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「…エレノア、これはどういうことか説明してくれるか?」
姉さま発言と、私とオーランドを見比べた結果、状況を理解したのだろう。詳しい説明を求めるサミュエル様に、改めて弟、オーランドを紹介し、私たちは深々と頭を下げ、謝罪する。恐らく、私の顔は真っ青であっただろう。寝起きで頭も働かないし、カーラの姿が見えないところを見ると、どうやら嵌められたようだ。
頭上でため息が聞こえ、もう遅いし、ラファエルの寝る時間だから、今日は帰ろうとサミュエル様が言う。
おろおろとするオーランドとセシルを残し、私たちは屋敷へと戻る。サミュエル様は何も言ってくれないが、繋いだ手は温かい。この手を離したくなかった。
◆◆◆
詳しい説明を受ける。エレノアが暴挙に出たのは、そもそも俺が悪い。あんな契約など結ぶからだ。だが、あの契約がなければ、エレノアと出会えなかったわけで。エレノアが伯爵家から逃げるためには必要だったわけで。あぁ、もう!複雑だ!
立ち上がり頭を深く下げ、謝る彼女を俺はそっと抱きしめた。久々に感じるエレノアの体温、エレノアの香りに、俺の心は落ち着く。なのに、エレノアときたら、不穏な台詞を吐き出した。
「サミュエル様のお心を傷つけたのだから、離縁も致し方ないと思っております…。ですが、せめて、ラファエルがもう少し大きくなるまで、側にいさせてくれませんか?」
離縁?あり得ない!エレノアは俺と離縁しても平気なのか!?俺はこんなに愛しているのに!離縁などするものか!ラファエルラファエルって、最近はラファエルのことばかりだし!てか、ラファエルだけではなく、エレノアの子がたくさん欲しい!!と、思わず心の声をそのまま口にしてしまった。
ラファエルにまで嫉妬していることを、思わず言ってしまい、恥ずかしくて居た堪れなくなったが、俺の腕に抱かれたまま、エレノアは何も言わない。痺れを切らし覗き込むと、顔を真っ赤にしていた。
見られたくないのか、慌てて俺の胸に顔を埋めるエレノア。可愛い。思わず頭を撫でていると、小さな声で呟く。
離縁したくありません、サミュエル様をお慕いしております。と言ってギュッと俺に抱きつく。一瞬、幻聴かと思った。俺の希望が、妄想となって形にしたのかと思ったが、この温もりは本物だ。
耳まで真っ赤にして、ようやく俺への気持ちを口にしてくれた。俺が何を言っても、いつも微笑むだけであったのに。エレノアの中でも何かが変わったのだろうか。もっと聞きたい、もっと言って欲しい。
俺は感激のあまり、夢中でエレノアにキスをする。久しぶりのエレノアだ。たまらず、彼女を抱き上げ、主寝室へと運ぶ。驚きと恥ずかしさから抵抗する彼女を無視し、すれ違いざま、カーラに明日にでもエレノアの部屋を、東棟から主寝室のある本館へ移動するよう指示を出す。そう、夫婦の寝室だ。
主寝室のベッドに下ろし、今は昼だの、仕事がだの、ラファエルがだのと五月蝿い口を塞ぐ。エレノアに触れなかった数ヶ月を取り戻すように、俺はエレノアを味わった。
彼女に伝わるように愛を囁く。彼女からも愛を返してもらう。あの契約は破棄し、新たに夫婦の約束をする。どんな約束かは2人だけの秘密だ。
◆◆◆
「ふぇー!ようっやく修まるところに修まったわぁ!」
家具やドレスを移動させながら、私は盛大に溢す。
「しっ!まだ寝室でお休みになられている!聞こえるぞ!」
「なによ!ロバート!あなただって、ずっと気を揉んでいたじゃない!2人とも思い合っているのに、もどかしいって!」
「そうだけど…」
「そもそも奥様だって、愛人を追い出したいほど、本当は旦那様をお好きなのに、なかなかご自分の気持ちに気付かれなくて、やきもきしたわぁ!そのうち、意味わからないことしだして、旦那様とすれ違うし!」
「おまえ、あの日、何かしただろう。」
「いやーねぇ、人聞きの悪い。お疲れのようだから、少し寝付きのよくなる薬をお茶に混ぜただけよぉ!奥様に起こすように頼まれていたけど、旦那様のお迎えやら、なんやらしてたら、時間が過ぎてしまったのよねぇ。旦那様も奥様が帰ってこられなくて不安そうだったから、私も心配って言っただけよぉ。本当に旦那様って単純なんだから。」
やはり、カーラが1枚噛んでいたか。この女は策士だ。言葉巧みに人を追い詰める。そんな私も被害者の1人だ。被害者と言うと怒られるが。私の愛する妻、カーラ。この女だけは敵に回さないでおこうと改めて誓う。
◆◆◆
「エレノア様は大丈夫でしょうか?」
「んー、大丈夫じゃないかなぁ?あの様子だとスペンサー様に愛されているみたいだし、俺を睨む目なんて、今にも間男を殺しかねない目だったよ。んー、それよりも今は俺に集中してよ。」
エレノア様と同じ瞳を持つこの方は、今、私を後ろから抱きしめている。仕事を一緒にするうちに、4つも下の少年に絆されてしまった。
「俺ももうすぐ18だし、商会長になったし、そろそろ姉さまに言ってもいいだろ?」
「で、でも、シュナイダー家がなんというか…。」
私は幼い頃から、伯爵家の侍女として働いていたから知っている。この瞳がシュナイダー家の証だと。
「何度も言ったろう?俺は平民。セシルのことを愛する1人のオーランドだよ。」
「で、でも、4つも上だし…。」
「それを言うなら、俺が4つも下なんだよ。早く大人になりたかった。どんなに勉強しても子どもだと相手にされないし、セシルにも相手にされなかったし。君が商会に来てからだから、3年か?3年も片想いして、やっと実ったんだから、いい加減素直になってよ。」
と言って、つむじにキスする。17の彼に翻弄されているが、20になろうと30になろうと、一生翻弄されている気がする。
少年から青年へとなる18歳に指輪と家をプレゼントされた。あれよあれよと離れから引っ越し、エレノア様の侍女は退職扱いで、私の逃げ道は既になく、外堀は埋められていた。
オーレノアは成長し、スタッフも増えた。私も子育てのため、仕事を離れる。エレノア様も時々様子を見に来ては、相変わらず見事な刺繍のデザインを卸していく。ますます綺麗になっていく様子に目を細める。スペンサー様と仲睦まじい様子が窺える。
オーランドに呼ばれ側に寄る。私の顔を見るとキスは欠かさない。不遇な幼少時代を過ごしたお2人が、これからも愛で満ちますように。
終わり




