二人目の勇者
「魔王様は最初に挨拶をした次の日に、ナーガさん達と塔を歩いているのを見た後、それ以降は書庫に籠ったままで姿を見せないのだが、なにをしているのだろうか……?」
「別の世界から来たというから、きっと、この世界のことを勉強しているのよ」
「後でひっそりお菓子でも持って様子を伺ってこようかしら?」
「いや、それはやめた方がいい……」
「どうして……?」
「怖い怖い闇騎士がドアの前でずっと仁王立ちしているんだよ。あれじゃあ、だれも気軽に魔王様に近づけた物じゃない」
「一日ずっと一緒だなんて、魔王様はさぞかし大切にされているのね」
そんな話が魔獣たちの間で噂になっていた。当の本人はというと、書庫にある沢山の歴史書から月に関する資料を探して読んでいた。どうやらこの世界の月は、私がいた世界と同じ周期を繰り返すらしい。ならば、おそらく紅い月というのは、地球と月と太陽が一直線に並ぶ、ブラッド・ムーンのことだろう。
「ちょうど私がこの世界に来た日が満月だから、次の満月には一カ月くらい時間はあるわ」
この世界の月の周期を知りたいとナーガに聞くと、ナーガは地下の宝箱庫からペンダントを持ってきてくれた。
ペンダントを月にかざすと遠くからでも月の満ち欠けがすぐわかる。凛はペンダントを首から下げると窓から見える月と重なるようにペンダントをかざした。
塔から見える外の風景と肌で感じる体感から、今が元の世界で言うところの、どの季節なのか、だいたいのめあすはついたけれど、それでも紅い月についての確実な日にちは分からない。
考えても考えても答えのでない問題に直面して、凛は頭を抱えていた。
(元の世界に戻りたいーー……)
突然の悲鳴とともに木が燃えたような焦げ臭い臭いがする。下の階が何やら騒がしく、窓から下を見ると塔の入り口から黒い煙がもくもくと出ていた。凛は火事だと思い慌ててレイヴンのいるドアに駆け寄る。
「レイヴンさん! そこにいるんでしょ? ここから出して下さい……!」
「だめだ」
レイヴンの即答の返事に凛は頭に来て、ドア両手で叩く。出られないようにレイヴンが外からドアにもたれ掛かっていた。
「敵が来ているんだ。そいつがお前を狙っている」
レイヴンはドアを少しだけ開け、隙間から顔を見せた。
「大人しくここに隠れていろ。勇者を魔王には絶対に近づけさせない」
目の前の景色が段々狭くなって、それは静かにパタンと閉じた。外側から鍵をかけられた音がする。最後に見たレイヴンの瞳は笑っていたが、隙間から少し見えた広間は階段の下から炎が燃えが上がり、黒い煙が塔全体に広がっていた。
「みんなは無事に逃げているのかしら……」
凛はナーガや他の魔獣たちのことが気になり、部屋の中をうろうろする。先程の窓から顔を出し、下に降りれる物がないか辺りを見渡す。すると下の方に、燃え上がる炎の中に紅い髪色の短髪の男の人が立っていてこちらを見ているのがわかった。
男はニヤリと笑うと指先から自由自在に炎を出す。指先を二回ほど回すと炎は鉛で出来たブレスレットのような形に姿を変え、リングは凛のいる部屋に向けて飛ばされ、ガラスを勢いよく突き破った。
ガラスが突き破られて、破片が辺りに散らばる。飛び散った火の粉で書庫の本が燃え、鍵の閉まったドアの前で凛は心の中で助けを叫んだ。
(ナーガ……レイヴン……レイヴンさん……!!)
敵は窓の近くの木の枝を片手で持つと、木をつたって軽々と飛び越え二階の割れた窓から中へ入ろうとする。飛び散ったガラスの破片で頬や洋服が切れ、切れた洋服の隙間から血が流れる。
「美味しそうな甘い匂いだーー……」
敵は、凛の顎をつかみ、無理矢理首まで流れた一滴の血を舌で舐めようとするーー……。




