#3
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「さて、ああは言ったものの、どこから手を付けるべきかしら」
カンザキ探偵事務所を出、帰路についたアカギリ姉妹。
彼女らが現在居を構えている区画には、学生の姿が多く見受けられた。カレッジにほど近いこの区画には、先の事件の依頼人であるカズミ・オオトミのように、地方から出てきた生徒のための借家が多い。
もっとも、レイカたちは借家に住んでいるわけではなかった。二人とシノを含めた使用人四名が住むに十分な家をひとつ、まるごと買い取ったのである。この金はレイカのポケットマネーで賄われていたが、使用人たちの給料等は相変わらずアカギリ本家から支払われている。シノを除く使用人たちはレイカに無理に同行させられたかたちであるため、その立場は非常に微妙なものとなっていた。
――それでも敢えて何も言わず給金を払い続けているのだから、アカギリの現当主であるというレイカたちの祖母は度量の大きい人物だ。仲たがいをしたとはいえ、孫娘たちのことを想っているのだろう。彼女たちの暮らす環境は、彼女たちが思う以上に整えられていた。
目に見えぬ加護を受けつつ暢気に道を行くレイカは、外套の下から相変わらず飽きもせずに灰と煤を降らせている空を見上げた。
トキヤに語ったことは、間違いなく本音である。しかし、偽りがなかったわけではない。
突然事件の犠牲者となってしまったヒビキ・カミナは、レイカの数少ない友人のうちの一人であった。レイカはお世辞にも同性に受け入れられやすい性格ではない。女性は無意識に「同調」を求めるが、レイカは物事に対して常に批判的で、白黒決着をつけることを好むからだ。――そのレイカに、ヒビキは根気良く付き合ってくれた。お互い不満がなかったわけではないが、それでも付き合いを続けていけるだけの関係だったのである。
そのヒビキが死んだ。その死は極めて不明瞭であり、死因もわからなければ「犯人」と呼べるものがいるのかどうかさえわからない。そして、事件の重要な資料であるはずの遺体が消えた。これはどう考えても異常なことである。
レイカはヒビキの身に何が起こったのかを知りたかったが、それ以上に彼女をそのような理不尽な目に遭わせたものを見つけ出し、白日の下にさらしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
表立って調べまわることにいい顔をしないトキヤには「犯人を見つけろとまではいわない」とは言ったが、もしも「犯人」と呼べるものが存在しているのなら、どうにかして捕えたい。裁きを受けさせたい。それがレイカの偽らざる本音である。
(トキヤは市警に任せておけ、みたいなことを言っていたけど、それで解決するとはどうしても思えないのよねえ)
シュトの市警はそれなりに優秀だ。通常の事件ならば信じて待ってみてもよいが、どうにも今回の件は「普通の事件」だとは思えない。そして何より、死体が消えたという報告が伝わってきたときの捜査官たちの動揺ぶりを、レイカは目の当たりにしている。どうしても頼りないイメージが頭から離れてくれないのだ。
とはいえ、レイカは自分やフウカに事件を捜査するための能力が備わっているとは思っていない。それがただの"厄介な素人"との大きな違いであった。もしもこの事件が市警の手におえない「超常」の事件であったとしたなら。
レイカの知る限り、超常的な事象絡みの事件を解決に導くことのできる人材は、トキヤしかいない。どうにかして彼を"その気"にさせる方法を探す。――それがレイカの目的だ。
罪悪感がないわけではない。要は、関わってしまったら最後、真実を究明しなければ気が済まないトキヤの性質を利用しようというのだ。それほどまでに、レイカの中でのヒビキの存在は大きかった。それは皮肉にも、ヒビキがいなくなってから気づいたことであったが。
「ねぇ、フウカ」
「なに、お姉ちゃん」
レイカとは真逆に、足元を見つめながら歩いていたフウカが顔を上げた。
フウカは雑多な街の景色を好まないようだ。彼女は一度見た風景を忘れたくても忘れられないため、ごちゃごちゃとしたものを視界に入れることを嫌うのである。
「何から始めたほうがいいと思う?」
「う? あ、えーと」
フウカは困惑気味だ。彼女は決して頭が悪いわけではないが、きちんと順序よくものを訊ねないと、混乱してしまうことがある。考え事に夢中で、普段は無意識に行っている配慮が足りなかったようだ。
「ごめん、捜査よ、捜査。まずは何から始めたほうがいいと思う?」
レイカは自分で発した「捜査」という言葉に少しだけ心が浮ついていることに気づき、自戒して表情を引き締めた。具体的に訊ねてやると、フウカはほとんど考えるそぶりも見せずに答えた。
「あー…… まずは、一番最初に現場に行った人に、話を聞いてみたほうがいいと、思う。かな」
「死体の第一発見者、か」
ヒビキはどこかの同好会が借りている部屋の中で発見されたという。第一発見者の生徒は、その同好会のメンバーだったはずだ。――そこまでは覚えているのだが。
「……名前、なんだっけ」
レイカは名前だけで人を覚えるのが苦手だ。顔と声、それらが合わさってようやく「人間の記憶」になるのである。
「トシヤ・サワ。三回生。【衆聞会】の現会長……」
間髪入れずにフウカが記憶のデータ・ベースから件の人物の名前と特徴を掘り起こす。レイカは合点がいったというように手を打った。
衆聞会とは、ジャーナリズムに興味を持った生徒の集まりだ。主にカレッジ内でのスクープを実際に記事にし、学内新聞として発刊している。その会長ともなればそれなりに顔と名が知れていてもおかしくないが、あいにくとレイカは今まで学内新聞に興味を持ったことがなかった。
「そうだったわ、たしかそんな名前。顔は思い出せないけど」
「お姉ちゃん、今朝、連れていかれるとこ、見てたよ。……覚えてないの?」
「――まったく覚えてないわ」
フウカの言う通り、今朝がたヒビキの死体が発見されたときの喧騒のなか、市警に同行を求められ、屈強な捜査官に連れていかれるサワの様子をレイカは目撃していた。その時点では情報が足りていなかったので、さほど意識をしていなかったのであろう。そういえばそんなところを見た気がする、という気はするものの、サワの顔の特徴はいくら記憶を探ってみても思い出すことができなかった。
「ま、いいわ。名前がわかればなんとかなるわよね。問題は、明日以降普通にカレッジに来るかどうかだけど……」
「えー…… っと、よくわかんないけど、たぶん市警もそんなに長い間拘束しない、と思う…… あの」
「そのサワってやつが犯人でもない限り?」
「う、うん」
事件の第一発見者が疑われるというのはよくある話である。事実、レイカは覚えていないようだが、サワは半ば容疑者として連行されたようであった。死体が発見されたのは、講義が始まるよりも以前の早朝のことである。人が少ないその時間帯に起こったことであるので、サワが疑われてしまうのは仕方がないことだ。
「そいつが犯人でハイ終わりっていうんなら、まぁ、それはそれでいいけど。そう単純でもないわよね」
仮にサワがヒビキを殺したのだとして、なぜ彼は自分に疑いのかかる時間帯を選んで騒ぎ立てたのだろうか。――そもそも、彼が市警に拘束されているうちに死体は消えてしまったのだ。サワには死体に関わる時間はなかったはずである。少なくとも、市警の捜査官の目を掻い潜って死体を消してみせたのは、サワではない"誰か"であるはずだ。
「うーん、まだなんと言えないけど、その男が犯人だとはどうにも思えないわね」
レイカは自分は考え事には向いてないと思い込んでいる。それなりに学を修め、知識量にはそれなりに自信があったが、何かを知識として頭に取り込むことと、地頭の良さはまた違うのである。――もっとも、狡猾さで言えばレイカは周囲のだれよりも上である。彼女が苦手に感じていることは、細かいことを延々と考え続けることだ。
それでも最近はトキヤに影響されてきたのか、自分でものを考えるように努めている。現状の少ない根拠でも、サワが犯人であるという線は薄いように思えた。
予約投稿をすっかり忘れていました。申し訳ございません。
今日のうちにいくらか済ませておくことにします。
まったく執筆のための時間が取れる目処が立たないので、しばらくは週一更新が続きそうです。




