〘三十五話〙オルガ、ギルマスと密談する
私、なにかやっちゃいました~? 状態でちょっとあわあわしてしまった幼気なスライム娘、ミーア十歳です。
そんでもって、何も言われなくてホッとしている小市民な私でもあります。
ギルドマスターとの会談は、夕刻も近づき冒険者ギルドが一気に忙しくなるということでお開きになりました。私の扱いは明日以降に決めるとのことで、今日のところは帰って良しなのです。
けれどもです。
帰れって言われても帰るとこ無いのですけれど?
「オレはまだギルマスが用があるって言うからよ。ドリス、あとのことは頼んだぜ。ミーア、とりあえずドリスと一緒に帰んな。こいつの定宿なら子供が泊まってもそう危ないこともないだろ。ま、お前を危険に晒せるような奴がこの町に居るとは思えねぇがな、クハハッ」
相変わらず威勢のいい、態度を変えないオルガの姿勢は尊敬に値します。この世界に神様がいるのなら、知り合えたことに感謝しておきたいと思います。
「任せといてよ。ブレンダの宿ならきっとミーアちゃんも気に入ってくれると思うよ。じゃ、行こうか?」
ドリスが私の手をぎゅっと握り、颯爽と歩き出します。私は振り返りオルガに小さく手を振ってお別れの挨拶をしておきました。
ブレンダの宿は、宿を切り盛りしてる女将さんの名前がそのまま宿の名になっているそうで、ブレンダさんはドリスと同じ村出身なんだそうです。
出稼ぎに来た地方出身者が宿泊するため、必然的に長期滞在となる客が多く、宿に居る人はほとんど知り合いなんだとか。
人付き合いが苦手な私にはちょっと居づらい環境な気がするのですが……。
とは言え、異世界で初めてとなる町での生活です。
色々楽しみなことの方が多いと思います。
問題事なんて先送りが正義!
前世の偉い人達も困ったことは皆先送りでしたし。
問題なしです。
***
「ようウルヴ、ミーアはドリスと一緒にブレンダの宿に向かわせたぜ。で、オレに話ってなんなんだ? どうせミーアのことなんだろうけどよ、手短に頼むぜ」
オレはドリス共々帰ろうとしていたところでウルヴに呼び止められ、さっきまで籠ってた小会議室に再び足を運ぶことになった。
いったい何を言われることやら。
簡単な話であることを祈るしかねぇや。
「ああ、疲れているところ呼び止めて済まなかったな。少々頼みたいことがある。悪いがもう少しだけ付き合ってくれ」
ウルヴが疲れた様子でどかりと腰を下ろし、オレにも勧めに従い遠慮なしに向かいに座る。
「当然ながら今からの話は他言無用だ。さすがに強制誓約までは使わないが、重々承知の上で聞いてほしい」
「あぁあぁ、わかってるって。で、話ってのは何なんだ?」
オレはグダグダ細かいことを言い出しそうだったウルヴにそう言い、先を促した。面倒くせえことは良いんだよ。さっさと用件すまそうぜ。
「するってぇと何か? ミーアは、領主様の従兄でケーヴィック砦の領境警備隊隊長をしてるっていう、スヴェン=リンストロム=ソールバルグって偉いお貴族様に、目を付けられてるってわけか? オレも名前は聞いたことあるぞ! かぁ~、色々問題抱えてる幼子だと思ってたけど、そりゃまた最高に面倒くさいな!」
オレは予想の上を行く展開に、逆にちょっと面白くなってきた。目を付けられた話って言うのがまた面白ぇものだったからだ。
あの禍でしかねぇ飛竜種、ワイバーン二頭を魔法で消し炭にしちまうたぁ、マジ半端ねぇわ。
「スヴェン様としてはミーアを保護し、委細はその時点で精査、判断することになろうが……問題なければ、貴族子女に託すことにある。いや、もう隠さず言うが、ハウゲン子爵令嬢……、この方は現在スヴェン様が指揮する砦においてその配下にあるのだが、甚くミーアを気に入り、今もその安否を気遣っているらしいのだ。そして令嬢はミーアを引き取りたいとお望みだ」
クハッ、お貴族様のご令嬢に気に入られたってか。まぁ、ずっとミーアの面倒見てたってことなら、あの見てくれに騙されて情が移っちまったってとこだろ。
「なんだかすげぇ話だな。じゃあなにか? 下手するとこの先、オレたちゃミーアのこと「お嬢様」とか呼ばなきゃいけなくなるのかね? そりゃあ……、ぐはっ、きつい、きつ過ぎる冗談だぜ、クハハッ」
「笑いごとではない、まったく……。ミーアが今レイナールに居ることは既にスヴェン様はご承知だ。間違いなく近いうちに何らかの動きがあるだろう。そこでお前への頼み事だ」
ウルヴがすっと真顔になる。
へいへい、頼みとやら言ってみろや。
「おそらくミーアを引き取りにいずれスヴェン様の手の者、最悪ご本人自ら……、ここに来訪されることだろう。お前にはそれまでの間、ミーアの教導や支援、保護を頼みたい。この短期間ではギルドの見習い仕事だけでは行き届かないことも多い。協力者を使っても良い、報酬もきっちり用意する。どうだ?」
カハハッ、最悪とか……本音漏れてるぜウルヴ。
綺麗ごとぬかしてるが、要はミーアが逃げ出さないよう、首に縄付けて監視しといてくれってことだろ?
さっきの話でもケーヴィック砦からまんまと逃げられてる訳だしよ。
マジな話、こいつぁ難易度めちゃくちゃ高くないか?
まだ直接ミーアの魔法を見たことはないが、聞いた話だけでも、風と火の魔法は相当なものがありそうだ。逃げ出したときも何らかの魔法を使ったらしく、警備隊員が雁首そろえて発見出来なかったそうじゃねぇか。
実際、野盗のアジトだってミーアの風魔法でひどい有様だったしな。
そういや野盗の頭は川でカチコチの氷漬けになってやがったけど、あの氷、もう解けたのかね?
いや、ミーアに本気出されたら捕まえとくことなんて絶対無理だぜ。
くく、でもまぁ、正攻法は無理でもあの呑気で能天気なミーアのことだ。逃げないよう縄付けとくことはやり方次第で出来なくはねぇか?
「わかった、他でもねぇギルドマスターの頼みだ、引き受けるよ。ま、どうせ断っても冒険者に対するギルマス強制権発動って流れだろ? ただしだ、確実にって保証は出来ねぇ。努力はするけどよ。それでも良ければ依頼出しといてくれや」
「助かる、恩に着るぞ。出来れば完遂を望みたいがそれは言っても詮無きことか……。では依頼はオルガ個人への非公開依頼として出しておく。くれぐれも内密に頼む。特にミーアに知られることだけは絶対に避けてくれ。あの幼子は、どう動くか予想がつかなさすぎる」
ウルヴが肩をすくめながらそう言うが、オレもそう思う。
ま、ドリスも居るし、宿の女将も世話好きだ。
なんとかなるだろ!
***
ドリスのいつも泊ってるというブレンダの宿は、町の大通りから二筋ほど離れた、中心街と比べればかなり寂れた雰囲気の場所にありました。
夕暮れも迫り、ちょっと一人歩きするには気を使わないといけない感じの場所です。
一等地はやはり宿代もそれなりでしょうし、離れるにつれ安くなるのは異世界でもどこでも同じということでしょう。地方出身者が多くなるのも頷ける話です。
ただ、中心地から離れた方が土地に余裕があるのか、大き目の敷地に居を構える三角屋根を持つ宿は、長手方向が道に沿っていて、部屋ごとにあるだろう窓の数から多くの部屋があることが窺えます。
所々に屋根の斜面から張り出すように小さな三角屋根が出ていて、屋根付き出窓みたいな感じです。ちょっとおしゃれな感じがして良いです。
奥の方は見えないのでわかりませんが、なかなか住み心地の良さそうな雰囲気が漂っていて、まずは合格と言ったところでしょうか。
「ブレンダさ~ん、ドリスだよ~。部屋まだそのままある~?」
ドリスが五段ほどある階段を間を飛ばして駆け上がり、そのままの勢いで大きめの片開きドアを開け宿屋の中に飛び込んでいきました。カランコロンとドアベルの音がしてそれもまた良きです。
うーん、異世界住環境、案外良いのではないでしょうか?
町中もそうですが、道に糞尿がまき散らされていることもなかったし異臭も気にならなかったです。ここだって思ってたよりずっと衛生的な様子です。
異世界なめてました。
見下しててすみません。
やはり魔法とかあるおかげでしょうか?
くぅ、私が隔離されてた部屋はいったい……。
あの壺のことは一生忘れないことでしょう。
いえ、使ってませんけどね!
「ミーアちゃーん、何してるの~、早く入っておいで~」
呼ばれちゃいました。
では異世界宿、お世話になっちゃいましょう。
はっ?
もしかして今日からがほんとの異世界ライフの始まりっ!
なのでは?
では?




