32話 情報屋の話
「逃げるよ」
レイヴィスは身を翻して哀奈の腕を掴んで走り出す。
「【風ノ精霊】
レイヴィスの声に竜巻が巻き起こる。
「行くよ」
「さすがエルフ」
進行方向から声がした。
レイヴィスは哀奈にフードを被せた。
「誰?」
「………アルス?」
哀奈の声は相手には聞こえなかったようだ。
だが、確信した。
「“サバイバー”か。一冒険者である私に、何の用かしら?」
「危険分子は潰す。ボスからの命令なんだ」
「後悔すると思うけど、いいの?」
「後悔なら腐るほどしてきたさ」
レイヴィスは杖を【アイテムボックス】から取り出す。
哀奈を後ろに隠した。
「【フィールドサーチ】」
敵はどうやら一人だけだ。
余程の自信があるのか、もしくは。
(私の強さを測って場合によっては逃げる気か。だからといって、弱かったら殺される)
レイヴィスは杖を構える。
「私、強いよ」
「俺は自分より強いやつとはたくさんやり合って来た」
「そう。じゃあ、S級の実力、見せてあげるよ」
アルスは目を見開いた。
「【鑑定】」
なるほど。
やはり、彼の役目は情報収集。
そして、アルスの目にはこう映ったはずだ。
《種族:エルフ
レベル:2651
名前:レイヴィス・ムネモシュネ
スキル:
「がぁああっあああああ!!!!!!」
アルスが大きくのけぞって倒れ、悶え始める。
ルーテリスはギョッとしたように、アルスを見た。
「逃げるよ」
レイヴィスは後ろを振り返る。
「狼男。私は強い。ボスにそう伝えておけ」
レイヴィスは地下通路を歩いていた。
エルフの寿命はほぼ永遠だ。彼女の長い人生は、この世界の全てを知り尽くす時間にも使われている。
地下通路の水路沿いに、フクロウのとまった灯があった。看板もぶら下がっており、『情報屋ミネルヴァ』と書かれている。
「知識の女神の名前をつけるなんて、相当な度胸だね」
「天罰はもう受けてるし、いいんじゃない」
レイヴィスは扉を開いた。
重い音をたてて、中の光が暗い地下通路を照らした。
「来たね」
赤毛にボサボサの頭。小柄な体躯。鍛治師然とした見た目。中性的な見た目で男か女かわからない。
「ドワーフか」
「うん。そう」
レイヴィスは部屋に置かれていたソファに腰を掛ける。
「聞きたいことがあって来た」
「うん、知ってるよ」
宇宙が不思議そうにドワーフを見た。
ドワーフは悪戯っぽく笑う。
「僕はクル。まあ、そこの女と同類だよ」
「私とは全然違うでしょ」
クルはため息をつく。
「そうかもね」
レイヴィスはヒラヒラと手を動かして先を促した。
「はいはい、長生きのくせにせっかちなんだから」
クルがレイヴィスに伝えたいことは次のとおりである。
オラシルの居場所。
味方の堕天使。
“サバイバー”の作戦。
神の啓示。
これから向かうべき場所。
「どれから聞きたい?」
「順番通りでいいよ」
「おっけー」
まずはオラシルの居場所。
彼は今は“サバイバー”から逃げ隠れしているよ。情けないよね。
僕は会ってないけど、居場所はわかってる。
彼は人間世界にいる。彼は喰い人だし、丁度いいよね。
彼に会いたいなら、まずは人間世界の討伐組合というところに行きな。まあ、君たちが行って無事で済むとは思えないけどね。
運良く、シムラトオルという人物に会えたらオラシルの居場所はわかると思う。
どうして直接教えないのかって? まあ、色々あってね。一番は、答えを教えたらつまらないから。
ふざけるな? ごめんって。安くしておくからさ。それに、シムラトオルに会うのも重要なことなんだよ? むしろ、感謝して欲しい………ごめんって。
次に味方の堕天使についてだね。
知っての通り、オラシル、エルゥラは味方確定だ。
他に合流できそうな堕天使は結構少なかったりする。
まずは、“ダンジョン”ボスからいくか。合流できるのは、オラシルを抜いて二人だけだね。
第58層ボス、九尾狐のリュカラと第40層ボス、キメラのアガツル。
知っての通り、アガツルはエルゥラと同じS級堕天使だ。現在は様子見の中立を保っている。
大人しい性格だし、レイヴィスの頼みなら問題なく聞いてくれると思う。
堕天使だけど、お勧めはドッペルゲンガーのレイチェル、猫又のレイラ、神速鳥のムルル、ホワイトワームのコリューンあたりは役に立つと思うよ。
うん、堕天使に関してはそれだけ。
後は、出会い次第、勧誘してみるといい。レイヴィスの頼みってだけで結構味方になってくれると思うからさ。
三つ目は、“サバイバー”の作戦にてついて、だね。
これはかなり厄介でね。まあ、普通の異形なら負けてたね。
奴らの失敗は、レイヴィスについて知らなかったことかもね。ん? 謙遜はよしなよ。僕は君をかってるんだから。
奴らの作戦は【ループ】で“ダンジョン”をクリアし、その後、【反転】で復活させたボスと協力して世界にダンジョンを発生させる。
そして何より、【天堕とし】をする気なんだ。
奴らには、“仕切り屋”と呼ばれるボスみたいなヤツがいるんだけど、“サバイバー”は最悪、そいつさえ生きていればいい、みたいに考えている。
何なら、二周目の“ダンジョン”でほとんどの仲間を殺す気だ。“仕切り屋”も、自分だけ生き残ればいいと思っているし。
“仕切り屋”の目的は、神の【天堕とし】意外にもう一つ。
“ダンジョン”で殺された最愛の想い人を復活させる気だ。【ループ】なら、ある時点以降に死んだ全ての人間が復活するだろう?
でも、レイヴィスなら問題ないよね。
場所ではなく時間に干渉する大規模な【ループ】は記憶も失う。それを回避できるのは、【記憶保存】というスキルか、使用者、そして、【ループ】の発動直前に対象者に【反転】を使うことだけだ。
そうすれば、記憶もスキルも失わずに済むってわけ。
いやー、敵が可哀想だよ。
レイヴィスを見逃してさー。………だから謙遜はよしなって。本当のことだろ? 君がいれば、とりあえず殺されたボスにも記憶の共有ができるしね。
四つ目は神の啓示について。
あまり聞きたくないだろうけど、一応言うね。
神は当然、奴らの作戦にも気づいているけど、神というのは例外スキルを除いては自分の属性のスキルしか使えない。
つまり、【記憶保存】を持てないわけだ。
そんなわけで、レイヴィスや僕みたいな存在に“お願い”をしてきたってわけだね。
【ループ】したら“お願い”の記憶も消えちゃうけど、しょうがないよね。あーあ、お礼がもらえないのは残念だけど、神と敵対するのもつまらないしね。僕ら損な存在だと思わない?
というわけで、レイヴィスの任務はただ一つ!
【記憶保存】を皆んなに振り撒いて、二周目で“サバイバー”の計画を阻止すること!
え? 今じゃダメかって? 僕も実はそう言ったんだけど、神様は死んじゃったボスが気になるみたいだね。
【天堕とし】は罪を犯した天使に対する救済だからね。まあ、神様としても自分達の味方をしてくれた忠実な堕天使を見殺しにするのは忍びないんだろうさ。
最後に、これから向かう場所についてだね。
先程も言った通り、まずは人間世界に行ってシムラトオルと合流して欲しい。彼がオラシルの居場所も知っているはずだから。
ただ、知っての通り人間世界は異形によって植民地化されている。討伐組合は反異形勢力。言わば、レジスタンだ。君たちと組むことで確実に敵に回る異形も出てくる。
僕的にはレイヴィスの正体を明かして、異形全員を味方につけたが早いと思うけど、神様がそれを許さないだろうし、まあ、頑張ってね。
シムラトオルと合流できたら、後はエルゥラなり他の堕天使を探しに行って欲しい。
言っとくけど、“仕切り屋”とリリスカルラだけは殺さないでくれよ。君たちの計画だっておじゃんになるんだから。
わかってる? なら、いいけど。
クルはふうとため息をついた。
「では、健闘を祈るよ」
レイヴィスは頷くと、哀奈と宇宙に合図した。
「行くよ」
シムラトオル………どっかで聞いた名前だな?




