27話 話し合い③
「次は、私ですね」
琴音が呟く。
「お願い」
「私はラグナロクという天使に会ってスキルを貰ったのですが、気になることを一つ言ってて」
どうやら、近いうちに電車が来るから、乗り込めと言ったらしい。
電車、電車ねえ?
「それってさっき言ってたヴィーガじゃないのか?」
「私もそう思ったんです」
琴音も頷く。
やはりそうか。
「でも、乗り込んでどうするんだ?」
私達は首を傾げて、ロアを見た。
「“二周目のサバイバー”を斃すなら、仲間を集めないとな」
「世界を旅して皆んなを迎えに行けってこと?」
「仲間………。そういえば、盾役いませんよね」
盾役?
「盾役とは」
「「は?」」
ガチめの「は?」入りました!!
「そう言えば、盾役って最近ですよね」
「確かにな」
二人して納得すな。私にも話せ。
「盾役っていうのは、モンスターの攻撃を受けて後衛を有利にさせる役職のことですよ」
「ゲームでいうタンクのことか」
「そうです」
盾役ねえ。
防御系スキルがあって務まるものでもなさそうだ。
「もちろん、死亡率は一番高いので、なりたがる人は少ないですけど」
ふむふむ。
それはそれは。
「一番強い盾役は?」
「えーっと、アメリカのフランカーじゃないか?」
「そうですね」
見せられたのは、筋骨隆々の黒人男性だ。
なるほどねえ。
「探そう、盾役」
「おお」
「ただし」
私は攻略庁のホームページを開く。
そこに現れたのは『第5回日本冒険者選手権』の文字。
「ここで、見つけるよ」
「は?」
☆☆☆
「何を考えてんだろ、あの人」
帰り道で琴音はそっと呟く。
「確かになあ」
日本冒険者選手権は、冒険者の世界ランクを決める世界大会の日本代表を決める大会だ。
それぞれのランクから一名を選び、世界大会へと送り出す。
S級の工藤優希の出場は決まっており、A級以下は希望者だけの参加となる。
多くは観戦者で、大会に出る人数は多くない。
「出場してるやつが強いなんて限らないのに」
「大会のために冒険者やってる人もいるからね」
二人は同時にため息をつく。
どうも、わからないことが多すぎる。
☆☆☆
「へ?」
駆け出しのランクである、E級冒険者のゼールは突然吹き飛んだ味方の頭を眺めた。
ここは“Japan012”。
駆け出しには丁度いい難易度のダンジョン……のはずだ。
味方が散り散りに逃げて行く。
ゼールだけはただ立っていた。
この場には誰もいない。
では、何故彼は死んだのだ?
高校生活が上手くいかず、冒険者なら活躍できるかもと部活仲間を誘って結成したパーティーだった。
そろそろランク昇格できるところだった。
「誰だよ、そこにいるの?」
誰もいないのか?
すると、仲間が逃げていた方から悲鳴が上がる。
ゼールは無言で、スキルを使用した。
パーティーとしての生存能力は皆んなが散り散りになった時点で0だ。
ならば、自分だけ生き残ろう。
どうせ、駆け出しに自分じゃ倒せる相手ではない。
情報を持ち帰って、攻略庁に売って、金にすればいい。
「【ミステイク】」
ゼールは息を潜めて近くの物陰に隠れた。
「ふう、これで全部かな?」
「!!」
現れたのはテレビで観たことがある響木奏と、本で見たことがある確か。
“First001”第12層ボス、リトルゲッコー。
「そうだな。それで、お前が気になっていたやつはいたか?」
「それがいなくてさぁ? どうしてだろ?」
「知らない。大体、お前は人の顔を覚えないだろ? もしかしたら、殺しているかもしれない」
「そうかもね。それにしても、呪いもいらないなんて弱っちい人間だなあ」
ゼールは震える体を押さえつけた。
何故だ? どうしてだ?
どうして、S級冒険者がボスと仲良く話している?
そもそも、響木奏は死んだのではなかったのか?
「帰るぞ」
「そうだね。はあ、納得いかないなぁ」
リトルゲッコーは立ち去って行く。
気づかれなかったのは、ゼールのスキルのおかげか、彼らがたまたま見つけられなかったのか。
ゼールは15分ほど経ってスキルをといた。
「見つけた」
「びぎゃっ!?」
ゼールはギョッとして隣を見る。
黒いフードをまぶかに被った小柄な少女。フードの奥にうっすらと光る青い瞳が見えた。
背中には弓があるので、弓使いだとわかる。
「誰だ? あいつらの仲間か?」
「違う。私は味方」
ゼールは目を細める。
本当だろうか?
「名前は?」
「………ロビン・フッドだ」
「あ?」
冒険者だろうか?
それにしても、“ダンジョン”のボスの名前を冠するとはよほどの恐れ知らずか、ただの馬鹿だろうか。
「僕はゼール。見ての通り、死に損ないさ」
「…………実力だと思うけど」
ロビンはさっとフードを下ろした。
ゼールはあまりの美しさに動きを止める。
さらさらの黒い髪が、ゆっくりと舞い降り、彼女の身体を包み込む。
同時にふわっと甘い香りが漂って来た。
「ロビン」
「どうした?」
「いや、何で響木奏は生きてるの?」
「死んでないからでしょう?」
ロビンは当然のように言う。
ゼールは慌てて首を振った。
「ニュース見てないのか?」
「にゅーす?」
「響木奏は世間では死んだことになってるってこと」
ロビンは顎に指をつけて腕組みをした。
その動作さえもゼールには天使のように見えた。
「ロビンって、天使みたいって言われない?」
「天使、みたい?」
「そう。とっても綺麗だからさ」
ロビンは何故かフードを被り直してしまった。
ゼールは残念に思ってため息をついた。
「天使“みたい”って言われたのは、初めてかな」
「ホント? でも、どうしてフードを?」
「昔………大切な人から貰ったんだよ」
ゼールはその声に落胆した。
どうやら、ゼールにチャンスはないらしい。
その一言でわかった。
ロビンには、他に好きな人がいるようだった。そして、おそらくその人は、もうこの世にはいないのだろうと言うことも。
「そっか。大切なものなんだね」
「うん」
ゼールはダンジョンの入り口に着くと、ロビンを見た。
「一人じゃ心細かったし、助かったよ。ニュースも知らないんじゃ、どうせ携帯なんか持ってないよね?」
「けーたい……」
ゼールは肩をすくめる。
「じゃ、僕はこれで。また会えたら、話そうね」
ゼールを見送ったロビンは、ほてった体をそっとさすった。
「良かった」
まさか一人で生き残れるとは思わなかった。
事と場合によっては響木奏と戦闘も辞さないつもりだったが、どうやら杞憂だったようだ。
「くぅ?」
ロビンの影からそっと一頭のシャドウウルフが出て来た。彼女の使い魔である。
「平気」
ロビンはそう言うと、歩き出す。
「まだ見つかってないし、後はどう合流するか、よね」
「う?」
シャドウウルフが足を止める。
鼻を使って辺りを嗅ぎ始めた。
「誰だ?」
ロビンは後ろを振り返る。
響木奏だ。
「冒険者か? 珍しいモンスターをテイムしているな」
「ありがとう。そう言う貴方は私に何の用かしら?」
「もちろん」
響木はマスケット銃を取り出した。
「冒険者は少しでも減らしておく」
ロビンはニヤリと笑う。
気づかれていない。それもそうだ。
「そう。さよなら」
ロビンは走り出す。
響木はすかさず追いかける。
ロビンは角を曲がった所で、裏町への扉を開けて中へ入った。
「追って来てないわね」
「がう」
「ありがとう」
ロビンはため息をつく。
昔、人間が好きでよく人助けをしていた。
人間を下等種と考えていた彼女の神は、彼女を堕天使として堕とした。
堕天使としての翼を切り落とし、得意だった弓を携えて冒険に出たのはいい思い出だ。
彼女に再び声がかかったのは、堕天使になってから二千年以上の月日が流れた時だった。
神が創る“ダンジョン”のボスとして挑戦者のクリアを阻止して欲しいというものだった。
もし成功すれば、願いを叶えるとも言われた。
ロビンには、もう一度だけ会いたい人がいた。
だから、引き受けた。
「ホント、私って馬鹿よね」
くだらないゲームに付き合わされた。
ロビンの会いたい人には、いつだって会えたかもしれないのに。
ロビンを堕とした神は、こう言った。
『強い堕天使を集めよと言われたが、我は賛同できぬ。無闇に人を殺すべきではない。お前が正しかった。お前のおかげで我を信仰する者が増え、今ではかなりの力を持てた』
ここで断ると、神の立場が少なからず落ちると思ったロビンは引き受けることにした。
“願いを叶える”ことにも興味があったし都合がいいと思った。
結論から言うと、ロビンの神は“ダンジョン”反対派である。
司る属性は【平和】。
そんな立場もあり、ロビンも最初は本気でいくつもりだった。
そんなこんなで、攻略に失敗させることに成功した。
しかし、ここで物語は終わらない。
創造神は、ボス達にこう告げた。
『よくやった。神殺しの才能を持つ愚かな人間を駆逐することができた。だが、全て殺したわけではないな? よって、貴様らの願いを叶えることはできない』
激昂した堕天使の多くは、その後サバイバー側に付き、神を未だ慕っていた【神聖】【平和】【精神】【生命】などのいわゆる“穏便派”の神の堕天使達はひっそりと生きることにしたのだ。
だが、サバイバーは危険分子としてそんな堕天使達を殺しに来た。
ロビンは持ち前の逃げ足と経験で逃げて来た。
「さてと、そろそろ合流しますか」
ロビンは立ち上がる。
シャドウウルフもそれにならった。




