〘七十七話〙ミーアと女神
砦で不本意なお別れとなって以来、とても久しぶりにミーアちゃんの姿を見ました。
ただその姿を見つけたのは、なんというか、驚くことに窓の外です!
窓の外と言ってもここは普通の場所じゃありません。何しろ高い高い樹の上。まるで大樹に同化しているかのような大きな建物は、地上から十メートルほど上ったところにあるんですから。
そう、ミーアちゃんは空に浮いていました。
「ミーア……、ちゃん?」
その背中には淡い輝きを帯びた透明感のある長い羽が四枚伸びていて、幻想的な美しさがあります。ただ、ふるふると緩やかに動いてはいますが、その緩慢な動きを見せる羽に飛べる力があるようにはとても見えませんけど……。
いったいどうなってるの?
会わない間にミーアちゃんに何があったのでしょう?
精霊なんて呼ばれてたのはなぜ?
そんな疑問と久しぶりに姿が見れた嬉しさがない交ぜになってもう私の気持ちは大混乱です。
「おじゃま、しま~す……」
まだ戸惑いが抜けきらない私の前に、ミーアちゃんが緊張感のない声であいさつしながら窓から入ってきました。
「ミーアちゃん!」
「にゃふっ」
話しかけていたアールヴ族の長老さんなんか気にしてられません。私は浮かんでいるミーアちゃんに駆け寄り、半ば強引に引き寄せ、ぎゅっと胸に抱きしめてしまいました。
ちょっと強引すぎて周りのみんなにからかわれたりもしましたが、久しぶりのミーアちゃんの抱き心地を堪能し、声も聞けてとてもホッとし、安心しました。
背中に生えていた四枚の羽はいつの間にか消えています。
いったいどうなってるんだろう?
でもそんな癒しの時間は長く続かず……、スヴェン隊長が割って入ってきて、ケービック砦での出来事について謝罪とはとても取れない拘束理由を語りつつ、あろうことかミーアちゃんに強制誓約を使おうとしています!
しゃがみこんでミーアちゃんと目を合わせ、問いかけてるスヴェン隊長。
ああ、あの感情の全く読み取れない金色の目がミーアちゃんの目を捉えて離しません。ミーアちゃんもその目に吸い寄せられるかのように見つめ返していて、どこかうつろ気な様子に変わってきています。
ああ、スヴェン隊長。ミーアちゃんに何をするつもりなんですか?
このままじゃダメって思う気持ちがある反面、警備隊の隊長で、上級貴族であるスヴェン様に対し「やめてください」という、その一言が言えない私がいます。
「そこまでにしていただきたいものですな」
その時です、私の気持ちを肩代わりしてくれたかのような救いの言葉が投げかけられました。
声の主はアールヴ族の長老、アズ=イさん。
アズ=イさんとスヴェン隊長はにらみ合いながら皮肉交じりの、胃が痛くなりそうな言葉の応酬を始めました。
おかげさまでミーアちゃんにギアスの効果はまだ及んでいないようです。
ミーアちゃんに対し、いきなりギアスを使おうとするなんてひどいです。本人の意思も確認せず、いったいどんな誓約を与えようとしていたのでしょう?
スヴェン隊長に対し、いけないと思いつつも憤慨冷めやらぬ気持ちが起こり、もやもやした気持ちになっていた時、それは起こりました。
会合の席の奥の方から、乾ききった硬い木に亀裂が入ったかのような高い音が、部屋中に響き渡ったのです。
「きゃっ」
びっくりしてつい声を上げてしまって恥ずかしい。
でもミーアちゃんも驚いたのか私にぎゅっと抱き着いてきました。
ああ、可愛すぎます!
でもなんなのでしょう?
確か奥には女神フェリアナ像とよくわからないお椀のような大きな器を祀った祭壇があったと思います。
皆の視線が奥の祭壇へと一斉に向けられました。
同時にアールヴ族の人々から悲鳴や、嘆きの声が上がります。
それも仕方ないかもです。
なにしろ女神フェリアナ像に肩から斜め下へと走る大きな亀裂が入っていたんですから……。
でも、そんなことを気にしてる余裕などありません!
なにしろ私の腰に手を回していたミーアちゃんのその腕から力が失われ、そのままぺたんと座り込んでしまったのですから。
「ミーアちゃん!」
「ミーア様!」
慌てて声を掛けましたが、脇からも同じように声をかけてくるアールヴ族の女性がいました。
確かシイ=ナさん。私のことを睨んでくるのでちょっと怖いな……と思った、私より少し年下の女の子です。
ああ、それよりミーアちゃんは気を失っていました。
私は床にへたり込んだまま身動きもしないミーアちゃんの頭を自分の膝の上に乗せ、頭を撫でてあげます。サラサラの淡い紫色の髪はとても撫で心地がいいんだけど、今はそんなことを考えてる時じゃない。
大きな眼はきゅっと閉じられ、濃い紫色をした綺麗な瞳で私を見てくれることはありません。
「凡人族のおまえ。ミーア様は私が介抱するからそこをどいて!」
な、何言ってるの、この子。
「けっこうです。ミーアちゃんは私がずっと面倒を見ていた子です。私が様子を見ていますから気になさらないでください」
「ふざけないで! ミーア様は我らの村の命、オヴィリーネ湖の守りの水霊。我らアールヴ族が代々崇め奉った精霊様! 凡人族が差し出口をはさまないで」
「なっ」
年下ですが私より背が高いその女の子にそう言われ、私はちょっと及び腰になってしまいます。
ううぅ、でも確かにこのまま床の上で膝枕という訳にも……。
「お嬢さん、我が隊のアンヌが面倒かけました。ともかくこの状況です。そちら側も少々騒然としていますし、ミーアさんもこの様子です。
ですから……あなたとアンヌで、ミーアさんを安静にできる場所へ連れていっていただけませんか? こちらはまだまだ終わりそうにありませんからね。どうでしょうか?」
ヨアン副長が横から口を挟んできました。
むむう、この子と一緒に……、ですか。私はアールヴ族の女の子、シイ=ナを見る。
え、ちょっと?
頬が赤く染まってるんですが!
この子、ヨアン副長の美男子王子様顔にのぼせ上ちゃってるよ……。美形が多いアールヴ族の中においてですらこれですか……。
副長……、女の敵。
「まぁ、シイ=ナさんがいいのなら、その、いいです……けど」
ちょっと白けてしまうような流れですが、ミーアちゃんをこのままにしておくわけにはいきません。納得は出来ませんが妥協します。
という訳で、ミーアちゃんが寝泊まりしていた――な、なんてことでしょう、寝泊まりだなんて――というシイ=ナさんのお家で介抱することになりました。
それにしてもミーアちゃん。
未だ目が覚める気配がありません。
どうしてしまったのでしょう?
心配です。
***
…………。
……ここは、……あれ……前も、きた?――。
まったく光がない、今自分がどういう状態なのかもわからない……なにもない闇。
深い深い、闇の深淵。
永遠とも、一瞬とも思える間。
今をもって、どれだけそこにいるのかさえ判断も付かないところ。
…………。
――そこに、闇とは対極の光。
神々しいばかりの光。
闇の次は光の洪水に私は包み込まれようとしています。
これも前と同じ……なの?
「もう、ほんとにさっ、いったいなんの?」
ここにいる私? は、思念体でしかない……と、思えます。
体もなにもないですし。
きっとこれは二回目……なのかしらん。
このずしりとくる、重い、心の底から痛むような感覚……、どうして忘れていたのでしょう?
でも今、思い出しました。
「もういいですから! 迂遠なやりかたやめて、はっきり伝えてもらいたいんですけどっ!」
モチロン、体ないですからこれは心のさけび!
女神なんちゃら様……なんでしょ?
これやってるの。
さっき女神像裂けてましたけど、大丈夫なのですかね?
――ズキりっ――。
ひと際大きな痛みです。
これはきたか?
……。
…………*……。
――ツナガリ、ガ、シッカリ、カクホデキ、マシタ――。
デモ、ナガクハ、ツヅケラレ、ナイ――。
ワタシのチカラ、ソノ代償……トシテ、アールヴ達ノ像ハ耐エラレズ、裂ケテシマイマシ、タ――。
ほ~ん、なるほどね。
【…………災禍、……ノ凶龍……】
はいはい、凶龍ね。それはもういいです。
だから何?
【湖……ノ浄化、……感謝……シマス】
【ソノ……チカラ、……モットいぜんヨリ、ジョウカ……を、ヒロゲ、進メ……、テホシカッタ……ノデス、が……イマトナッテハ、モウ遅ク……】
【けレ……ド、ワタシの力……デハ、モウ抑えキレナイ……、現レマ、ス】
【お願い……、イビツなる……龍……、滅し、て、……直接……の、浄化、……クダ、サイ】
はあぁ?
ったく、どうしてこうもたどたどしいかな?
【もう……ジカ、ン……が、……アリマ、セン……】
「だから~、もっと!」
【……封印、ば、しょ……、……&%###%$**|¥¥%#……です。モウ、ほんと……に、じか…………マセン】
くわしくっ、って、ええっ?
……*……。
……****……【**】……。
……**……*……。
……*……。
くあっ、いったっ!
***
「まって! って、つぅ!」
もうね。
最低な気分です……。
現実に戻ってまで痛みが残るだなんて……。
久しぶりに感じた痛み……、人の体ならこれが普通なんでしょうけど、やっぱこんなの必要ないです。
「ミーアちゃん!」
「ミーア様っ!」
うわぁ、これどんな状況?
私の顔を覗き込むアンヌとシイ=ナが居ます。
ほんとなら二人と親睦を深めたいところ……だけどっ!
「アズ=イ、と、強面お貴族さま? をここ、よんで?」
「はぃ? アズ=イ様? ここへ、ですか?」
そう、ここへ。
シイ=ナの戸惑いに満ちた問いに頷く私。
「え? 強面お貴族さま? 強面って……それってえっと、スヴェン隊長……かな?」
「そんな名前だった? そう、たぶんそのひと。あんにゅ、シイ=ナ。ふたり、ここつれてくる! はなし、あるっ!」
もうね、細かいこたぁいいんだよっ、状態。
めんどくさすぎ!
話だけ通して……、さっさと終わらす!




