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海怪  作者: 五十鈴 りく
❖ 海怪

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10/70

海怪 後日譚

 結局のところ、マル公に天麩羅は無理があったようだ。

 その翌日もぐうぐうと唸っていた。いつもの餌も食うには食うのだが、マル公はしんどそうに漂いながらぼやく。


「畜生め。腹がゴロゴロいいやがる」


 どうやら腹を下してしまったようだ。天麩羅はくどいから時々そういうことになるらしい。甚吉は丈夫な方なのであまり腹は下さないけれど。


「マル先生、大丈夫か」


 この場合、医者を呼んだところで診てはもらえないだろう。自力で回復してもらうよりない。甚吉は小さく嘆息した。けれど、マル公は顔をしかめつつも言うのである。


「言っとくけどな、オイラは天麩羅を食ったことを後悔なんざしちゃいねぇ。天麩羅の何たるかを知れたんだ。それで十分満たされたんだからな」


 そういうものなのだろうか。

 天麩羅に対する夢が破れたようにも思われるけれど、マル公はそれ以上に知りたいことを知れて満足なのだと言う。いっぱしの知識人である。腹はゴロゴロらしいが。

 甚吉はそんなマル公に苦笑しつつも言った。


「そういえばさ、あのおきよさん、おれのことを庇ってくれたんだ。気が荒いって言うけど、本当は優しいお人だよ」


 あの時のやり取りを言って聞かせる。マル公は初めのうちは静かに聞いていたけれど、そのうちに腹の痛みを忘れたかのようにハハンと鼻で笑った。


「だからてめぇのおつむりはおめでてぇって言うんだよ」

「へ――」

「おきよは全部見抜いて、それをお冨美に知らしめたのよぅ。自分は真相に気づいた。それを兄ィにばらされたくなけりゃ大人しくしていろってな。それから、心優しい娘を演じ、太一郎を改めて惚れ直させた。そんなもんは計算づくよ。ま、これでおきよの先行きは明るいな。太一郎の店よりもいいところがあればさっさと見限るかもしれねぇが」


 どうしてこう、マル公は皮肉な見方をするのだろう。きよにそうした腹黒さなど甚吉は感じなかった。優しい女子だからこそ、幸せになってほしいと思う。

 そんな心を見透かすのか、マル公はヒレで甚吉に水をかけた。


「わッ」

「上っ面に騙されて、ちぃっとも女を見る目が備わっちゃいねぇ。あの太一郎とおめぇは大莫迦おおばかよ」


 そう吐き捨てると、マル公は生け簀の縁にてん、と手をついて決め台詞をひとつ。


「ヒトってぇのはな、その本質は語らずとも漏れだすもんなのさ――」



     ●



 そうして、甚吉の何気ない日々が戻ってきた。


「さあさ、寄ってらっしゃい寄ってらっしゃい。世にも稀な海のばけもの。遠路はるばるやってきた海のばけもの、お江戸で見られるのはこの寅蔵座だけでございッ。さあさ、御覧じろ、御覧じろ」


 長八の伸びやかな口上が薦を突き抜けて耳に届く。甚吉はそれをこも越しに聞き、生け簀でくつろぐマル公に目を向けた。可愛いナリをして口が悪い、海のばけもの。

 けれど、マル公は甚吉の恩人で、相棒で――


 甚吉はフ、と小さく笑った。今に客が押し寄せてくる。今日も忙しくなるだろう。けれど、人よりもずっと賢いマル公だから心配は要らない。

 背を向けた甚吉を、不意にマル公が呼び止める。


「オイ、甚」

「うん」


 振り向くと、マル公は優雅に泳ぎながら何食わぬ顔をしてつぶやいた。


「今度はオイラ、牡丹餅ぼたもちが食いてぇ」

「――」


 マル公の好奇心は腹を下したくらいでは衰えを知らぬと見える。

 かくして、今日もきらきらとつぶらな眼を輝かせ、海のばけものは客を観察するのであった。



     完。


はい、私の趣味丸出しのお話にお付き合い頂き、ありがとうございます!

江戸時代にアザラシがいた。

アザラシ好きな私はその発見だけでウキウキと短編を書いたのでした(笑)

この天保期に捕らえられて江戸両国で見世物になったアザラシ、将軍も閲覧したそうなのです。

なので、本当に将軍とは顔を合わせているんですよ( *´艸`)

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小説家になろう 勝手にランキング ありがとうございました!
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