煽動家
――――各地の社交界で
王族のお手つきとなったら、普通は嫉妬を買うものだ、その後の寵愛と相応の地位が約束されるのだから。
それは本人のみならず家族全体に及ぶもので、場合によっては国を動かせる程の発言権を得ることが出来る。
実際に動かしてどうこうしたいという訳ではなく、それが出来るという点が重要で、それは大いに心を満たしてくれると、多くの者が考えていた。
しかし相手が話題に事欠かない王太子となると話が違ってくる。
気が多く相手が多く、その後の寵愛と地位が約束されるかが不透明で、王太子というこれ以上ない立場だと言うのにそれすら不安定で。
そうなってくると今度は同情を買うもので、しかもそれが一家の破滅に繋がったともなれば同情はより深くなっていく。
中にはこんなことを言う者もいる、暗殺騒動なんて起こしたなら当然の末路だろうと。
しかしあそこで何もしないでは家の名誉は傷つき、娘の心は砕け……当然家族の心も深く傷ついたことだろう。
黙っていられることといられないことがある、越えてはいけないラインというものがどこにでもあるものだ。
相手が貴族だろうが何だろうがそこを踏み越えてしまえば後は戦争しかなく、むしろ今回の男爵家騒動は暗殺という周囲に迷惑をかけない手法を選んだという点においては褒められるべきだと、そう考える者もいた。
若きウィルバートフォース伯があれこれとやらかしても無事でいられるのも同じ理由だった。
先にラインを越えたのは王太子で、伯はそれに対応しているだけ……むしろ上手くやっていると褒めるしかない。
法院や教会を動かし巻き込んで、相手がラインを越えたからといって堪えて踏み越えずラインの内側で動き回っているだけ。
しかも伯は領外への興味を一切示していない、騒動の中でいくらか領地を増やしたが、それは本人が望んだことではない上に欲張ってもおらず、よく自重したとこれもまた褒めたくなる程だった。
伯が領外に出ることは稀だ、王都には興味もないのか、一度も足を運んだことはない。
自慢の飛空艇を使えばいつでも足を運べるはずなのに、その様子が一切ない。
騒動に関わり合いのない貴族からするとその態度は安心感を覚えるもので……自らの領地に手を出してこないのであれば、多少のやんちゃも可愛いもの。
そんな風に自重をしている伯爵と男爵と、一切しない王太子。
王家への忠誠が薄い国で、そうなったらどちらに社交界が味方するかは自明の理と言えた。
今回ばかりは王族派、王太子派も大人しい、暗殺という騒動があったなら相応に騒ぐものだがそんな動きは一切なく、社交界にも顔を出さず大人しくしている。
誰もが大人しく嵐が過ぎ去るのを待っていた、ここで変に騒げば悪化するばかりだと考えて息を殺していた。
そんな隙を突いたのが各地の夫人達だった。
誰かが仕組んだのか一斉に、ほぼ同時に社交界で騒ぎ始めた。
王太子の卑劣さを、下劣さを、責任感のなさを糾弾し始めた。
自分の娘が、あるいは親戚が王太子に目をつけられて……という女性達がそれだけの数、存在していたのだ。
その動きは一気に加熱していき……当然ウィルバートフォース伯の仕業だろうと勘付く者もいたが、それ以上に社交界を知る人々は、被害者の多さに絶句することになる。
騒ぎの広がり方が早すぎる、発火点が多すぎる、それだけの数の夫人達が動き、それぞれ全く違う被害の話を口にしてしまっている。
社交界慣れした者達は、すぐさまその異常さに気が付いて……自衛の動きを見せ始めた。
下手に関わらず騒がず、王太子の擁護もせず、大人しく息を殺していった。
……が、夫人達はそんな様子を言葉ではなく態度でもって臆病者と罵り、蔑んだ。
扇で口元を隠しながら笑ったり、視線でもって語りかけたり、ちょっとしたお誘いや雑談も拒否をして、露骨な態度を示した。
その流れは事情が事情だけに誰にも止めることが出来ず……そんな流れの中で、騒ぎに余計な薪を投げ込む者がいた。
ジョナサン・ウィルクス、男爵だった。
彼はかの修道院に参加していた王兄の友人の一人だった。
……しかし親友ではなかった、社交界で知り合った程度の人物で、王兄の仲間達から見るとただの下っ端だった。
爵位も立場も下っ端で、言ってしまうと王兄のやらかしていたことのほとんどを知らなかった。
ただおこぼれに与って美味い料理や酒、良い女などを楽しんでいただけの男だったのだが……彼にはそれ以上に大好きなものがあった、それが扇動だった。
彼の肖像画にはまともなものが存在しない、その白い髪は常に異様なまでにカールさせられていて、赤い目の回りには道化のような化粧があり、その面長な顔でもって常にふざけた表情をし、時に踊り狂ったようなポーズを取り、画家にまともな姿を見せたことがなかった。
そういったおふざけが彼は大好きだった、それが高じて扇動などといった危険なおふざけも大好きになってしまっていた、もう40歳近く……良い大人なのだがふざけまくるのがやめられなかった。
少し前に新聞社が起こした騒動、それを見て彼はすぐさま新聞社に駆け込んでいた、そしてあることないこと話した、話しまくった。
結果とんでもない記事が出来上がった、当然のように王家は激怒した。
詳細を全く知らないからこその完全なデタラメ、この世の下劣さを煮詰めたような内容に言語道断とすぐさま法院を動かし逮捕し、処分を下し、更には貴族を集めての会議の場でウィルクスを糾弾した。
何人かの証人と証拠を揃えて、いかにウィルクスがデタラメな人物であるかを、理路整然と責め立てて糾弾したのだ……が、これが全くの逆効果だった。
ウィルクスは己に注目が集まっているとそれを喜び、会議の場でより過激な発言を繰り返し、新聞社にそれを漏らして更に大騒ぎ。
ウィルクスは過激で無謀で愚かな人物ではあったが、革命などの目的がある訳ではなく、ただただ扇動することが好きなだけという厄介者で、どれだけ糾弾されても罰せられても意に介することなくただただ扇動し続けた。
流石にやり過ぎとなって重い罰を下されそうになると、新聞社や新聞の愛読者……つまりは市民を味方につけての扇動を開始、市民に助けてくれと懇願して騒ぎを大きくし、処罰を有耶無耶にするためにと更に騒ぎを大きくしていった。
そんなウィルクスが王太子のご乱交に目をつけた、つけてしまった……結果またもあることないこと騒ぎまくった。
王兄と王太子の仲が良かったという事実、狩りなどに一緒に出かけていたという事実、王太子の教育の一部を王兄が請け負っていたという事実。
それを利用して騒いで騒いで騒ぎまくった。
これには騒動の仕掛け人であるブライトの母も驚いたが……ならばとそれを利用する方向に舵を切り、社交界で更に暗躍。
社交界のそうした動きはウィルクスの背を押す形となって、ウィルクスもまたそれを利用して、
「ほら見ろ、被害者を側で支えるご婦人方もこんなに騒いでいるじゃないか!」
と、そんな声を上げた。
夫人達には迷惑がかからないように配慮して、その名誉に泥を塗ることのないよう細やかな気配りをした上で、社交界を利用し騒ぎ続けた。
……こんな有り様でもウィルクスは貴族だった、貴族だからこそ貴族同士の貸し借りや『配慮』についてを良く知っていた。
だからこそウィルクスは更なる動きを見せた。
これがきっとブライトのためになるだろうと考えて……ここでブライトを助けておけば、きっと良いネタをくれるに違いないと考えて、
「同じ男爵のよしみってやつだよ」
なんてことを言いながら、次なる扇動のためにウィルクスは蒸留酒の瓶片手に王都を駆け回るのだった。
――――王国各地で 追討軍
「……また宿に断られましたよ」
王太子暗殺未遂騒動、それを受けて主犯であるクロスビー男爵家に対する処断が決定され、追討軍が編成され出兵命令が下り、どこにいるか分からない男爵家を探すために追討軍は各地へと散らばったのだが……その先々で彼らは冷ややかな視線を浴び続けていた。
ウィルクスの扇動が活発化、あちこちで過激な見出しな新聞が売られて、それを読んだ市民の知る所となり……追討軍は下劣な王太子に味方する悪の権化と、そう見なされてしまっていた。
王宮騎士が市民から嫌われるのは常でもあり、これも義務の一部と耐えることは出来ているが、市民だけからでなく貴族夫人達が構成する社交界からも嫌われるとなると、負担は凄まじく、追討軍の疲労は日に日に増していくことになった。
本来であれば協力してくれるはずの各地の貴族家が、市民や社交界での評判や妻や娘からの視線を気にして協力してくれず、それどころか敵対的な態度まで取ってきている。
おかげで借りるはずだったはずの宿舎を借りられず、ならばと街の宿に向かうが宿からも拒否されて、結局野宿。
食事もかなり格を下げてのものしか手に入らず……そんな日々に更なる追い打ちがかけられる。
それは実家や婚約者、妻や娘からの手紙だった。
遠征の日々のわずかな癒やしを求めて郵便局に向かって受け取りにいくと、そこに書いてあるのは辛辣な言葉ばかり。
中には離縁や婚約破棄を仄めかすような手紙もあって……それもまたウィルクスの扇動の結果だった。
ウィルクスはあえてそのように扇動していた、下劣な王太子とそれを味方する追討軍と……追討軍がそんなに必死になるのは王太子と一緒に楽しんでいたからだと、そんなことまで言ってしまっていた。
王兄の騒動のことを持ち出して、王太子がそれを引き継いだとか、再びその会を作り出そうとしているとか、そういった騒ぎを起こしていた。
今回の騒動で王太子に味方する者は同類であると、そういう空気を見事なまでの下劣な手管によって完成させてしまったのだ。
結果、追討軍は日に日に人数を減らしていくことになる。
離縁や婚約破棄は嫌だと抜ける者、心折れて倒れる者、自棄になって騒動を起こして処罰される者……様々な形で離脱者が出ていった。
王太子の暗殺未遂という前代未聞な事件に対し、総動員と言って良いレベルの人数が編成されていたが、ウィルクスの騒ぎが広まるとあっという間に半減し、半減したことで活動が破綻、あるいは制限されて更にその数は減っていくことになる。
本来であれば王などがそれに対処すべきなのだが、王家はウィルクスへの対応でそれどころではなく、結局現場は放置されることになり、状況はどんどん悪化していく。
悪化していく中で本来であれば捕らえられるはずであった男爵家のことを見失ってしまい、足取りを追うことすら出来なくなっていき……結局追討軍は、最後に残った情報だけを追うことになる。
男爵家の娘、騒動のきっかけとなったポーラ嬢の足取り。
その先にあるのはウィルバートフォース領で……王家と相性最悪の、死地とも言えるそこに彼らは嫌々、士気低く向かうことになる。
王国各地から様々なルートでカーター子爵領に集合し、そこでどうにか立て直し、交渉のための情報収集を行っていく。
幸いにしてカーター子爵は話が通じる人物ではあった、彼らに厳しい目を向けながらも義務は果たすと宿舎を用意し、歓待をしてくれて……彼らはそこでようやく溜まりに溜まった疲れを癒やすことが出来た。
そうしながら集めた情報はまた別の方向で彼らの士気を奪っていくことになるのだが、それでも彼らはここまで来たのだからと踏ん張り、使命達成のための道を探り続けるのだった。
――――執務室で ブライト
カーター子爵領に追討軍が到着したとの報告を受けて俺は改めて状況を確認していたのだが、まさか過ぎる状況になんとも言えない気分となる。
「……ウィルクスってあれだろ? 以前フィリップが報告してくれた騒ぎを起こした人物……。
まさかここまでのことをやらかすとはなぁ」
「そうそう、あの新聞騒動の時の。
……こーいう人は結構いるんだよねぇ、街の酒場とかには結構いる。
まともに相手にした時点で負けなんだけど、王家はまともに相手しちゃったんだねぇ。
……兄貴もこいつには関わらないようにね、絶対にロクなことにならないから。
どう対処しても絶対に損することになるよ、しかもこういうのはねぇ……しぶとく生き残るのが世の常だからねぇ。
騒動が終わった後はどこかの市長とかに落ち着くんじゃないかな、市民人気はあるからねぇ」
「……なるほど、俺も覚えがある手合いだ。
分かった、関わらないようにしよう。
……まぁ、こういうのはそうやって必死になるとこびりついてくるからなぁ、ある程度は諦めて適当に相手するのが一番なんだろうな」
俺がそう言うとフィリップは頷いてくれて……そこにライデルが報告に来てくれて、それから俺達は追討軍にどう対応するかの相談をし始めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
ウィルクスの初登場は108話だったりします
次回は追討軍のあれこれです




