33話 〈人間街〉の協力者
レイヴィスは〈人間街〉を堂々と歩いていた。
哀奈はそんなレイヴィスを不思議そうに見つめた。
「どうして、普通なの?」
「やましいことがある時は、かえって堂々としていること。他人からしたら、こんな普通の異形が変なことしたとは思えないでしょ?」
「知ってる人に会ったら?」
「逃げる」
即答だった。
哀奈は真剣な表情で頷く。
それを見た宇宙はため息をついた。
「まあ、間違ってはいないけど」
独り言は二人には聞こえない。
レイヴィスを師匠にしてしまったら、哀奈はとんでもない異形になってしまいそうだ。
「どこに行くの?」
「とりあえず、新聞と食料かな」
「………はーい」
哀奈は食事を必要としない。故に、食料調達はあまり好きではないらしい。
申し訳ないとは思うが、こちらは食事が必要なのでやめるわけにはいかない。
「ここか」
新聞屋に声をかけた。
「新聞一つ」
「銅貨5枚」
「別の街じゃ3枚だったけど?」
「アンタら、外の連中だろ? 理解してねぇようだがな、今〈人間街〉は外の連中を排斥してんだ。売るだけありがてぇと思いな」
レイヴィスは無言で銅貨5枚を渡す。
「ここの人達は、皆んな天使派なの?」
「オレが天使派に見えるか? 正直、このまま商売できんならどっち派だろーが構わねぇな」
レイヴィスは新聞を広げた。
隣では哀奈が船を漕いでいる。
デカデカと“サバイバー”敗北の文字が見えた。
先日の〈暗所街〉での事件だ。一人のエルフに敗北して帰って来た“サバイバー”がいたと大きく報道されている。
エルフには懸賞金をかけている。
名前は、レイヴィス・ムネモシュネ。
「その記事………」
突然、声が降って来た。
白い鳥だ。レイヴィス同様、堂々としている。しかし、態度は体と同じく少し小さい。
はっとしたように頭を下げた。
「ごめん。知ってる名前だったから」
「知り合い?」
レイヴィスは彼の正体に気づく。
神速鳥のムルルだ。
レイヴィスも名前だけ知っているという程度で、直接会ったことはない。
ムルルもレイヴィスの名前だけ知っていたのだろう。
「そのエルフには、喧嘩を売らない方がいいよ。………君は同族だから売る気はないかもだけど。ほら、最近の裏町は同族意識が欠如してるからさ」
ふうと吐いた息がムルルル……と聞こえる。
昔からの特徴だが、どういう原理かはわからない。
「心配ありがとう。早速で悪いけど、私に協力してよ」
「いや、オレはそういうんじゃなくて。神派だけど、表立って争う気はないっていうか」
ムルルル………と鳴いて、しばらくして飛び上がった。
哀奈がギョッとしたように起き上がる。
「レイヴィス?」
「大丈夫」
「まさか、まさか……。レイ、ヴィス? 君が? あの、伝説の?」
「レイヴィス、伝説なの?」
「昔のお伽噺に出てくるだけだよ。勇者とか、英雄とか、色々な呼ばれ方してるけど、昔のことすぎて、覚えてる奴ほとんどいないの」
ムルルは体を膨らませて、恭しく頭を下げた。
「レイヴィスの頼みなら、従わないわけにはいかないな。オレは何をすればいいのかな?」
「…………情報収集。とりあえず、人間世界で討伐組合の拠点を探して来て」
ムルルは不満気だったが、大人しく飛び立った。
「冗談だったのに……」
「天使って異形になっても真面目なんだな。てか、レイヴィスは何者なの?」
「だから、昔の英雄だって」
エルフの寿命は長い。
そんなこともあるだろうと、宇宙は勝手に納得した。
☆☆☆
ムルルは人間世界をゆっくりと飛んでいた。
久しぶりに太陽の下を飛んだ気がする。悪い気はしない。これで、ようやく罪を償える気がした。
ムルルは風の女神に仕える天使だった。
天使には上級天使、中級天使、下級天使の三つの階級がある。
神に直接仕えることが許されているのが、上級天使。
故に、堕天使になるのも上級天使が多い。
というのも、中級天使以下は頭が良くない。ほとんどは罪を犯す能もないのだ。
ただただ命令を遂行することしかできないロボットのような存在だと、ムルルは考えていた。
むしろ、中級天使以下が堕天使になったのなら、そいつは本物の化け物以外の何者でもないのだ。
罪を償えたのなら、上級天使として神に仕えるべきである。
ムルルは、天使の中で最も速く飛べると自負していた。
【神速】のスキルは神から賜ったユニークスキルだった。ムルルだけが、このスキルを誰かに渡すことができた。
だが、それはしなかった。
それだけ、尊いスキルだったから。
ムルルの罪はスキルを出し渋ったことではない。
下界の生物に非道な行いをしたわけでもない。
ムルルはただ、救っただけだった。
魔界から迷い込んだ、哀れな獣を助けただけだった。
神は怒った。魔界は天界とは真逆の、不浄の地とされていた。
そんな場所に住む生き物と触れ合ったムルルを、神は穢らわしいと言い、堕天使にした。
しかし、彼の優しさを理解していた風の女神は、彼が愛してやまないスピードをそのままに【天堕とし】を実行したのである。
その結果が、神速鳥だ。
スキル【神速】は未だ健在であり、その速さは神を除けば未だにトップだ。
「嫌な風だ。血の匂いがする」
ムルルは羽ばたいた。
討伐組合というものは、反異形組織だろう。
ならば、見えるところにいるとは考えにくい。
ムルルは街灯の上に降り立った。
羽繕いをして体を休める。
「見て! 白い鳥さん」
人間の子供が嬉しそうに指差す。それを、親が咎めて申し訳なさそうにこちらを見つめる。
ムルルは一礼して、子供に頷いた。
子供は嬉しそうに目を細める。
周りには警官と思わしき異形が多く歩いていた。
目障りだ、と心の中で呟く。
レイヴィスは賢い。こんなところに、エルフやリッチがいたら怪しいに決まっている。
迷い込んだ野生の異形に見えなくもないムルルなら、ある程度の自由がきく。
「討伐組合………強者の集まりだろうか」
そこで、ムルルは視線に気がつく。
男だ。二十代半ばを過ぎたあたりだろうか。髪を金色に染めてタバコを咥えている。顔は少し幼く感じるが、黒いパーカーに、耳に輝くピアスは酷く不気味で、背中に背負う鉄パイプ型の魔法道具は彼の強さを表していた。
『ついて来い、鳥』
そう口が動いた。
ムルルはすっと飛び立つ。
(本当に人間か? 異様に速いな)
スキルだろうか。
恐ろしく人間離れした男だ。
男は路地裏の奥まで来ると足を止めた。
「お前は、堕天使か?」
「オレの名前はムルル。貴様は?」
「…………シムラトオル。仲間からは、オルトと呼ばれている」
ムルルは顔を顰めた。
何故、彼は本名で呼ばれていないのだ? 真名こそが、この世で最も尊い言葉であるべきなのに。
「不満そうだな、堕天使」
「ムルルだ」
オルトはポケットから指輪を取り出した。
指定したものを消すことができる魔法道具だ。こんな人間がホイホイと所持していいものではない。
「お前、それをどこで」
「こういうのを作るのが得意な奴がいんだよ。ドワーフっていうのか? 金を渡せば何でも作ってくれるぜ?」
ムルルは絶句する。
人間が、異形と対等に取引したというのか? 不可能だ。異形は人間を奴隷や食料としか見ていない。
つまり、この男は暴力で力自慢のドワーフを捩じ伏せたのだ。
「お前は、神派か?」
「派閥に所属しなきゃいけないんだったら、俺らは確実に神派だな」
指輪が輝いて、何もない壁から扉が現れる。
「話がしたいのは俺達も一緒だ。取引しようぜ、堕天使」
「オレは、とある異形から依頼を受けて貴様を訪ねた。詳しい話は彼女を交えてからにしたい」
オルトは残念そうにため息をついた。
「わかった。明日のこの時間、この場所に案内して来い。それ以外は待てない」
「待てない? 何かあるのか」
「俺達は“サバイバー”に追われてる。あさってには拠点を移すんだよ。拠点を移したら、次は会えるかわからない」
どうやら、彼らと取引しているドワーフは通信の魔道具は作れないらしい。
「了解した。彼女と会えば、貴様らも怯えなくて済むさ」
「勘違いするな。俺達は怯えてなんかいないさ」
オルトは断言した。
「俺達は、無意味に人を殺したくないんだ。同族殺しは、神の定めた罪なのだろう?」
ムルルは頷く。
そして、確信する。
オルトは、味方である。そして、恐ろしく強い。
そう、彼は遠回しにこう言ったのだ。
『俺なら、“サバイバー”を殺せるぞ』




