オリエンテーション合宿開始
青葉二高には入学早々オリエンテーリング合宿という行事がある。
高校一年生対象で一泊二日、県内の宿泊施設に学年全員で泊まり、イベントを通じてお互いの絆を深めることが目的であるという。
一日目にはオリエンテーリングや座学のグループワークがあるし、二日目には大縄跳び大会なるものもプログラムに書き込まれている。
班分けは教師陣の方で行ったらしいので、生徒の意思の介在はない。
明日の合宿に向けて、俺はアイリさんとともに荷造りを行っている最中だ。
「なあアイリさん」
「何かしら?」
アイリさんは二年生だから参加しないが、俺の手伝いをしてくれている。いや、俺がこういうことに疎いからか、ほぼアイリさんが一人で荷物をリストアップしてチェックしてくれていた。
「なんか違くない?」
「何がかしら?」
「いや、俺この前屋上でヤンキー女子とお知り合いになったって言ったよな?」
「ええ、言ったわね」
「俺が先生を助けたところを見て興味を持ったって言ってたけどさ、普通あそこで待ってるのって、助けてもらった人じゃねえ?」
「つまり佐伯先生ということね」
「そうそう。美也子がてっきり待ってるモンだと思ってたから、俺もどうやって断ろうか心身を労してたんだよ」
「どうして告白されること前提なのかしら」
「そりゃあ、アレだよ。俺ってカッコいいし頭もいいからさ。てか、テスト返却の時めっちゃ笑顔で俺と目ェ合わせてきたし、ゼッテェ惚れてるな」
「おめでたい頭ね」
アイリさんは俺のTシャツを広げ、綺麗に折りたたんで宿泊用のボストンバッグにしまった。
* * *
翌日、7時学校集合に間に合うように到着すると、すでに校門には初々しい一年生軍団が整列していた。
クラスごとに並んでいるようだったので、A組の列を探していたが、困ったことに俺はまだクラスメイトの顔を全然覚えていないので何が何やら全く分からない。目印であるはずの渡辺・佐伯両先生は別の場所で先生同士固まって談笑している。
聞きに行くのもなんか恥ずかしかったので、俺は「誰かと待ち合わせしてるんですよ」という雰囲気を出すために校舎の支柱に寄りかかってスマホをいじり始めた。
「あれ、敬くん?」
見慣れた声が聞こえたので顔を上げると、ブレザー姿の撫子が重そうなリュックサックを背負って立っていた。
「撫子か。おはよう」
「おはようございます」
にっこりと笑って一礼されたので、俺も慌てて頭を下げる。
「敬さんはここで何をされていたのですか?」
「ああ、それがな。A組の待機列がどこなのか分かんねェんだよ」
「でしたら、あちらだと思います」
撫子が指さす先には、まだ他と比べて人が少なめの列が伸びている。彼女が言うのであればそうなのだろう。
最後尾に加わって腰を下ろすと、隣に撫子がリュックを降ろした。ふう、と一息ついている。それさえお上品でなんか……かわいいね。
「重そうだな」
「はい。お母様が心配性で、いろいろ持たせてくれたんです」
撫子は俺のボストンバッグを見て、
「敬くんの方は、軽そうですね」
「ん? ああ、まあな。潜ってきた死線の数が違ェんだよ」
さくらは目を丸くした。
ややあって、けいちゃんと弓月さんの二人組が荷物を抱えてすぐ後ろに並ぶ。けいちゃんは俺と同じようなボストンバッグで、弓月さんは部活で使ってそうなエナメルの肩掛けバッグ一つだ。
「おはよっ、二人とも」
「おはよー」
二人の挨拶に俺と撫子も返す。
いや、それにしてもよかった。撫子がいるだけまだマシだが、前後を親しくないクラスメイトに挟まれると窮屈だ。今の俺なら会話くらいできるかもしれないが、はかいこうせんを撃った後のように一回行動不能になること請け合いである。俺がピクピクしてるうちにバスは発進してしまうだろう。
「二人は一緒に来たのか?」
「うん。待ち合わせしてね」
弓月さんが、チェック柄の短いプリーツスカートを折って座る。なんかエロいな。主に太ももが。
「あたし楽しみで全然眠れなかったよ~」
そう言うけいちゃんの目の下には、うっすらと隈が浮かんでいるような気がする。まあ気持ちは分からないでもない。俺はあまり乗り気でなかったのでたっぷり2時間も眠ったが、彼女らのような活発な人種は、今回のようなイベントごとには目がないだろう。微笑ましいものだ。
ASYのガールズトークが花開き、俺がどうにかして弓月のスカートの中の秘密を見れないものかと首の角度を変えまくっているうちに、校門を通ってマイクロバスが進入してきた。計7台、1クラスごとに1台を使うのである。
俺は20番目くらいに乗車して、二人掛けの席の窓側へ行くと、隣に撫子が腰を下ろしてきたのでびっくりした。
「隣、お邪魔します」
「あ、ああ……いいのか? 友達と一緒に座らなくても」
「ふふっ、今日は敬くんと仲良くなると決めたのです」
「そ、そうか……」
そんなことを言われると思わず好きになってしまいそうだ。
「そうだ敬くん。わたくし、トランプを持ってきましたの」
撫子は透明なプラスチックケースに入れられたトランプを取り出した。
「つっても、二人でトランプって何すんの?」
「えーっと……」
撫子は困ったように頬に人差し指を当てた。どうやら彼女の中でトランプで遊ぶことだけが決まっていて、何をして遊ぶかまでは考えていなかったようだ。お嬢様に天然属性が加わった彼女は、このライトノベルがすごい!キャラクター女性部門人気投票で3位に食い込めそうなほど男心をくすぐる。
「あ、ならわたしたちも混ぜてよ」
そう言って前の席から座席越しに顔をのぞかせたのは、弓月さんとけいちゃんだ。彼女らは偶然か必然か、俺たちの席の前に座を占めていたらしい。図らずもバス内で敬ガールズの布陣が形成されている。
「じゃあ、ババ抜きでもするか」
俺が最も無難な選択肢を示すと、全員賛成の旨を表明した。
ババ抜きを繰り返すことしばし、バスは目的地の宿泊所へ到着した。ちなみにババ抜きはいつも撫子がビリッケツだった。彼女はポーカーフェイスが苦手らしい。
バスから荷物を降ろして整列し、先生の指示を仰ぐ。クラス別に部屋割が発表され、俺は3階の二人部屋に収監されることが決定した。
相方は鈴木くん。眼鏡をかけた無口な生徒で、喋ったことはない。
プログラムでは昼食後にオリエンテーリングということになっているので、急いで部屋に荷物を置き、ジャージに着替え貴重品だけ持って食堂へ急ぐ。
昼食はバイキング形式で、俺は空腹だったので多めに量を盛ったが、いざ食べてみるとなんだか味気なく感じた。アイリさんの手料理が早くも恋しくなった。今頃、あちらも昼休みだろうか。主人の俺がいない間は、彼女にもうんと羽を伸ばしてほしい。
そしてオリエンテーリング。
事前に教師が分けた班の集合場所へ行く。俺は3班だ。すると、そこには見慣れた金髪の見慣れたヤンキーガールがいた。
「あ、アンタ」
「久しぶりだな、わが友よ」
鬼島龍姫は学校指定の青いジャージに身を包み、腕と脚の裾をまくっている。ヤンキーにジャージって、やっぱり王道の組み合わせだよな。ドンキにいそう。
「お前、こういうイベント来るんだな。フケるかと思ったぜ」
「お父さんとお母さんがうるさかったんだよ」
「お、おお……」
お前、その見た目で自分の両親のことお父さんお母さんって呼ぶのか。育ちの良さが隠しきれてないぞ。
鬼島の隣には偉いガチムチの短髪男子が立っている。俺が目を合わせると、
「高杉ってんだ。よろしくな」
と手を差し出す。なんとなく、コイツが今回のグループの中心になる気がする。
「進藤だ。よろしく」
俺が手を握り返してシェイクハンズし、放そうとする。が、向こうに手をがっちりつかまれて放すことができない。
「あ、あの……」
「お前……手すべすべだな」
そう言って、高杉が俺の手の甲をつつうと撫でる。
背中に寒気が走った。
コイツとはあまり深い関係にならない方がいいのかもしれない。
その隣にいたやつも高杉と似たようなガチムチの巨漢で、自らを大木と名乗った。俺が頭を下げると、彼は俺の顔を凝視して「……お前、かわいい顔してるな」と真顔で言ってきた。この班にはヘンな奴しかいないのだろうか。
男子三人と女子四人の内訳で、鬼島の他にも三人の女生徒がいるが、彼女らは俺たちとかかり合いにならない方が良いと考えたのか、挨拶を済ませた後はずっと三人で喋っていた。正しい判断だと思う。