〘五十三話〙海上ワイバーン戦
私をしっかり両足で掴んでくれてるワイバーンは大きな翼をバッサバサと羽ばたかせ、ある一点目指して飛んでいます。
はい、言うまでもなく巣に向かってます!
私のこと完全にエサ扱いしてます、この空飛ぶトカゲちゃんってば!
でも私は素直に食べられてしまうような、やわなスライム娘じゃないのです。まぁスライム体はやわやわですけれども。
小さなミーアの体は腕ごとワイバーンの足に拘束されてて、身じろぎ一つできそうにありません。でもそれが何だというのでしょう?
スライム娘たる私にそんな拘束は無意味と知りなさ~い。
ここは豪快に全身からスライム体大放出しちゃいます!
私の体を中心に放射状にどぱ~っと放出されたスライム体は、まるで水面に水滴が落ちた時に出来る王冠のごとく、するすると広がりつつ、滑らかかつ急激に弧を描きながら上へと伸び上がっていきます。
その王冠はまたたく間にワイバーンの広げた翼すら囲えるほどの大きさに成長しましたが、さすが上位魔獣たる飛竜種、気付いたワイバーンはすかさず急上昇に転じます。
でもざ~んねん、やっぱオツムもトカゲ並みです。
私掴んだままじゃ意味ないじゃん、ば~かば~か。
スライム体から成る大きな王冠がワイバーンを余裕で超える高さになったところで、内側に向けその壁をなだれ込ませます。
自らに向かってドバドバ落ちてくるスライム体に包み込まれようとしているワイバーンは、慌てふためいて羽ばたきを強め、スライム体からなんとか逃れようとしますが……それを許す私ではない!
ジ・エンドです。
あきらめましょ。
でも……、不思議ですね?
拘束してスライム体もどんどん体積を増していて、羽ばたきも満足に出来なくなってるはずのに……、なぜかワイバーン、落っこちないのです。
そもそもこんなでかい図体で、しかも私も掴んだまま、大した羽ばたきもしないで空を飛んでいられるなんて、滑空をしていたとしてもありえないです。地球的な感覚では絶対飛べるはずないのです。
やはり空を飛ぶため、補助……いえ、どちらかというと魔力メイン? で、浮力を得るなりして飛んでるに違いありません。
なんて余裕ぶっこいて考察してたらワイバーンから激しい魔力の高まりを感じます。
「ちょ、ちょっとまっ……」
ヤバいと思った時にはもう遅かったです。
半ば強引にワイバーンはファイアーブレスを放ちやがりました。
満足に口も開けない状態にしてあげてたというのに、それでも放ってくれたのです。
敵ながらあっぱれ。
「ぐぬぬ……」
長いクチバシ状の口を犠牲にしながらも放ったファイアーブレスは、見事スライム体王冠を貫いてみせ、そのせいでスライム体が少しばかり蒸発してしまいました。
いくら魔力? で強化されているとはいえ、スライム体も生もの。
さすがにワイバーンのブレスには耐えきれませんでしたね。
私の一部たちよ、安らかに眠って。
ワイバーンはそのブレスを最後に急激にその動きを弱め、とうとう落下し始めました。
私は気にせず、息も絶え絶えになってきたワイバーンの中へとスライム体を浸透させていきます。もちろん狙いは魔器官さんです。お肉も吸収しつつしっかり頂きたいと思います。
こんなことを普通に当然のごとく行なっている私は、やっぱり人との暮らしなんて無理だったのかもしれません。
うわっ、激しい衝撃が来ました。
落ちたね。海に。
高高度から落ちれば海面は固いコンクリートのごとくでしょう。その衝撃を一身に受けたのはワイバーンの巨体込みの私。
ちょっとびっくりしちゃいました。
今回はなかなかスライム体酷使しちゃってますが、それでも表面上は元気いっぱいのスライム体です。
しかしての実態は、傷んだスライム体は循環させ新鮮なスライム体とチェンジしてるっていうのが真相です。もちろんチェンジされたスライム体は謎空間治療院行です。ゆっくりしていってね。
などと刹那に裏で色々やってるわけですが……。
海面にぶち当たり、一瞬遅れて巨体にふさわしい特大の水しぶきが上がり、激しい水泡と水流が巻き起こります。私はそんなことにはお構いなしにワイバーン吸収に精を出してます。
ようやく海面の乱れが収まったころにはワイバーンの姿はすでにありません。
魔器官の吸収も終わり、私から解放されたワイバーンはとうにこと切れ、物言わぬ亡骸は深い海の底へとどんどん沈んでいきます。
この先はお魚のエサとなる余生を送ることでしょう。
あっ、死んでるので余生じゃないですね。すまない。
ワイバーンから離脱した私は、スライム体を海面で蓮の葉のようにテーブル状に広げ、その上にミーアボディを立ちあがらせます。
空を見上げればワイバーン達が三匹、小さく旋回しながら耳が痛くなるくらいの大きな鳴き声をあげ、こちらを威嚇してきます。
その鳴き声が悲しそうに聞こえたのは気のせいではないでしょう。
でも世の中は弱肉強食。あなたたちだってさんざんやってきたことなのです。
私に慈悲などないのです!
などとちょっとだけ理屈こねてたら、ワイバーン達が一斉にファイアーブレスを放ちやがりました。
すご~い、息ぴったり!
でもこっちだって負けないっ、迎え撃って相殺、いや、逆襲だ!
「迸れ爆炎の奔流、エクスプロ~ジョン激強!」
迫りくる、きれいに揃った三条のファイアーブレスに向け、すかさず放ちはしましたが後手に回ってしまったのは悔しいです。
互いの炎がぶつかり合った時にはすでに私の眼前近くまで到達していて、それは化学反応を起こしたかのように一瞬にして超高温の火球と化しました。
火球の周囲はとんでもない温度にまで上昇し、ミーアボディを守るためとっさに纏ったスライム体のみならず、周囲の海水までもが凄まじい勢いで蒸発し、生まれた水蒸気で視界が遮られるほどです。
ミーアボディもその影響を少なからず受けてしまうかも知れません。まぁ痛覚とかはオンオフ自在なのでとりあえず今は放置で。
魔法で防御する余裕など微塵もなく、今までのスライム生の中でも一二を争うダメージを負ったかもしれませんが、長かったようで実際は瞬きほどの出来事でした。
私はそんな最中でも自らが放った魔法への魔力供給を続けきりました!
爆炎の奔流はファイアーブレスの束とぶつかり合い、それを飲み込んで尚、勢いはとどまらず、上空のワイバーンまで一気に到達し、そのまま三匹をも飲み込んでしまいました。
それに構わず更に上へと伸びていく白熱の炎を見て、ようやく私は魔力の供給をやめました。
爆炎の余韻が未だ残る中、三匹のワイバーンの姿は空のどこにもありません。
超高温の炎に巻かれれば、いかにワイバーンといえども、跡形もなくこの世から消え去ることになってしまったのでした。
残すは巣に籠ってたワイバーン二匹のみ。
「あ~、居ないねぇ」
視線を巣の方に送ってみれば、そこは既にもぬけの殻でした。
戦ってる間に逃げちゃったみたいです。
要領いいです。
というかいつの間にか随分沖の方に流されてまして、岸壁の巣を確認するのも大変でした。
身体強化していなければ見えなかったでしょう。
「ま、仕方ないか……」
ここでようやくミーアボディに浸透させたスライム体への魔力供給を収めます。淡い輝きを帯び、透けたように見えていた青白い肌もいつもの様子に戻っていきました。
驚いたことに肌に火傷を負った跡もなく、不健康そうな見目ではあるものの綺麗なまま健在でした。
痛みを痛いという記号でしか認識させてなかった私は、身体のダメージに無頓着でしたので今ようやく気付きました。
「火傷……、すぐ治っちゃったんでしょうかね? 髪の毛も熱でチリチリ天パみたくなっててもおかしくなかったんですけど、無事のようですし……」
腰まで伸びた淡い紫色の髪を首筋から前にたぐり寄せ確認してみれば、いつも通りのサラサラ髪が手のひらから零れ落ちていきます。
アンヌやドリスがそばに居ない今、私の髪の手入れは誰もしてくれないので、纏めることもなくストレートで大解放状態となっております。
自分で手入れするのも面倒くさいし、普段はローブのフードを被ってるから問題ないのです。
うん、どうでもいいですね。
とりあえずまた海で流される羽目になってしまいました。
前と違ってスライム体で作った蓮の葉風ボードに乗ってるので、まだらくちんですが……。
水の中でも問題ないとはいえ、前もこうしていればよかったですね。
あの頃の私はまだ若くて無知でしたから仕方ないです。
よく泳いで渡る気になったものです、バカでしたね。
ほんの二ケ月くらい前? の出来事なのに、はるか昔のように感じます。
どんどん岸壁から離れて行きます。この海峡は潮の流れ、けっこう早いようですね。
あ~あ、もう今さら戻るのも億劫です。
そうですねぇ……、荷馬車で盗み聞いた話のこともありますし。
しばらく樹海暮らし、いえ、いっそ帰郷するのもいいかもしれません。
なんのかの言っても、あの湖でぷかぷかふわふわしてた頃が一番穏やかで平和な時代でしたから……。
どうせすぐ飽きちゃうでしょうけど、それまで里帰りすることにいたしましょう!




