的な判断力にも優れていて、戦いながら周囲の状況を把握して指揮を執る前線指揮官としては最高の人材といえるだろう。
そこまで優秀ならばこちらに呼び戻して雇っても良かったのかもしれないが、除籍処分はそう簡単に覆すことは出来ないし、そんなことをしてやれば調子に乗ることは明白で、その二つ名の数字が二倍三倍にまでなる可能性があって難しかった。
それが……そんな叔父上が指揮官かぁ、王太子のやり様に思う所でもあって協力してんのかな?
しかしうぅん……これで簡単には勝てなくなったなぁ。
絶対なんかやらかしてくるし奇策を打ってくるだろうし、騎士達に顔見知りもいるだろうし、ひたすらに面倒なことになってしまった。
「……なんでこう、苦手な人が連続して俺の前に現れるかなぁ。
連続しないで一人一人期間を開けて順番に来てくれたらいいのになぁ」
キャロライン、シャーロット、叔父上、なんでこう続くのか……続いちゃうのか。
……幸いにしてそれらが敵対してぶつかり合う予定だというのはありがたい。
それらが結託なんてしたら最悪も最悪だったからなぁ。
と、そんなことを考えて更に痛む頭を撫でていると、フィリップがカーター子爵領から届いた報告を続けてくれる。
「騎士は全部で恐らく20人、それらの物資を運ぶための馬車がたくさん、物資の管理やら鎧の手入れのための従卒が10人以上。
あとは例の戦車だっけ? それが二台いるようで、大体は兄貴が想像していた形で合っているみたい。兄貴の想像よりかなり大きいみたいだけどね。
何人か機械に詳しい人にも見てもらったみたいだけど、感想としては列車や鎧に近いみたいだね。
鎧に車輪があって、それが動いている……みたいな。
鎧をより大きく頑丈にしたら強くなるだろうっていう、馬鹿な金持ちの発想に近いのかな。
パッと見で想像される弱点として後部の動力部が弱点じゃないかってことだったよ。
鎧みたいに排熱排気の都合で、ある程度の機構を剥き出しにしてるんじゃないかってさ」
「ああ……鎧の弱点はそのままなのか、戦車ならいくらでも改善出来ただろうになぁ」
鎧はその駆動に際し、動力でのサポートを行っている。
その動力を生み出すのは背面の動力炉で、排熱や排気、整備性などの問題で外にほぼ剥き出しになっている。
そんな露骨な弱点を放置するのはどうなのかという意見もあるが、全く新しい発想の冷却機構でも生み出されない限りはどうにもならないだろうというのが、一般的な意見であり博士達のような専門家の意見でもあった。
しかし巨大戦車となったらいくらでも解決法はあると思うんだが……解決よりも量産を意識したってことなんだろうか……。
そして同時にあっという間に生産に成功したことにも納得がいく。
ようするに鎧と列車の技術を組み合わせたのだろう、戦闘に必要な機構は鎧の技術を、走行に必要な機構は列車の技術を……それなら既存の技術や工場である程度までは作れるだろうから、何ならうちの工場でも材料と時間さえあれば作れてしまうだろう。
……ただまぁ、戦車にはそこまで詳しくはないし、今の所メリットもよく分からないから作ることはないだろうが……。
それからもフィリップの報告は続き、俺はこちらの世界風の戦車にどういう対策を打つべきか、報告を聞きながら頭を悩ませるのだった。
――――街道を進みながら マシュー
数日後。
宿を発って関所に向かって進軍を開始したマシュー達、その進軍は順調そのもの。
討伐軍の誰もが士気が低く気分を落ち込ませていたが、マシューの明朗かつ溌剌な指揮でもってどうにか体を動かすことは出来ていて、順調に進軍する中で……一団の先、それなりに離れていた所を進んでいた斥候が妙な一団を発見する。
それはメイド服を来たおばちゃんの一団で、特にふくよかな女性がその中心にあって凍るような視線を斥候に向けてくる。
敵ではないのは確かだが、その姿と20人を超える数はあまりにも異様で、驚き戸惑った斥候は駆け戻り、上等な馬にスーツ姿で跨り、なんとも呑気な表情で一団を先導していたマシューへとその詳細を報告する。
「……メイドのババア?
……まさか、おい、まだ生きてんのかアイツ……!」
何か思い当たることがあったのかそう言ったマシューはヘラヘラするのをやめて、被っていた帽子を深く押し込み、それでもって顔を隠し……そうしながら視線だけは前方へと向けて、この先にいるらしいその一団への警戒心をこれでもかと露骨にし、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回はキャロラインVSマシューとなります




