〘七十九話〙災禍なるもの
スヴェン隊長とミーアちゃんの、やり取りと言うには余りにもかみ合わない会話が終わりました。
終わったというか、まだスヴェン隊長は話足りなさそうな様子だったのですが、ミーアちゃんはそんな隊長のことなんて気にするそぶりすら見せず、動き出しちゃったのです。
「いって、くる」
私、それにアールヴの女性シイ=ナさんに、相変わらずのたどたどしい口調で一言いうと、背中からするりと綺麗な羽を出し、流れるような動きで窓から飛んでいってしまいました。
声をかける間すらありませんでした。
もう、何から突っ込んでいいのかわからない。
スヴェン隊長の顔を見るのが怖いです。
さっきの話からすると私と冒険者のお二人、オルガさんとドリスさんをここに残して隊長たちはヴィースハウン領へと急ぎ戻るみたいだけど……、肝心のミーアちゃんは取り付くしまもなくさっさと居なくなってしまいました。
というか、今更ですが。
ミーアちゃん。
どうして飛んじゃってるんですか!
背中の羽、なんですか?
湖の水霊って?
ミーアちゃん、あなたはいったい……。
再会してすぐも混乱しましたが、会えた嬉しさが上回って脇に追いやられていた疑問が、時間を置き少し落ち着いてきたことでまた湧き上がってきました。
手のひらに収まる小さなお守りがその存在を主張し、ミーアちゃんとのやりとりが確かにあったことを教えてくれます。
細い革ひもが付けられていて首から下げられるようにしてありました。ミーアちゃんの気遣いが感じられてとても嬉しいです。
私は早速もらったお守りを首から下げ、失わないよう首元から胸の中へと落とし込みました。側にいるシイ=ナさんの方を見れば、同じように首から下げて満足げな表情を浮かべています。ちょっときつい雰囲気の人ですが、ミーアちゃんを大事にしてくれる人に悪い人は居ないはず。
アールヴ族と私たちでは長年にわたる深いわだかまりがあるみたいで、そう簡単に手を取り合ってとはいかないのかもしれませんが、少なくとも私とシイ=ナさんの間くらい……仲良く出来ればいいなって思います。
それにしても。
スヴェン隊長じゃないけれど……。
ミーアちゃん、ほんとうにあなたは何者なんですか?
アールヴの人たちの言うように、やっぱり湖の水霊様なのですか?
背中から四枚の羽を生やし、全身から淡い光を放ちながら空を飛ぶ姿は、私が知ってるミーアちゃんなはずなのに……神々しさすら感じてしまいます。
正直……、同じ人であるとはとても思えません。
思えば出会った頃。
世の中の常識を知らない。
表情を変えず、喜怒哀楽だってほとんど見せない。
それに魔器官も非活性のまま。
そんな、色々ありえないことだらけの女の子でした。
海岸に流れ着いていた女の子。
私たちは勝手に廃村となったソルヴェ村の女の子と紐づけしたけど……、それも間違いだったのでしょうか?
これからも面倒をみてあげたい……と思うのは余計なことで、おせっかいで一方的な願いでしかないのでしょうか?
そう願ってはいけない、おこがましい存在なのでしょうか?
「ふんっ、……あのものはなんとも、本当に如何ともしがたいな。だがそんなことを言っていても仕方がないというもの。
ヨアン! 早急にケービック砦へ戻るぞ。そこで態勢を整え、領都の守備隊や各砦との連携も確認せねばならぬ。
ミーアの件は情報不足がすぎて不安しかないが、女神の告げなどという、事実かどうかもわからぬ不確定なものに時間を取るわけにもいかぬ。ここは残す三人に任せるしかなかろう」
周りのこともそっちのけで思い悩んでいたら、スヴェン隊長が矢継ぎ早に動き出しました。
言葉はきついし、上級貴族ゆえの少し横柄なところなどにどうしても目が行ってしまいますが、自分が引き受けた警備隊や部隊の運営に関しては律儀で真面目な方なのです。
「はい、こちらはいつでも動けます。ミーアさんから渡された虹色魔石を存分に活用させてもらえるのであれば帰途、更に言えば砦守備においても絶大な効果を期待できるかと思われます」
「うむ……、使途については任せる。数多く渡されたとはいえ限りはある。使い処は誤らぬようにせねばな」
ミーアちゃんが私たちに用意してくれた虹色魔石。全部で二十四個だったけど、配分に関してはヨアン副長とアールヴ族との間で決めるそうだ。
ミーアちゃんの虹色魔石は通常の属性魔石と違い、属性にとらわれることなく、どんな魔道具にも使える汎用性があるっていうのが一番の特徴みたい。それに加え、引き出せる魔力量も非常に多く、純度もとても高いとか、いいことずくめ。
ダール伯爵が他にも色々な用途に使えるはずと、その研究に気炎を揚げてる……なんて、レナートが呆れながら言ってた気がする。
そんな虹色魔石の扱いについて、副長がいい笑顔を浮かべていたから、対応するアールヴの人がちょっと気の毒に思えてきた。初めて見るに違いない虹色魔石に驚いてはいたけど、実際の効果や使い道なんてわからないだろうし……、いいようにあしらわれる未来がみえます。
個人宅でしかないシイ=ナさんの家で、大人数でこれ以上騒いでいても迷惑をかけるだけだし、村の人たちの剣呑な雰囲気は相変わらず……ということもあり、隊長たちは早々にアールヴの村から出ることにしたようです。
樹海は少し前のあの現象からずっと騒々しく物々しい雰囲気に覆われているようで、あの中に再び戻っていく隊のみんなが心配ではありますが、隊長を筆頭に強い人ばかりだし、もちろん虹色魔石もあります。
だから大丈夫だと思いたいです。
無事ヴィースハウン領へ戻れることをお祈りします。
私はアールヴの村にオルガさん、ドリスさんと共に居残りになります。
ミーアちゃんがここに居れば文句なしの最高だったのでしょうけれど、いきなり飛んでいっちゃったし。
不安がないと言えば嘘になります。
でもそれでも、ミーアちゃんが無事に戻ってくることを信じて三人で待っていたいと思います。
あっ、ミーアちゃん……。
ちゃんとここへ戻ってきてくれるよね?
またそのままどこかへ行っちゃうなんてこと……、ないよね?
***
私のことをいつの間にやら勝手に色々こきつかおうとする女神に思うところはかな~りありますが、そうは言ってもこのままではアンヌにだって危害が及ぶかもしれません。
この世界がどうなろうと私は一向に構いませんが、アンヌ……と、ついでに私が多少関わりをもった人たちが可哀想な目に遭うのもちょっと、あれなので。
不本意ながら女神の言うことに従ってあげることとします。
空を飛ぶこと一時間少々。
時速四十キロ台の遅い速度ではありますが、四十数キロという距離はそれなりにあるもので、もう眼下に広がる景色は湖などではとうになく、新たな場所、来たこともない土地へと変化しています。
この世界で長きを生きてきましたが、こうして知らないところがいまだ多くあるのは、いかに私が出不精な引きこもりスライムであったかがわかるというものです。
この辺りまで来ると、この世界の誰にとっても未踏の地であり、樹海もなにもなく荒涼とした大地が広がるばかりの、うら寂しい世界となっていました。
「むぅ、なんというか……。何も無いし、何も居ないです」
なんとなくこの辺り……と、感じた場所で降り立った私の目に映るのは見渡す限りの不毛の大地。
まあそれは空から見ていてわかっていたことですが、改めて自分の足で踏みしめるとそれがより一層強い印象となって心にぶっ刺さってきます。
目の前にはそんな大地が急激に盛り上がり、小山というには高い、でも山と言うには低い……、ぱっとみ活火山を思わせるようなゴツゴツした岩肌を晒した山があります。
生命の痕跡は、植物を含めて一つもなく、魔力どころか生き物の気配一つもありません。生物が存在するには余りにも毒が強すぎるのです。
災禍が放つのであろう毒。
魔滓が。
そう、魔力の気配がないと言いましたがただ一つ例外がありました。
たった今もひしひしと感じる、普通の生き物には毒にしかならない膨大なる魔滓を放つ存在を除いて。
魔滓は女神の頭痛のお告げ曰く、生き物から出された魔力の残滓であり、それが次第に大気に滲み、やがて大地や海に戻り溜まったものなのだそう。
通常であれば四元の精霊の働きと自然の営みの中で穢れは抜かれ濾過されて、再び魔力の素となる魔素となって小さな生き物たちへと還元され、循環していくらしく、それは人や動物、魔獣のもつ魔器官にも連綿と引き継がれているのだって。
ですが。
大昔の人々、神話の時代と言えるくらい遠い昔の人々が、そんな理から外れる禁忌を犯してしまったのだそうです。女神もはっきり伝えてくれませんでしたが、精霊に関することのようです。
今と違い精霊は世界の至る所、どこにでも在り、人々にとっても空気のごとく身近な存在であったみたいです。
女神の言う『災禍の凶龍』の本性は、そんな精霊たちを統べる大精霊で、この地を守る守護精霊でもあったらしいのですが、その出来事により狂乱状態になってしまったそうです。
それ以降、精霊らは魔滓の調整を放棄するようになり、ゆっくりとではあるけれどその姿を消していきました。精霊による循環がなされなくなった魔滓は、やがてそのまま野生動物に取り込まれ、それが更なる『災いたる魔獣』の発生を促すこととなりました。
それにしても人ってどんな世界でも迷惑しかかけないってことがよくわかります。いったい何をやって精霊たちが姿を消すことになってしまったのやら……。
まぁ物語あるある話ですが。
それが実際あると大迷惑も甚だしいです。
っていうか、それ聞いてると普段私がスライム体で色々吸収してることって……。
え?
ええ?
…………。
ま、まぁいっか。
いいよね?
そんな話、私にはどうでもいいことです――。
ってこともないです!
今この瞬間にも大迷惑を被ってるじゃないですか。
ああ。
なんかとても嫌な予感がしてきました。
プンプンします。
帰っていいですか?
……**……*……*****……**……。
「うわ、いったっ」
女神のばかー、冗談なのに思いっきり頭痛ぶちかましてきましたっ!
なにこの女神、寝てたり気を失ってるときだけじゃ飽き足らず、今こうして私にダイレクトに干渉なんかしてくれちゃったりするの?
ず~っと長い間、何も言ってこないで放置してたのに?
ずっる!
ふん、どうせ神様の時間感覚なんて人の感覚とは、ずれまくってるんじゃないの?
ま、いいです。いま考えることでもないですし。
でもいつかぜ~ったい、文句いってやるしっ。
『ズズずずずずぅ~ん……』
「うっわっ!」
そんな嘘くさい擬音が案外ふさわしそうな、お腹にめちゃくちゃ響く、空気を震わせまくる低く重苦しい地響き。
そこに更に直下型の地震のような激しい震動が起きました。
荒れた山肌の中腹辺りが急激に盛り上がってきてます。
こちらが地下にいるであろう、災禍さんに顔見せしに行く前に、どうやらあちらさまから来てくれた模様です。
封印どしたのっ!
**……**……。
えっ?
崩壊……した?
ほんとに?
放棄しちゃった、の間違いじゃないでしょうね?
くっそ~!
もうこうなったら仕方ありません。
やってやります!




