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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
三章 欲望の夜鬼と悪夢
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#4

#4


「わたしたち、まだ事件が"あったこと"しか知らないから…… 当時の詳しいこと、聞かないと何もできない、と思う」

「そうねえ。それじゃ明日はそのサワとかいうヤツを探して――」

「あの、お姉ちゃん」


 フウカの足が止まる。散歩先まで歩み、レイカの足も止まった。


「何?」

「ほんとうに、やるの?」


 フウカは不安そうだった。レイカは少し考えたあと、


「あんたも調べまわることには反対?」


 おそらくはそのことを言っているのであろう、と訊ねてみると、フウカは頷きはしないものの、気が向かないというような顔をした。


「トキヤ君が、あんまり良くないって言ってたし…… それに、またヘンなことに、巻き込まれるかもしれないし……」

「……ふーん?」


 レイカはそっけない態度を取るが、その実少なからず驚いていた。


 フウカが物事の判断を行うとき、自分の本意が優先されることはまずない。状況を見てものを考える力こそあるが、精神的な不安定さから落ち着いた状態で思考を行うことが出来ないことが多かったり、極端に自己主張が苦手だからである。それゆえに、自分の意志がどうあれ、決定を他の人物にゆだねてしまう。

 基本的に、フウカの代わりに決断を下す役目はレイカが行っている。強引にフウカを連れ回すことが常のレイカであるが、その意思をまったく無視しているというわけではない。今回のように落ち着いて考えることの出来る環境であれば、フウカに意見を求めることはあるし、それに従うこともある。

 今回レイカが驚かされたのは、フウカがトキヤの名を持ちだしたことだ。


 これはおそらく、深く意識してのことではない。自己主張することが苦手なフウカが、自分の「あまり関わりたくはない」という意見を後押しするために、ほぼ無意識的に同意見だったトキヤの言葉を借りようとしたのだ。


 フウカがごく普通の少女ならば、こんなことは大して気にすることではない。しかしながら、これまで共に生きてきた中で、レイカはフウカが家族以外の他人の意見に同調して発言するという場面を見たことがなかった。それも、相手は知り合ってまだ間もない"男性"である。


 ――面白いような、気に喰わないような。


 思い返してみれば、最近のフウカはトキヤをまったく怖がらなくなった。それどころか、手が触れ合うような距離にいても普段通りに振舞っている。

 人見知りのうえ、異性を避けている節のあるフウカ。それらの問題が解決したわけではない。他の人間に対しては相変わらず警戒心をむき出しにするし、近寄りもしない。つまり、トキヤはフウカのなかで特別に許容される立場となったのだ。

 一歩外に出れば、フウカの拠り所はレイカだけだった。これまでそういった環境で生きてきたためか、レイカの心にはなんとなく消化しきれないものが生まれた。

 それほど根の深いものではない。小さな嫉妬のようなものだ。レイカはそのように考えて、それについて思いつめることを放棄した。くだらないことだと、自分の気持ちに蓋をして閉じ込めた。



「トキヤはああ言ったけど、今回の事件ってカレッジで起こったことなのよ? 犠牲者がヒビキでなくとも、私たち完全に無関係とはいえないと思わない?」


 あくまでもフウカが気乗りがしないというのであれば、レイカ一人で行動するという選択肢もある。だが、それは複数の要因からあまり現実的ではない。今ここで丸め込んでしまうほうがよっぽど建設的だ。

 レイカは自身の口八丁(てくだ)を弄する。その気にさせるまでいかずとも、納得してついてきてもるところまで持っていかなくてはない。


「つまり、よ。もしも今回の出来事が"得体のしれない何か"のしわざだったらどう? 事件と関わらないようにしていたって、私たちが安全である保証はないと思わない?」

「えぇ? ……っとぉ……」


 フウカは答えに窮したようだ。


 結局のところ、これはレイカの欲求を満たすための方便にすぎないが、あながち心にもないことを言っているわけでもないのである。

 レイカはなまじこの世には理不尽なことが起こることだと知っているため、ある種の不安を抱えている。ヒビキが不明瞭な状況で死んだと聞かされた時、今まで少しも危険だとは思っていなかったカレッジの敷地内が、急にいつ何が起こるかわからないような場所のように思えたのもまた、事実なのだ。

「もしも"普通には起こりえないこと"が起こったのなら、それに対処できる人間が絶対に必要になるわ」

 その言葉で、フウカはようやくすべてを察したようだった。表向きの意図も、トキヤをその気にさせ、犯人を捕まえたいという裏の心も。それゆえ、なんとも複雑そうな、物申したげな表情を作る。

 フウカは他人を利用することに抵抗があるようだ。そういうことに引け目を感じる善性の持ち主ゆえである。――だが、それだけではないのだ。


 レイカはいつものことながら、心中で嘆息する。


(私はね、あんたとは"違う"のよ、フウカ……)


 レイカ・アカギリには出来ないことが多い。


 どんなことでもこなせるよう、努力はしてきたつもりだ。しかし、彼女にはいくつもの足枷があった。次期当主という立場もそのひとつである。

 最初こそむきになっていたが、レイカはある時期を境に自分に「出来ないこと」があることを認め、それを無理にこなそうとすること自体を諦めた。そして、自分が出来ないことを出来る人間を利用することを覚えたのだ。そのほうが効率的である、と自分に言い聞かせて。


 対して、フウカ・アカギリには出来ることが多い。


 主張こそないため親族外のものには知覚されにくいが、フウカは生まれながらの才媛である。

 身体能力は高く、健康である。芸術の才能に優れ、おおよそ女性に求められるもの―― 家事全般をこなすことが出来、レイカほど立場にも縛られていない。加えて記憶能力を含め、頭脳もまた発達したものを持っている。少なくとも地頭の良さでは、レイカは妹にかなわないと考えている。

 欠点らしい欠点といえば、その異常なまでの精神の薄弱性であろう。もしもこの最大にして致命的な欠陥さえ存在していなかったらと思うと、レイカは"ぞっとしない"気分になる。意志の強さと機転が自分を次期当主の座にとどめているのだと、レイカは信じて疑っていないのだ。

 フウカは「出来ることが」多いため、実際にすべて自分で片付けてしまえるかどうかは別にして、他人を利用するくらいなら自分で―― というような考えの持ち主だ。それは彼女の善性に由来する考え方であったが、レイカはそれがある種の傲慢であると知っている。


 バランスは取れているのだ。"今"は。


 主導権を握っているの自分(レイカ)にあるので、タスクを適任と思われる人間配することができている。しかし、この関係が何かのきっかけで崩れでもしたら――?

 フウカは手痛い失敗を味わうことになるだろう。そんな日が訪れることがないよう、いつかは誰かを利用することを教えなくてはならない。


(それを思えば、トキヤに一定の信頼を置くようになったのはいいことかもしれないわね)


 フウカは姉を信用しきっているからこそ、意識せず自分に出来ないことを任せているのだ。自分以外の他人を信用し、自分に出来ないことを任せるというプロセスを体験していけば、現実を無理につきつけることなく自身の問題に気がついてくれるかもしれない。


(少し様子を見てみるか)


 未だにフウカがトキヤに心を許しつつある理由はわからないが、レイカ自身の心情は別にしても、悪いことだとは思えない。これをきっかけに対人能力に改善が見られれば儲けものだ。

 そう楽観的に捉えることにして、レイカはフウカの心情に関して、その場で問いただしてみるようなことはしなかった。


「これも必要なことなのよ。私にとってはね……」


 レイカは「私たち」とは言わなかった。それは気遣いか、それとも――。

 会話を切り上げ、歩調を少しだけ上げる。フウカはしばらく立ち止まって姉の背中を見つめていたが、さらにその後ろに立って歩いていた護衛にまで追い抜かされると、慌ててその後を追うのだった。


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