79話 くだらない話
『なあ、フェリル。くだらない話をしよう』
彼の声は今も耳の奥に残っている。
☆☆☆
レオは裏町〈暗所街〉にある討伐組合拠点の地下にて書庫を漁っていた。
堕天使や神についての記録が多く残されており、面白い情報がたくさんあった。キールも一緒に書庫漁りを手伝ってくれている。
フィテロは早々に寝たため床で放置されていた。
「ん?」
「どうしたキール」
キールはよっこいしょと本棚からそれを引っ張り出して持ち上げた。
石板である。そうとう重そうだ。
「これ、すごい昔の文字だ」
レイヴィスにもらった異形語の辞書にも載っていない文字だ。二人は仕方なくそれを持ってレイヴィスのところへ向かった。
「どうしたの、二人とも」
レイヴィスは吸血王であるザザバラとチェスをしていた。ザザバラが頭を抱えているので、おそらくレイヴィスが優勢なのだろう。
「知らない文字の石板があって」
「どれどれ」
ザザバラがチェスを片付けて近づいてきた。
レイヴィスはため息をついて、椅子から立ち上がる。
「これは、レイヴン侯の石板だな」
「レイヴン侯か……なんでこんな地下に」
本当の名前をレイヴン侯ラプラプリムというその人物は、異形と人とが共存していた遥か昔の英雄の一人で、弓使いの冒険者と共に旅をしていたようだ。
堕天使革命の際はルシフェルと対峙し、その力の多くを奪ったとか。
「我が配下であるシャルル・レイヴンズの実の父親でもある。母親は不明だが、おそらくは伝説となった弓使いだろう」
「そんなすごい人の石板、レイヴィスが持ってたのか?」
「いや、正確には集めたのはオルトのはずだ」
全員で目を見合わせる。
オルトはなぜ、このような古い石板を持っていたのか。それよりも。
「なんて書いてあるんだ?」
「んー」
レイヴィスは石板を受け取って彫られた文字をそっとなぞる。
「『もう少しでフェリルが子供を産む。この子は、人と異形の血をひく化け物としての宿命を植え付けてしまう。しかし、私の悪魔は告げている。彼女はいつか必ずルシフェルを斃す力になる。
ここに記す、勇敢な“チャレンジャー”たちへ。
ユウヤミカゲミツにフェリルを探すように伝えるのだ』」
沈黙が支配する。
これは、予言の書か何かなのだろうか。ユウヤミカゲミツとは誰のことなのだろうか。
このレイヴン侯とどんな関係なのか。
「オルトはこのユウヤミカゲミツについてなにか知ってんのかな?」
「知ってるどころか、この文字は読めないと思う」
ただ……。
レイヴィスは真剣な顔で『フェリル』の文字をなぞった。
「彼女のことなら知っている」
「え?」
「彼女は平和の神に仕えたお人よしの天使だった。堕天した後のことはよく知らなかったけど、まさか人間と恋に落ちたなんてね」
フェリルという堕天使を謎の男、ユウヤミカゲミツが探さなくてはならないのか?
意味がわからない。というか、フェリルを直接探した方が早いのでは?
「とりあえず、オルトに話を聞こう」
☆☆☆
ゼールはダボダボの高校の制服を着て、渡り廊下の隅っこにうずくまっていた。
この前の人外共闘配信で顔を晒してしまったせいで同級生だけでなく他学年からも終われるようになってしまったのだ。
ピコンと携帯が振動してあわててメッセージアプリを開く。そこには、ついこの前作られたS級冒険者ばかりのグループからのメッセージが表示されていた。
そこには一言。
『ユウヤミカゲミツという人物に心当たりがあったら連絡してほしい。あと、オルトは放課後裏町に来い』
とだけ書かれていた。
ゼールは思わず声を上げる。
『夕闇影光は僕の本名です。珍しい名前なので、僕のことではないでしょうか?』
すぐさま、メッセージの送り主であるレオから返事が返ってくる。
『レイヴン侯ラプラプリム、もしくはフェリルという人物に心当たりはあるか?』
ひっくと喉が鳴る。
ああ、そうか、ラプラプリム。この人が、あのフェリルの……。
そこで思い出した。フェリルの正体、一周目の記憶が戻る前に会ったあの“ロビン・フッドの亡霊”の存在に。
『フェリルっていうのは、“ロビン・フッドの亡霊”のことですか?』
『は?』
ガチの「は?」だった。
ゼールは続ける。
『彼女は一周目で僕をこき使うだけ使って〈光天街〉で失踪。二周目では一度だけ会いましたが、それ以降の足取りはわかりません』
『うん………?』
よくわかってない工藤優希からのメッセージもきた。他のメンバーの既読もついているが、誰も反応しないあたり、もしかしたら誰も事情を知らないのかもしれない。
『そのラプラプリムってのは、フェリルの好きな人ですよね?』
ついに返信が途切れてしまった。
自分がフェリルが好きだとバレてしまったのかとドキドキしてしまう。
返事を待っていると後ろから誰かに肩を叩かれた。
「ゼールさん」
「ひゃい!」
慌てて後ろを振り返ると最近知り合った友人の顔が見えてとりあえずほっとする。
疾風。それが彼のネームである。
「このメッセージ、どういう意味ですか?」
「知らない」
疾風は残念そうにため息をついて、ゼールの隣に座った。
「寄生オーガの次はロビン・フッドの亡霊ですか」
「ロビンは敵ではないよ」
「さあ、どうだか。そのレイヴン侯という人物だって何者かわからないのに」
「……悪い人ではないよ。きっとくだらない話が好きな、ただの人間だ」
今も耳の奥に残っている。
くだらない話をしようと呼びかけた後に呟いた彼女の言葉。
『くだらないこと言うのね』
その顔は笑顔だった。
そう思う。
今章はゼール回かもね




