29話 古参と新入り
私は三人を順番に見た。
相手と数は同じだが、それでいいというわけでもない。
当然、相手の方が実戦経験は豊富だろし、スキルの扱い方だって上手だろう。
「あの人達、知ってる?」
ゼールが遠慮がちに頷いた。
「僕、知ってます。有名選手だから」
「なら、オルトと琴音はゼールの指示に従って。ゼールだけARマシンをつけて。二人は無しでいこう」
二人は頷いた。
ゼールは二人のクールタイムも確認しながら回避盾をしなくてはならない。
我ながらスパルタだ。
死なない試合で死ぬほどやる気をだせば、本番でも慌てることはない。
本番は私が指示を出す。
やることが一つ減るだけで、周囲の見え方も変わる。
まあ、いい機会だろう。
「僕に、できますか」
「私はできない人に頼み事はしない」
「…………はい」
ゼールはオルトと琴音を見た。
「はじめてなんで、お手柔らかに!」
「おう!」
「はい!」
私はA級冒険者を見てニヤリと笑った。
☆☆☆
ゼールは息を吐いて敵を見た。
相手は有名選手だ。
つまり、スキルや戦い方のクセがバレている。
相手のタイミングで、こちらは戦えばいい。
簡単だ。相手はこちらを知らない分、こちらの流れに持っていける。
「行くぞ! 【ファースト」
「オルト、バックから通常!」
「アタック】!
ゼールは冷静にかわす。
軽く跳んで、後ろのオルトに交代した。
A級冒険者はオルトの鉄パイプに思いっきり叩かれる。もちろん布が巻かれているので、脳震盪だけで済んだ。
「下がって」
「了解」
敵は既に一人減った。
そう思った。
「【ヒール】」
倒れた冒険者が起き上がる。
「よくやってくれたなクソガキ」
「………オルト、突っ込んで。僕が合わせる。琴音は援護」
オルトが走り出す。
それにゼールが続いた。
「【神秘ノ光】」
琴音のスキルで自信がついた。
ゼールは前を張る。自分は攻撃ができないから。何度そのことで冒険者を辞めようと思ったことか。
「【ガード】!」
「【貫通】!」
敵の【ガード】にすかさずオルトが反応する。
【ガード】を貫通して攻撃が当たる。
今度は前よりも確実に。相手には、【ヒール】を使わせない。
「チッ! 【ファイアボール】!」
「【リフレクト】!」
相手のヒーラーが攻撃を仕掛けて来た。
これを狙っていた。敵のヒーラーがメイジであることも理解していたからだ。
相手は有名選手。
よく見ていた。憧れだった。
だから、よく知っている。スキルも、戦い方のクセも。こういう時はどうするのかも。
【ファイアボール】が跳ね返る。
回避盾に相応しい戦い方だ。ゼールには、一番合っている。
「オルト!」
「了解」
オルトが鉄パイプを振り上げる。
「【追撃】!」
「【ブロック】」
【ブロック】は、自分の耐久を上げる【ガード】と違い、味方の耐久を上げる。
モンスター相手にはもちろん、人間相手にも有利だ。
このスキルをちらつかせるだけで敵は警戒するし、諦めもする。
敵も諦めたようだ。
軽く手を挙げる。
「………降参だ」
屈辱だったのだろう。
唇を噛んでいる。
「ナイスです、ゼール」
「優希さんの言った通りだったな」
「初めてでしたが、問題無かったですか?」
ゼールはビクつきながら言う。
そんな態度も、相手は気に入らないのか睨んでくる。
対照的に、周りの観戦者の盛り上がりはすさまじかった。あちこちで歓声や拍手が聞こえる。
優希が歩いて来た。
何かあったらしく、真剣な顔をしているが、ゼールの顔を見た途端に笑顔が溢れる。
「私が見込んだ通りね」
「………僕でも、“ダンジョン”ボスと戦えますか」
「当たり前でしょ」
「それじゃあ、ロビンもまた会いに来てくれますかね」
優希がふっと真顔になる。
「ロビン・フッドは会いに来ると思う」
「本当ですか?」
「けどまだまだ先になるかな」
「どうして」
「ロビンは間違いなく、第46層ボス、ロビン・フッドの亡霊だよ」
オルトと琴音の表情が真面目なものになる。
ゼールは息を呑んだ。
敵かもしれないのか? あんなに優しかった人が?
「敵なんですか?」
琴音が聞いた。
優希は首を横に振った。
「敵ではない。味方かどうかもわからないけど」
優希は言う。
「ロビン・フッドは強い。そして、優しい天使だったんだと思う」
だって、ゼールを助けたんでしょ?
ゼールは頷いた。
彼女は優しい人だった。
もう一度会いたい。
☆☆☆
私はゼールを引き連れて、会場にあるフードコートに座った。
どうやら、A級冒険者以上は無料になるらしい。
「うーん、この“ふわふわ魔物パンケーキ”っての気になるな」
「いえいえ、この“ちょっとエルダーリッチなパフェ”も美味しそうですよ」
「待て待て。この“ミノタウロスの最凶ステーキ”も捨てがたいだろ」
「ツッコんで欲しいみたいですけど、ぜっっったい、嫌ですからね」
ゼール、わかってるな。
そもそも、メニュー表にはそのような料理名は書かれていない。
「じゃ、皆さんはそれでいいんですか?」
「ゼールは食べないの?」
「僕はE級冒険者なので、お金が……」
私はため息をつく。
「好きなの選んで。子供は遠慮しない」
「………はい。じゃ、このスペシャルハンバーガーで」
「一番高いやつぅううう!!!!」
図々しいな!
ノリが良いだけなのか? それとも、私をツッコミにしたいのか?
「スタッフさーん」
オルトが気を利かせてスタッフを呼んでくれた。
スタッフは私達を見ると目をキラキラと輝かせる。
「工藤優希さんに、オルトさんと琴音さんまで!? さっきの試合見てました! これからも頑張ってください!」
ゼールはうんざりとした顔をした。
こういうやり取り、好きじゃないんだろうな。
よく見たら琴音やオルトも同じ顔をしていた。こっちは聞き飽きたって感じか。
「注文いい?」
「あ! はい!」
私は三人を見る。
「あんまり、そんな顔をしちゃダメだよ」
「優希さんは、平気なんですか?」
「何をもって平気とするのかは、よくわかんないけどさ」
私はメニューを閉じて、元の場所に戻す。
リヴァドラムは机の上でスタッフを目で追っていた。
「私達冒険者はね、非日常の中にいる英雄なんだよ。愛想良くするのも一流冒険者の仕事だよ」
「優希さんは、そうやって割り切ってるんですか?」
「…………昔、そう言われただけだよ」
「誰に?」
「憶えてないんだ」
ずっと昔のことのようにも、本当に最近のことのようにも感じる。
“ダンジョン”を攻略した後だったが、それよりもずっと前に聞いた話でもある気がするのだ。
一つ言えるのは、彼女はおそらく………。
「ねぇ、ロア」
「どうした?」
人前ではあまり話したくないのか、周囲を気にしながら答えてくれた。
「裏町って、路地裏ダンジョンみたいなところある?」
「〈暗所街〉か?」
「えと、高いビルがあるのに入れるのはせいぜい3階までで、〈三番通り〉には貧乏人の露店が並んでる」
「〈暗所街〉で間違いない。どうして知ってる?」
待て待て待て!!
裏町なんて言ったことないぞ!
だだ、彼女に会ったのは間違いなくあそこだ。
確か、路地裏で迷って一人で泣いていたんだ。
そう。11歳くらいの時だ。
「……〈暗所街〉はお前も言った通り、貧乏人と旅人とアンデットが多く住み、人間は特に餌として売られている。俺も昔はよく居座っていたが、人間のお前が生きていける場所ではないな」
「そうだよね。…………?」
「どうした?」
私、11歳の時に行ったことがあるって。
でもおかしいじゃないか。
私が11歳の時はまだ、“ダンジョン”の中にいたはずだ。
「まさか………」
〈暗所街〉はアンデットが、多い場所。
『こんなとこで、何してるの』
『わからない。ここは、どこ?』
それは痛くて辛くて、悲しい記憶。
彼女は私を憐れんで、助けてくれようとした。
だけど、私は言ってしまったんだ。
『もう一回、みんなに会いたい』
『会えないよ。今の世界じゃ』
彼女は凄い人だった。
『どうしても会いたいなら、世界の終わったその時に、もう一度会いにおいでよ』
『一人は嫌だよ。お姉ちゃん、ずっといてよ』
彼女は優しい人だった。
「思い出したかも………」
「は?」
「裏町への行き方。私が、出会った人達のこと」
〈暗所街〉は天使や神を嫌っていた。
もしかしたら………。手伝ってくれるかもしれない。
彼女達なら、ロアの言っていた【記憶保存】だって持っていてもおかしくないわけだし。
「行こう!」
「キュア!」
料理が食べられないことを悟ったリヴァドラムは不機嫌そうに、しかし、嬉しそうに鳴いた。
次回、新章スタートです!




