#28
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「ほ、ほんとうに!? もうなんにも出てこないし、聞こえてこないんだな!? ほんとうなんだな!?」
トキヤとシノの二人が慌ただしくシュトに帰ってきた二日後、カンザキ探偵事務所には歓喜のわめき声が響き渡っていた。
依頼完了の知らせを受けたオオトミは、トキヤから事情の殆どを省いた簡潔な説明を受けると、興奮した様子で確認してきた。
「ええ、ほんとうですよ。あの部屋はもう【開かずの間】ですらありません。これがその鍵です」
興奮から伸ばされたオオトミの腕をさらりとかわしつつ、トキヤは懐から元・【開かずの間】の鍵を取り出した。儀式の影響で金色に輝いていた鍵は、いまや元の真鍮の色に戻っている。ソフィアの支持に従って【真実の輩】の開放を行った際、特別なことは何もしていないのに元に戻ってしまったのだ。
「こ、これが? でも……」
「ご心配には及びません。なんなら部屋を使っていただいても大丈夫です。絶対に何も起こりません。ボクが保証しますよ」
「そ、そうです、か。じゃあ、一応これは受け取っておきます」
あんまりトキヤが自信たっぷりに断言するので、少し釈然としない様子ながらも、オオトミはしっかりと鍵を受け取り、返却された鍵束と一緒に鞄の中にしまいこんだ。
「依頼達成報酬ですが、後日で構いません。あなたがご自宅に何も起こらないことを確認したところで、ようやく今回の件は完了ということになります」
「確認…… 確認か…… やっぱりやらないとダメかな」
「不安でしたら、ボクもお付き合いいたしますが?」
「――いや、そこまではやってもらわなくて大丈夫っすよ。ありがとうございました」
そう言って、オオトミはようやく屈託のない笑みを見せたのだった。
依頼人が帰ってゆくと、事務所にはもはや見慣れた面子が残された。
オオトミのみに依頼完了の知らせを送ったつもりが、さも当然のように同行者が居たのである。アカギリ姉妹とその従者であった。
シノはシュトに帰還後、すぐに姉妹のもとに戻ると言って姿を消した。それ以降は姿を見かけていない。当初の単に無口であるという印象はだいぶん変わったが、アカギリ姉妹というフィルタを通して接している限りは、それ以前の距離感となんら変わらない。結局シュトの駅で別れて以降、シノとトキヤは一言も口を聞いていない。
「ずいぶんと大変だったみたいね」
レイカはもはや、この場所でのくつろぎ方を心得ているようである。カンザキ探偵事務所の応接用ソファは、それほど快適な代物ではない。浅めに腰掛けるのが正解だ。
フウカは悪びれる様子もない姉に対し、かなり腰が引けた様子だ。おそらく、姉がトキヤに対して行った「仕打ち」を恥じているのだろう。
「ええ、まぁ。……しかし、まさか監視をつけられているとは思いもよりませんでした。そのおかげで助かりましたけどね」
少し意地の悪い発現をしてみれば、フウカの視線だけがあからさまに泳いだ。彼女はいつもどおりに姉に流されたにすぎないのだろうが、止められなかった責任を感じているのかもしれない。
「監視だなんて人聞きの悪い。シノにはあなたを"探偵"させていたのよ」
一方、レイカには皮肉に皮肉で返す余裕があった。
レイカはオオトミ邸での出来事―― フウカの不調を前にあっさりと引き下がったかのように見えたが、事件への興味は諦めきれなかったらしい。確かに彼女は約束は破っていない。オオトミ邸にも事件にも関わり合いにならずに大人しく待っていた。……自分たちは、であるが。
「あなたには申しわけないけれど、十割がた私の好奇心のためにやらせたことだわ。……まさかあなたが捜査の途中で拳銃を持った暴漢に襲われるだなんて、考えてもみなかった」
「当然でしょうね。ボクもまさか、あのような飛び道具まで持ちだしてくるとは思いもよりませんでした」
「最近はあまり質の良くない、安価な渡来品が増えたと言うわ。そのあたりのごろつきが拳銃を所持していない保証はどこにもない。気をつけたほうがいいかもね」
トキヤはそのあたりの事情に通じては居なかったが、貿易商の跡取りの言葉だと思えば信ぴょう性も出てくるというものだ。例のごとくレイカの"ありがたい忠告"に素直に礼を述べておくトキヤであった。
「それにしても、元を正せば親の子に対する嫉妬が原因とは、恐ろしい話ね」
「……そこまでご存知だったのですか?」
「あなたが暴漢相手に頑張って時間稼ぎをしていたのを、シノが聞いていたのよ」
「…………なるほど」
通りでタイミングが完璧すぎると思っていた、と。
結果的に助かったから良いものの、もしもシノがタイミングを誤っていたら、自分は銃撃されていたかもしれない。普段通りエントランス側の廊下でタチンボをしているシノを壁越しに睨めつけるトキヤであったが、無論なんの甲斐もなかった。
「そうですね、それさえなければ、オオトミさんが悩まされることもなかったのでしょう。……もっとも、先の事件がなければ、そもそもオオトミさんはあの家を借りることは出来なかったのでしょうけれどね」
「ああ、そういえばそうね。『これがこうなら良かった』なんていうのは、一概に言えないのかしら」
「たくさんの人が不幸になっていますから、『起こらなかったほうが良かったこと』であるのは間違いないとは思いますが」
「不幸になった人ねえ…… それを言うなら、黒幕であるところの夫人も不幸になった人よね。夫の寵愛を求めて自分の子供を殺したのに、結局その夫まで手にかけることになるだなんて」
「ああ、そのことなんですが……」
トキヤは一瞬だけ自分の考えを話すことに躊躇いを覚えたが、離したところで何かが変わるわけでもない。そう思い直し、続けた。
「おそらく、彼女は"夫を殺す決意"はしていなかったはずです」
「どういうこと?」
「ぼくもあなたと同じ勘違いをしていましたが、どうやら本当のところはというと、すべてボクを襲ったあの男―― ダイバの独断であったようなのですよ」
「例のごろつきが、許可を得ずに旦那を殺したっていうの?」
「あくまでも予想に過ぎませんが、その可能性が高いと思いますよ」
これはすべてが終わったことによってたどり着いた「憶測」である。
これが正しくとも間違っていても、トキヤにはどうすることも出来ない。そしてそれは、聞かされている方も同じことだ。
「彼女は夫―― ホウジョウ氏に【真実の詰問】を受けた時、彼と理解しあうことは出来ず、そして彼を殺す決意ができなかった。だからダイバが勝手に行動をしたのです。結局事件にはなんの確証も残っていませんでしたが、ホウジョウ氏が騒ぎ立てれば、自分のやったことが明るみに出るかもしれない」
「それで雇い主を無視して行動を起こしたわけか」
「もっとも、その時にはすでに関係はほぼ逆転していたのですがね。金銭の力をほぼ失っていた彼女には抗うすべはなかった。ダイバには暴力という単純な力がありましたからね」
「それで結局、何が決め手で全部が全部夫人の企んだことじゃないと思ったのかしら?」
「決め手と言えるものはありません。ただ、サギリさんはボクの「会って話がしたい」という依頼を断ることも出来たはずなのです。しかし、彼女はそれを敢えて受けた。そしてほとんど嘘は言わなかった。……肝心なことは伏せましたがね。なんにせよ、彼女の話を聞くことが出来たおかげで、ボクはこうして結末にたどり着くことが出来ました」
「でも、自分への疑いを逸らすために敢えて、とも考えられるのじゃないかしら?」
「ええ、そうですね。しかし、ボクを受け入れるということにはとてつもないリスクがありました。事実、ダイバはボクを警戒して行動を起こしていました。彼女自身にも危害が及ぶ恐れも考えないではなかったでしょう。それでもなお――」
トキヤは思い起こしていた。
サギリと対面したときの、あの何かを求める力の宿った瞳を。
彼女は不幸のまっただ中に居た。生きていても幸せなことなど何一つなかったに違いない。それでもなお生き続けていた理由が、その瞳に宿っていた。トキヤはその力の正体に、今更行き当たった気がした。
「これはボクの恣意的な解釈にすぎないのですが…… サギリさんは、真実を公表し、罰してくれる人材を欲していたのかもしれません。自分を。……そして、この世で一番憎く思っている男のことを」
結局、サギリの願いはかなわない。
確固たる証拠がなければ、世の中は動かない。ましてや、もはや十年以上も前の事件に端を発することである。どうにもならなぬことであった。
トキヤは複雑な気持ちを押し殺し、この事件について沈黙を貫き通すことに決めた。しかし、忘れようとは思わなかった。
数日後の大衆紙。その隅の目立たぬ場所に載せられたサギリ・ホウジョウの訃報を見つけた時、その想いは強まり、トキヤはこの一件を永遠に記憶することにした。
― 第二章 真実の輩が扉を叩く 完 ―
お疲れ様でした。二章本編はコレで終了となります。
本編未回収の内容を取り扱う断章が二話ほど続き、その後は三章となります。
断章はこのまま更新されますが、三章公開までには例のごとく一ヶ月ほどの執筆期間を頂きます。
今回も期間中に別件の仕事をこなす要件がありますので、前回以上に期間が空いてしまうかもしれません。このまま絶筆ということにはなりませんので、しばしお待ちいただければと。
詳細は断章終了後に活動報告にて記します。




