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〘九話〙元おじさんスライム娘は間が悪い

 絶望からなんとか立ち直ったメンタル豆腐な私は、恐る恐る絶望、いえ、絶壁の際まで近寄ってみました。


「ふわぁ~~!」


 誰も居ないのに無駄に可愛らしい声で歓声を上げてしまうくらいには、そこから望む景色は素晴らしかったです。


 筆舌に尽くしがたいとはこのことではないでしょうか?


 私の行きついた場所はいびつな岩の壁からなる入り江の一部のようですが、深い弧を描くようにして続いているその向こう側の崖にそれはありました。


 数百メートルほど離れたその場所に、遠目から見れば白い糸を引いているように見える、でも実際に近くで見ればとても大きいに違いない滝が存在していました。その滝は何とも豪快に崖の上から直接海に注ぎ落ちていたのです。


 あまりの豪快さに、かなり離れているにもかかわらず落下による轟音(ごうおん)がここまで聞こえてくるような錯覚さえ覚えます。


 その落差はいったいどれほどのものなのでしょう?


 …………。



 はい、現実逃避終了!



 いや、なんですかあの高さ。あっちの岸壁とこっちの岸壁。高さはほぼ同じですよね?

 それってすなわち、あの高さを降りなきゃ下にたどり着けないってことですよね?


 もうサイっテー!

 

 周りの様子だってすごいです。


 入り江の周囲は波で浸食された岩がそれはもう複雑に入り組んでいるわけですが、そこに激しく打ち付けられる波が、岩で砕けて白い泡になって辺り一帯に飛び散りまくってるんですけどっ。


 はぁ、仕方ない……。


 岸壁沿いに辿(たど)っていけばそのうち標高も下がるに違いないです。

 急がば回れ。

 無理してここから降りなくていいよ。たいしたことない……、すぐ普通の海岸に変わっていくに違いないです!



 その言葉はフラグ。


 そしてそれは何の解決にもなってないことに気付きましょう、私。

 降りることが目的ではないでしょうに。

 

 結局、道なき道を小さな女の子が歩む速度は亀のごとくで、普通の海岸にたどり着くまでまるっと一日かかりましたとさ。



「海だー!」


 白い砂浜。


 透明度の高い、透き通った水から沖に向かうにつれ青空を写し取ったかのように鮮やかで美しい青い色へと変わる、ホントに綺麗な海。


 昨日の岩だらけの激しい海と比べれば、この浜辺のなんと穏やかなことか。


 私は()()()()()波打ち際に駆け寄る。付近にいた小さな海鳥たちがそれに驚いて一斉に飛び立ちます。


 ごめんね。

 それでも嬉しさからバシャバシャと波と(たわむ)れてしまう私。


 んん、なんだろこの既視感(デジャヴュ)



「あ゛ーもう、あ゛~もうっ! だから、ここ海! この先ないよ、どーするのこれ?」



 ずぶ濡れになった高級虎毛皮を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になったところで、はたと現実に戻りました。いや、私はこの体で生まれてませんけれども。


 いや、そんなことはどうでもいいですけれども。


 いつから海岸にたどり着けばゴールだと勘違いしていた?


 くぅ。

 現実とは残酷です。


 どうしよう。

 北東は海。目的地はきっとその先――。



 その日は浜辺で海の魚を取って栄養とした後、雑草寄せ集めベッドでふて寝した。草葉の匂いと波の音のハーモニーが心地よく、案外気分よく眠れました。


 アロマ~。




 翌朝。


 改めて辿ってきたルートを振り返ってみれば、まるで空に向かって登っていくかの(ごと)くせり上がって見える台地が目に入りました。


 ちょっとかすんで見える。

 もう二度とあそこには行かない!


 繰り言はこれくらいにして、この先どうしましょう?


 私は眼前に広がる綺麗な海を(にら)みつけつつ考える。思えばワイバーンは飛んできてるから海なんて関係ないんだよね。


 うーん、向こう岸は、ちょっとかすんでるものの一応見えてはいます。

 ワイバーンなんてそんなに長距離を飛べるような奴とは思えない。


 っていうかです。


 ここからあちらを目指さなくてもだよ。このまま岸沿いに歩いていけば普通に陸続きかもしれない。

 いや、逆に延々海岸線が続いてて……、ぶっちゃけここは()って可能性すら有ります!


 ああ、考えがループ!

 スライム脳、記憶力はあっても思考力がもしかして……、残念なのかしらん?


 すまない。


 おじさんの時からたいしたことなかった!


 自虐はこれくらいにしましょう。

 もう悩むのもメンドクサイです。


 自分(スライム浸透特製ボディ)を信じて行くか?

 行くしかないか!


 それとも()()()()()か?


 

 ああもう、今更何考えてるの、私!



 馬鹿なことを考えつつも。私は遠くに見える北東の目的地。

 人が居るであろう希望の地へと!


 海に入ってふわふわ漂いながら、たまには女の子の体で泳ぐ練習をしたりしながら、対岸目指して進むことにしました。


 ふふっ、忘れてもらっては困ります。

 私ことスライム娘。生まれも育ちも湖の中。水の中こそわが故郷。


 女の子ボディに入居してからは人間らしく生きようと、(おか)で暮らしてきたけれど。別に今の体でも水中生活無問題なんだった。延々水の中でも生きていけるんでした。


 うーん、なんだろ。私、いったい何を目指しているんだろう?


 ま、いっか。

 ちょっと海なのでしょっぱいのが玉に(きず)ですけれど。


 塩漬けにならないよう気を付けて、いざ海の旅!

 


***



 などとなんの気負いもなく無計画に海に出て早、半日。


 のんびりペースで変わることなくふよふよと進んでいますが、実のところ直線距離はたいしたことはないように感じます。断崖絶壁と海に落ちる大瀑布(だいばくふ)のインパクトに騙されたのは私です。


 目算でせいぜい二、三キロってところなんです。

 とっくに向こう岸についててもおかしくない。おかしくないんです。


 はい、そう。

 私、流されてる。


 流されてるんですよ~、うるうる。


 北東に向かっていたはずが、いつの間にやら東南方向に流されてます。陸が両側に並行するようにして、ずっと見えているこの現状。


 この地形の様子。どうやらここって海峡のようなところかもしれません。


 これ、やばくない?

 このまま流されたら大海原へご案内ってなるんじゃないですか? やだ~。


 ああ、半日前の自分を半殺しにしてあげたい。

 海流という存在をなめてた。というか気にも留めてませんでした。これはちょっと、気合い入れて本気で陸に向かって進まないとまずいよ。


 海でずっと漂流生活とか、そんなことはなんとしても避けたい!


 遅まきながら、なめた気分を引き締め、いざっと気合を入れたところで、あざ笑うかのように急変してしまうのが天気というもの。天気だけに空気読むのうまいよね。けど、ちょっとひねくれすぎだね。迷惑すぎ!


 …………。


 しょうもないこと考えてる間にも、見る見るうちに雲が湧き、もくもく成長していきます。そして当然の帰結としてそれは強い雨、更には雷まで伴った、すさまじいばかりの時化(しけ)模様へと急変していったのでした。



 私ってほんと日本人だったころから間が悪い。


 スライム娘になっても一緒みたいです――。


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[一言] スライムの川?流れ
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