60話 鴉は唄う
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一人でビビってました
「レイヴンズ様。ご機嫌よう」
目の前の少女は震える声を抑えてそう言った。
シャルルのことを警戒しているらしい。
周りからは少女の仲間の殺気が充満している。
「ええ。マロニエ。久しぶりね」
少女から驚愕の声が上がった。
殺気が強くなる。
「実は、実衣ちゃん…………おっと、ここではアルマッティだったわね」
アルマッティの名前が出た途端に、周囲の態度が少し軟化した。
シャルルはそっと息をつくと、ふっと作り笑いを浮かべてマロニエを見た。
「ザザバラ様とレイカ様には会ったのかしら?」
「いえ。両親は私が生きていることも知らないはずです」
マロニエは迷ったように付け加える。
「レイヴンズ様も、ご存知ないと思っていました」
「びっくりしたでしょう」
「はい。殺されるか、両親の前に突き出されるか……」
彼女の表情が険しくなる。まだ完全に信用したわけではないらしい。
合格だ、とシャルルは内心で呟く。ここで心を開くようでは吸血王の娘を名乗ることは許されない。
「それでは改めて、何の御用ですか?」
「ザザバラ様を堕とせと、命令されてね」
「父上を? 不可能です」
「それはどうかしらね? 実衣は出来ないことは頼まない」
マロニエは耳を疑った。
吸血鬼が、王以外の者を信用することなどほとんどあり得ないからだ。
それが三大貴族ともなれば尚更である。
「…………父上と母上を堕として、あちらにメリットがあると思えますか?」
「私としては、レイヴィスと争うのを避けたい。〈吸血街〉の繁栄のためにもね。薄々あちらも気づいているはずよ。レイヴィスには勝てないって」
「ですが、異形王を味方につけました」
「こっちにら、蟲王や異形王の娘がいる」
マロニエは無言になった。
他にも、協力関係にある王はたくさんいるのだろう。
勢力は二分しているように見えて、実はレイヴィスの方が遥かに有利である。
“一周目のサバイバー”は麗華を残して全て死に、ユーキの覚醒やリヴァドラムの存在など。何より、レイヴィスというエルフはそのものが、強い。
「それでも、二人は」
シャルルはため息をついた。
「ついて来てください、お嬢様」
マロニエは顔を顰めた。
「お嬢様」という言葉が嫌いだ。生まれのために、多くのものを失った。
友人も、普通ならたくさんあるはずの思い出も、子供らしさも。
それがわかってて、わざとそう呼んだ。完全に、馬鹿にされている。
☆☆☆
赤黒い空。
吹き荒れる赤い砂塵。
そんな荒野に建つ、巨大な城。
【赤ノ王】の城である。
赤く醜い肌を気にしながら、【赤ノ王】は来客に顔を向けた。
「珍しいな、若輩のお前が我に面会などと」
「………おねがいが、あるのぉ」
拙い言葉に、王の側に控えていた悪魔が不機嫌そうに身構えた。それを、王は制する。
「やめておけ、貴様らに勝てる相手ではない」
黒い液体で構成された体は、悪魔にしては小さい。
変幻自在な体は常に美しい龍を形作っている。一体、誰の趣味なのだろうか。
「お願い?」
恩を売るチャンスを、王は決して見逃さない。
「たぶんー、あかいろのためになるよぉ?」
「私の?」
龍の体が、美しい鳥へと姿を変える。
人間の世界でカラスと呼ばれる生き物に似ているが、脚は3本あるし、尾羽は孔雀のように長い。
この悪魔は常に美しい姿を求めている。それ以上に、強さを求めている。そして、強さ以上に、知識を求めている。
故に、この悪魔は強かった。
「あかいろのあくまの、だよぉ」
「それは、【赤ノ悪魔】のことかね」
「そーいわなかったかなぁ?」
悪魔は狡猾である。
性格は決して良い方ではない。
だが、普通の悪魔よりよっぽど話しやすい。
彼女は、力での解決を嫌い、言論での解決を好んだ。
「何をすればいい?」
「あかいろはぁ、あお、みどり、きいろが、だいきらい」
「そうだな」
キャッキャッキャッと、悪魔が笑顔になった。
美しい鳥の顔が、意地悪く歪む。
「あたしに、きょーりょくしたらぁ。かちぐみに、なれるよぉ? きいたんでしょお、ひびきかなでの、はなしぃ」
王はゾッと悪魔を見た。
【赤ノ王】にたった一人で会いに来て、何を話すと思えばそんなことか。そんな、無理なお願いなのか。
「私には無理だ。奴に逆らえば、死ぬ」
「それが、どーかしたのぉ? むこうがまければ、こっちもおしまいだよぉ」
「お前は、協力しないのか」
王は悪魔を見つめる。
「【黒ノ王】」
【黒ノ王】は笑う。
「外の世界で、何を見た?」
偶然、事故で開いた【黒ノ門】を抜けた大馬鹿者がいると、先代の【黒ノ王】がため息混じりに呟いていたのは、それほど昔ではない。
それからしばらくして、【黒ノ王】が斃され、新しい王が現れたと聞いた。
そして、新しい王を見た他の王は馬鹿にした。
恐ろしく小さく、恐ろしく美しかったから。
悪魔は美しさよりも醜さを重視する。何より、強さを重視する。
彼女は美しく、知的で、王達を小馬鹿にした。
名前もない彼女は、たった一言こう言ったのだ。
『あたしに命令できるのは、我が主のみ。命令することなかれ、争うことなかれ、あたしは言論のみでの争いを許容する』
それを他の王が認めたのは、誰よりも彼女が強かったからだ。
堕天使よりも、おそらくは、あの響木奏よりも。
「どぉするぅ? あのおとこをうらぎって、あたしにつくぅ?」
【黒ノ王】が敵になるのなら、負ける可能性がある。
しかし、他の王がいる以上、負ければこの座は退かなくてはならない。
「いや、やめておこう」
その瞬間、スパンと【赤ノ王】の首が飛んだ。
誰も動かなかった。
「あっそ。残念」
【黒ノ王】が側近をチラッと眺めて、身分が低そうな配膳係に声をかけた。
「貴方、【赤ノ王】にならない」
全員が震えあがる。
舌足らずなのは、わざとだったのだ。敢えて、側近が警戒しないようにするための。
「恨んでたんでしょ、この王様のこと」
「どうして、それを?」
警戒したように配信係の悪魔が言う。
「貴方だけ、とっても嬉しそう」
悪魔だ。
側近達はこの後、王に仕えていた自分達がどうなるのかを理解していた。それでも、動かなかった。
「僕をどうする気?」
「あたしはね、主様に認めてもらえればいい。必要とされたいだけ。だから、何もしない。だから、貴方も何もしないでね」
たった一撃だ。
一撃だけで、赤の勢力を無力化した。
「他の、悪魔は?」
「青と緑と黄色?」
配膳係…………【赤ノ王】は頷く。
「アイツら、人間を馬鹿にしてたでしょう?」
ニタリと悪魔が笑う。
「敬意なんて払わない。痛めてつけて、主様が最も尊いのだとわからせてから、殺す」
「わかりました。赤への慈悲、感謝致します」
「ええ。掃除はよろしくね」
側近達の頭が吹き飛ぶ。
何をしたのかは理解できなかった。
「あたしの名前、まだないのだけど、決まってるの」
「はい」
「ナイトメア」
「ナイトメア、様」
「貴方の名前はあたしがつけてあげる。そうねぇ」
【赤ノ王】は震える体を必死で止める。
「トワイライト。明けない貴方達【赤ノ悪魔】にはピッタリだと思わない?」
これから、赤は黒の言いなりだ。
この悪魔が支配する限り。
そして、赤は永遠の安寧を手に入れた。
この悪魔が庇護する限り。
「光栄です。【黒ノ王】」
【赤ノ王】は平伏する。
戦意などありはしない。誰にも協力しない。
「トワイライト。知識への探究は忘れないように」
「何故? 強くなった方が」
「力の強さなど、年が経てば身につくものよ。若いうちに………己の考えが固まらないうちに、多くのことを取り入れなさい」
悪魔は美しい横顔を、【赤ノ王】の耳元まで近づけた。
「けれど、学びから変な気は起こさないように」
冷や汗が流れる。
この悪魔は、最強なんだ。
「あかいろに、えいこーあれぇ」
今ではこの口調が何よりも恐ろしい。
【赤ノ門】はもう二度と開けないと決めた。
外の言いなりになどならない。なれない。
【黒ノ王】がいる限り。




