番外編 オル琴配信&アルマッティ②
徘徊型ボス、しかも感染型である。
ここで倒さなければ、犠牲は増える一方だろう。
尚且つ、状態異常無効系サポート職がいるため、こちら格段に有利である。
「行くぞっ!」
オルトが走り出す。
相手は元冒険者。おそらく、ボスにアンデットにされただけでボス本体ではない。
早急に仕留めるべきだ。
「【追撃】!」
重い一撃が敵に命中し、グラリと倒れる。
「【浄化】」
その隙にアルマッティが【浄化】のスキルを使う。
アルマッティの職業は特に決まっていない。
というのも、彼女のスキルの幅が広く、オールマイティにこなせるためだ。
故に、1on1では負けなしである。
《一撃かよ》《【追撃】の効果的に二撃だけどな》
《さすがオルト》《B級のくせに普通に強くて笑う》
「アルマッティ。敵の情報は掴めたか?」
「【アーカイヴ】」
アルマッティはスキルを使う。
《“Japan194”
ボス:怨嗟の黒霧
難易度:A
出現モンスター:アンデット
デバフ:なし
バフ:なし》
《怨嗟の黒霧
ランク:A
瘴気を浴びた者は五分間の【死に損ない】状態の後にアンデット化する。ダンジョン脱出によりバフ解除。
弱点:【神聖】【炎】【風】》
「レベル無しのモンスターですね」
「“ダンジョン”と一緒か」
「寧ろやりやすいです。急いで探しましょう」
《スキルが強いんよ》《ユニークらしいぞ》《どこで入手すんだよんなもん》《雑魚には無縁のルートっす》
琴音は焦ってオルトの手を掴んだ。
「待ってください」
「どうした?」
「“ダンジョン”と同じ“レベル無し”のボスなんて危ないですよ。無闇に突っ込まないで、一旦戻って対策を」
「バズるんだろ? 早くしないと他の冒険者に盗られるぞ」
オルトは琴音の本心を見抜いている。
確かに、今すぐにでも突っ込んで行きたい。だが、それで死ぬことだってある。
アルマッティがいたとしても、こちらは足手まといのB級冒険者だ。
「それに」
鉄パイプを振って返り血を落としてから、オルトは再び口を開く。
「犠牲者が増える前に対処しねーと」
やっぱり、オルトは凄い。
自分はB級冒険者になってから、あまり戦闘が上達していない。このままでは、一生A級にはなれないだろう。
次にA級になるのは、こういう人だ。
「そうですね。でも、地図がありませんけど」
「闇雲ってわけにもいかないしな……」
二人の視線がアルマッティに向いた。
「ARマシンには自動マッピング機能がありますよ」
「マジで!?」
《え、マジ?》《その便利機能知らなんだが》《なぜ誰も知らないんだ?》《バーベリ財閥どうなっとる?》
「他の冒険者とも合流して、マッピングしてみますか」
「更新機能付きかよ。何で知ってんの?」
「【アーカイヴ】で………」
呆れ顔でアルマッティを見つめるオルトにすぐさまコメント欄が反応する。
《アル様を責めるな!》《知らなかった奴が悪い!》《アル様は全知全能なんだぞ!》《アル様の前に跪け!》
「お前………国民を洗脳してるのか?」
「まさか。わたくしはただの攻略庁長官です」
そんな緊張感のない三人に足音が近づいて来た。
すぐに空気が変わる。
ロアが警戒したように音のする方を睨みつけた。
足音は一人。静かで、何の焦りも感じない。
「だ、誰でしょう?」
「さ、さあ……」
そこに現れたのは、怠そうな目をした冒険者。
手には、仲間だったと思われる少女の生首。
男は無造作にその生首を落とすと、我に帰ったようにアルマッティを見つめた。
「あ、ああ………。お前か、アルマッティ……」
「デッドクラック」
琴音は恐怖に目を見開く。
デッドクラックと言えば、世界一非人道的な冒険者と呼ばれている。
その職業は冒険者で最も少ないと言われている暗殺者。
スキル【狂乱】は生命を奪うほど理性を失う代わりに、ステータスに補正がかかる。
このスキルの影響で、多くの人間が大量殺人鬼となり死刑となった。
しかし、デッドクラックはそのスキルを完璧に制御できた。その方法は不明。
しかし、そのスキルのためにポケットにはいつも虫などの小動物を持ち歩き、戦闘前に殺す。
日本一狂っている冒険者だ。正直、関わりたくない。
「殺したんですか?」
「もちろん。アンデットになったからな」
《デッドクラックや……》《マジのA級やん》《アル様逃げて!》《オルトよりもクセあるよ?》《ライバー界隈でも一番事故ってるしな、この人》《配信者が勝手に巻き込まれてるだけだけどな》
デッドクラックはチラリとオルトと琴音を見て、鼻で笑った。
「君たちは先に脱出しなよ。ここは俺なやる」
「いや待て」
オルトは馬鹿にしたように、デッドクラックが持っている包丁を見つめた。
「お前の武器、魔道具みたいだが物理攻撃特化だな?」
「お前のもだろ?」
今まで穏やかだったデッドクラックの空気が一変する。
頭を抱えたアルマッティを、琴音は恐ろしげに見つめた。
「逃げるのはアンタだ。アサシンがゴーストに勝てるわけない」
「あっそう。一撃入れたけど、情報はいらないんだ?」
「「え」」
琴音とオルトの声が重なる。
デッドクラックは生粋の暗殺者だ。逃がした獲物も捕まえて殺す。
【マーキング】のスキルは一撃を加えた相手の位置情報を五日間捕捉できるというもの。
どんなに素早い相手、目に見えない相手も、一撃当てれば彼の勝ちだ。
「よし、野郎ども着いて来い!!!!」
《速攻手のひら返しで草》《オルト相変わらず丁寧なの最初だけ》《途中からめっちゃタメ口になるよなw》《琴音たんのチャンネルなのに………w》《目立ちすぎや》
デッドクラックはため息をつくと、オルトの隣に並んだ。
「マジで頼むよ、リーダー」
その発言に琴音は目を丸くした。
普通なら、一番強いアルマッティか、A級のデッドクラックがリーダーをするはずだ。
《アル様リーダーじゃないの?》《え、オルトリーダーマジ?》《無理だろ》《全滅すんぞ》《嫌だ。A級全滅配信とか見たくない》《琴音ちゃぁあああん!!!》
コメント欄を見ていたのか、デッドクラックが顔を顰める。
「誕生日順にリーダーやって何が悪いんだよ?」
「ですね。確か、オルトは4月生まれでしたよね?」
「え、オレってそんな理由でリーダーやらされてんの?」
オルトがさささっとアルマッティの後ろに回る。
「やっぱ辞退します」
「お前以外誰がリーダーするんだよ!」
「アルマッティがすればいいだろ!!」
「アルアルはサブリーダーだろーが!」
《アルアルww?》《あれ、デッドってアル様と仲良かったっけ?》《何その愛称?》《ウケる》
穏やかな笑みでそのやり取りを見ていたアルマッティは、ようやく口を開いた。
「オルトが一番慣れてるでしょ?」
「…………まあ」
オルトはよく攻略庁の要請を受けて、全国のダンジョンを飛び回っているため顔も広い。
琴音自身、ダンジョンに行くたびにオルトの知り合いが増えていることに驚くし、リスナーのほとんどがライバーではないオルトのことを知っている。
当然、リーダーをやったことも何度かあるのだろう。
「じゃ、とりあえず徘徊して生存者を探す。アンデットも見つけ出して連れ帰るぞ」
ダンジョン内で見つけた死体やアンデットは、できるだけ家族の元に帰そうという風潮が強い。
先程の死体はマッピングにより位置が判明しているので、一旦その場に置いてある。
「了解。どちらへ向かいますか?」
「奥だ」
即答した。
「冒険者たる者、奥へ向かう。ボス部屋がある確率が一番高いからな」
「了解」
「そう言えば、デッドクラックさんっておいくつですか?」
「ん? 25」
「若いのにA級なんてすごいですね」
A級冒険者は基本的に三十代が多い。
若者は臆病風に吹かれてスタートダッシュが遅かったせいだ。
人生やり直したい組がいち早くA級として任命されたと言われている。
「オルトも琴音さんもA級にはなれると思うけど……。てか、オルトに関してはSでもいいだろ」
「いやいやいや、あの工藤優希には勝てないって」
「よく言うぜ。サブリーダーをクソガキ呼ばわりする奴がよお」
まるでオルトとデッドクラックは昔からの仲のように打ち解けている。それを見守るアルマッティも、慣れた様子で話を聞いていた。
自分だけが、知らない場所にいるみたいだ。
「こっから暗いな」
「懐中電灯ならあるぞ」
そう言うとデッドクラックが懐中電灯をオルトに手渡す。
「ん、サンキュー」
そう言って電源を付けた時だった。
「ひうっ!」
「がるるる………」
足元でロアの唸り声がした。
急いで琴音は配信停止ボタンを押した。
《あれヤバい》《すぐに切ったの正解だな》《待って、あの中に友達いたんだけど》《ご愁傷様》《可哀想に》《親みてたら泣くだろ》
そこにあったのは、共喰いの痕跡。
「ゾンビなら良かったんだがな」
「まさか、イーターにもさせるなんて」
琴音は口を押さえて呟く。
オルトは無言で死体の間を歩き出した。その目は異様に冷たかった。
「デッドクラック」
「なんだ」
「今すぐ殺す。場所を教えろ」
「わかった。その先、突き当たりを右だ」
「ロア! 行くぞ!」
「わん!」




