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58話 レイヴィスとアスファ

 私とゼール、リヴァドラム、アスファ、そして、オルトから置いてけぼりをくらったロアの二人と三匹は裏町の〈暗所街〉を訪れていた。


「さっきからソワソワしすぎですよね」


 ゼールが小声で話しかけてきた。

 アスファはずっと緊張している。ソワソワと尻尾を揺らしたり、耳を動かしたり、毛並みを整えたりしている。

 完全に好きな人に会う男の子の反応なんだよなぁ。


「お父さん」

「な、なんだよ………」

「レイヴィスはちゃんと覚えてるから大丈夫だよ」

「お前! こんな姿の俺しか見たことがないから言えるんだ! 人間の俺はもっとイケてるメンだったんだぞ!」

「性格がイケてないな」


 ロアのセリフにショックを受けたらしく、毛の一部が黒くなる。どうやら、理性を失うのだけは持ち堪えたらしく、すぐに色は白に戻った。

 ちょっと愉快なのが面白い。


「そろそろだよ」


 私は裏路地を歩いて行く。




「レイヴィスー」

「もう戻って来たの? 全く、可愛い娘だこと」


 頬を赤くして、少し服をはだけさせたエルフのお姉さんがそこにはいた。

 隣には、ドワーフが何人も転がっていた。


「何してんの? ねぇ、何してんの?」

「飲み比べだよ。ドワーフに勝てるなんて、凄いでしょぉおお。ぐふふふふ…………」


 私はアスファを見た。

 呆れ顔だから、割とあるのか、こういうこと。


「レイヴィス」

「?」


 レイヴィスは不思議そうに辺りを見回す。しかし、すぐに悲しそうに机に突っ伏した。


「ユーキ。今日のところはごめんね。また明日」

「ちょちょちょ」

「レイヴィス。酔いを覚ませ。黒歴史を語るぞ」

「アスファの声が聞こえるの。姿はどこにもないのに。きっとお酒のせいね」


 私は絶句する。


「酔うとこうなるの?」

「ああ。昔から」


 マジかよ。酒は強いとはいえ、ドワーフを負かすほど酒を飲んでるんだもんな。


「レイヴィスは昔、酒に酔った勢いでオレを張り倒したことがある」


 それ、黒歴史なの?


「雰囲気なんてなかった」


 アスファが悲しかっただけだよね?


「それから、リザードマンの集落でオレ以外の男をオレと勘違いしてな。あの時は酷かった。もう少しでオレが闇堕ちするところだったぜ」


 英雄を闇堕ちさせかけるとか、とんでもねぇな。


「まあまあ、アスファ。わらしらっれぇー」

「舌回ってないし………」

「誰か、【解毒】を持ってる者はいないか?」

「…………スキル取得するよ。リヴァドラム【反転】」


 エルダーリッチになって、スキルを取得する。


「えい」


 レイヴィスがうっすらと目を開いた。


「何事?」

「レイヴィス、聞きたいことが」


 しかし、レイヴィスは私を見てはいなかった。

 その目は、アスファに注がれている。


「………………アスファ?」

「久しぶりだな、レイヴィス」



     ☆☆☆



 イクスタは宿屋の前にいるレイヴィスをみつけた。

 さすがに温厚なイクスタでも、晩飯を勝手に食べられたら黙ってはいない。酒の勢いと言われても許さない。


(だめだよ、いくすた)


 イクスタは苛立ちを抑えながら振り返る。

 よく見知った反転小竜が、偉そうにこちらを見ている。


(何よ。ガキのくせに)


 イクスタは壁に張り付いて反転小竜よりも高い位置を陣取る。


(だめなんだってば)


 イクスタは糸をはいてぐるぐる巻きにしようとした。

 その時、背中を撫でられる感触があった。


「ーーーーーー」


 何を言っているのかはわからない。

 イクスタの言葉を理解できるのは、あの()()()()だけだ。


(じっとしてろって、あるじ様が)


 イクスタは自分を撫でた相手を威嚇した。

 しかし、その人物は動揺すらしない。イクスタは諦めて、反転小竜に吐き捨てる。


(あの悪魔だけよ、私のような人の言葉を話せない化け物を理解してくれるのは)

(あの、あくま?)

(知らないの? 馬鹿ねぇ)


 イクスタは、一周目にてオルトに餌で釣られて仲間になったれっきとした討伐組合のメンバーである。


(あのサブリーダーの女と契約していた悪魔よ)

(ふぇ?)


 反転小竜の顔が面白くて、イクスタはくすくすと笑うとその場を後にした。



     ☆☆☆



「キュァアア! キュァアア!!」


 リヴァドラムがどこかへ消えて行ったイクスタを指差して何やら必死に訴えている。

 イクスタは怒りん坊で、人を小馬鹿にしたような態度をよくとる。リヴァドラムは何か言われたんだろうな。


「大丈夫よ。イクスタは悪い奴じゃないから」

「キュァアア………」


 私は改めて、再会した二人を見つめる。

 凄く気まずい雰囲気なんだよなぁ。何話してるんだろ。



     ☆☆☆



 レイヴィスは膝を抱えて、隣に座っているアスファを盗み見た。しかし、目が合ってしまう。


「そんな姿になったんだ………」

「ああ」

「珍しいね、話せる中級天使なんて」

「ああ」

「どうして、また会えたの?」


 レイヴィスは〈暗所街〉を見る。


「もう、会ってくれないと思ってた」


 アスファがレイヴィスの目の前まで移動して来た。


「オレとの約束を、果たせなかったからか?」

「……………そう。約束、破っちゃった」

「オレはお前との約束を破ったことは一度もないぞ」


 レイヴィスは目を瞑った。

 むしろ、罪悪感が増した気がする。


「ずっと会いたかった。特別任務をくれたアポカリプスには感謝している」

「アポカリプス………?」


 聞き慣れた天使の名前に、レイヴィスは首を傾げる。

 彼は確か………。


「へえ、意外。アイツ、誰かを気にかけるタイプじゃないと思ったんだけど?」

「オレはよくこき使われて、大変だったよ」

「アポカリプスと、よく話してたの?」

「仲は悪いがな」


 レイヴィスがあまりにしつこくアポカリプスについて訊ねるので、アスファは不満気に毛を黒へと変化させた。


「あ、ごめん」

「いいよ」


 レイヴィスはアスファを膝の上に乗せる。


「また会えて嬉しい」

「オレもだ」



     ☆☆☆



 なんか良いムードだぞー!!


「キュァアア!!」


 リヴァドラムがついに私の頬を引っ張り始めた。呆れたようにゼールが呟く。


「珍しいですね」

「いつもはもっと良い子なんだけどなー!」

「聞こえてるよ! さっきから何騒いでるの」


 レイヴィスがアスファを抱えたまま私達の前に立つ。


「そう言えば、何しに来たの?」

「アルマッティと契約した悪魔について知りたくて!」

「悪魔? そんなわかりやすい契約、私が見抜かないわけないじゃん。そんな痕跡………」

「キュァアア!!」


 リヴァドラムが必死でレイヴィスに訴え始めた。


「ちょっと落ち着いて。………【意思疎通】」


 レイヴィスが驚いたように目を見開いた。


「今すぐイクスタを探して」


 私とゼールは先程までいた蜘蛛型のモンスターを想像した。そういえば、リヴァドラムと話してたな。


「アイツ、悪魔と契約してることに気づいてたみたい」


 というか、レイヴィスすら気づかない契約って……。

 相手の悪魔は謎が多すぎるよぉ。


「隠蔽型の悪魔か、遠隔型の悪魔か、それとも……」

「想像したくもないね」


 アスファの言葉をレイヴィスが遮る。


「行くよ」



     ☆☆☆



 〈吸血街〉は吸血鬼の街だ。

 力が強く、他種族間での協調性は皆無であり、プライドは高く、人は餌としか見ていない。

 独自の技術で人を繁殖させ、他の街に売り払っている。一部、顔の良い女は性奴隷として吸血鬼に売られる。


「んで? アンタのことザザバラ様にバレたらどーしてくれんの? 反逆罪とかのレベルじゃないんだけど?」


 グズグズに泣き腫らした少女を面白そうに見つめる吸血鬼がいた。

 シャルル=レイヴンズ。

 大貴族の一人である。


「あたしのことなんかほっといてよぉ」

「あーあー、もう駄目だ。壊れちゃった」


 今まで大人っぽく振る舞ってきたツケが回って来たのか、それとも積もったストレスが崩壊したのか。

 それとも。


「あっ! もしかして失恋した!? あははははっ!」

「うぇええええん!!!」

「………えっ? アンタまじ? ごめんって! じょーだんじゃない!!」


 シャルルは少女の頭を優しく撫でた。


「別に、いいんだけどさ。バレたらヤバいってのは本当なのよ。太陽の下に出されて焼かれるんだから」

「ごめん………でも、シャルルは知ってるんだよね」

「知らないわよ。あのクソ悪魔は【反転】と【ループ】の後にすぐに消えた。アンタの一部なんだから、記憶は持ってたんだろーけどさぁ」


 シャルルは不思議そうに少女を見た。


「悪魔と契約なんて、するもんじゃないよ? せっかく自由になれたんだから、短い人生楽しみな」

「シャルルは、ないの?」


 少女は目を腫らしながら、一周目からの数少ない友人に問いかける。


「誰か、大切な人とさよならしたこと」

「吸血鬼よ。そんなもの、数え切れないくらいあるわよ」


 シャルル=レイヴンズという女は、吸血鬼にしては話のわかる方である。

 そして、人間を餌以外としても認識している数少ない吸血鬼の一人だ。


「でも、それを引きずったら意味ないでしょ。嘆いて、その人が戻って来ると思う?」


 葬儀屋の仕事を始めたばかりの頃に、シャルルが綺麗な老婆の遺体を持って来たのが、全ての始まりだった。

 この関係は以来、オルトにすら悟られなかった。


 少女には秘密が多いのだ。


「わかったなら、さっさと出て行きなさい。ここにはナイトメアもいないし、ザザバラ様もいない」

「シャルル。あたしは、どうしたらいい?」

「失恋のこと? それとも、相棒のこと?」

「どっちも」

「失恋は仕方ないとして」


 シャルルはばっさり切り捨てた。


「ナイトメアはアンタを探しに出て行った。待ってれば、出て来るわよ。聞くところによると? アルマッティは目立ちすぎてるみたいだし?」

「シャルル」

「なによ」

「ナイトメアが見つかったら、また、あたしの血を飲む?」


 シャルルは嫌そうに顔を顰めた。


「ごめん。それだけは無理」


 少女は目を細めて頷いた。


「うん。ありがとう」

「変なやつ」

「ナイトメアは見つけるし、契約はまたする。だけど、シャルルには頼みたいことがあって来たの」


 少女…………アルマッティは真剣な表情で続ける。


「ザザバラを、堕として」

「ははーん」


 シャルルはわざとらしく呟く。


「面白いこと言うじゃん? マロニエちゃんと協力しろってことかしら?」

「そう。シャルルなら、できるよね?」

「大貴族、シャルル=レイヴンズに不可能はありませーん」


 二人は不敵に笑い合う。



 悪夢は終わらない。

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