#16
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サガミハラは一度ため息を吐いてから、天井を仰いだ。
「確か、発見されたのは失踪から一週間―― いや、六日経ったあとだったか。工業地区の一角にある、建設途中の工場でね。発見したのは警察でも探偵でもなく、作業員だった」
「作業員が?」
「そうなんだ。なんでも、資材の一部に埋もれるようにして隠されていたらしい。当時その現場では業者と工場主との間にちょっとしたすれ違いがあって、建設が中断されていた。どうやらその隙に何者かが入り込んで、遺体を資材の中に紛れ込ませたらしいんだ」
すれ違いの内容は特に不審のないもので、施工関係のトラブルであったようだ。業者と工場主が意見のすり合わせや施工の見直しを行っている間、現場の管理は行われておらず、ほとんど放置された状態であった。そしていざ建設再開となったとき、遺体はすぐに発見されることになった。――季節は夏も近い五月のころ。遺体は腐敗し、異臭を放っていた。
「損壊は少なかった。死因は頸部圧迫によるものだ。痕が残っていた。発見時の状態―― まぁ、まぁ……腐敗の進行具合からして、死後五日か六日―― つまり、攫われた次の日にはすでに殺されていたのだろうと判断されたよ」
言葉を濁しつつサガミハラが語った内容に、トキヤは思わず眉をひそめた。幼子が迎えるにしては、あまりに凄惨な末路である。
「……その後の捜査はどうなりましたか?」
「誘拐事件から殺人事件になってからも、あまり変わらなかったよ。ホウジョウ氏は大人しい印象の人だったけれど、若い頃は相当女遊びが酷かったらしくてね。方々でそれなりに恨みを買っていたから、まずはその線が洗われた。――もっとも、このあたりは遺体が発見される以前に調べつくされていたから、特に何も進展はなかったと記憶しているよ」
「工場の施工関係者はどうです?」
「建設が中断されている間、行動の裏が取れない人間が数名居たんだが、彼らのうち誰かが関わっているというような証拠は見つからなかったよ。当然動機もない。現場は誘拐のあった日の前々日から、誰でも一手間かければ入り込めるような状態だったからね。関係者だからといって、強い疑いの材料にはならなかったわけだ」
「他に疑わしい人物などは?」
「それがまったく見つからない。どこを調べてみても決定的なものが見つからなくてね。捜査は三日と経たずに暗礁に乗り上げてしまった」
トキヤは頭の中身を整理するために少しの間瞑目すると、質問の方向性を変えた。
「その頃のホウジョウ氏の様子はどうでしたか」
「イツキ・ホウジョウの様子かい? だいぶん憔悴していたよ。娘を殺した人間が逮捕されることを強く望んでいたのは確かだが、それ以上に娘を失ったための気分の落ち込みようが激しくてね。半ば亡霊のようだったよ」
当初は捜査の進行具合に対して定期的に問い合わせが来ていたが、一ヶ月、二ヶ月―― と進展がないまま時間が過ぎてゆくと、次第にその回数は減っていき、やがて完全に途絶えてしまった。
サガミハラが最後に目視したイツキ・ホウジョウは、妻に支えられるようにして歩いていた。娘のことを気に病むあまり、健康を損なうところまで来てしまっていたらしい。
捜査の進捗を催促する連絡が途絶えたその後、サガミハラはホウジョウの行方を知らなかった。彼が今行方不明になっているのだと伝えると、驚きを露わにした。
「ホウジョウ氏は失踪したというのか……!?」
「ええ、そのようです。ボクはとある事情でホウジョウ氏の行方を探っているのです」
「なんと、そういうことだったのか。しかし、いなくなってしまったホウジョウ氏の行方となると、わしはこれ以上力になれそうにないな」
「あともう少しだけご協力ください。……先ほどあなたは「捜査はすでに打ち切られている」と仰っていましたが、それはいつ?」
「正確に言えば、未解決事件として埋もれておるよ。捜査そのものが行われなくなったのは、事件後半年くらい経ったころだったかな。手がかりが少しも見つからんものだから、自然と事件解決に向けて行動する人員が減っていった」
市警の捜査ではホウジョウの娘を殺害した犯人は見つからなかったのだ。この「事実」がおそらくはホウジョウの「行動」と「失踪」の理由につながってくるのだろう。――だが、ここにきてその「行方」に関する情報が全く得られていない。トキヤが必要としているのはホウジョウが持ち去ったと思しき"鍵"であり、失踪の原因や理由は彼の行方を探すためのヒントのひとつにすぎないのである。
(……潮時か)
これ以上得られるものはない。総判断したトキヤが場を辞するための言葉を口にしようとする前に、サガミハラが唐突にポンと手を打った。
「ああ、そうだ。事件後一年ほど過ぎた時、彼の―― ホウジョウ氏の奥さんが署を訪れたことがあったな」
「……ホウジョウ氏の妻が?」
「ああ、一人でやってきたんだ。いつでも夫と一緒にいるような人だったが。たしかあの時は――」
トキヤはサガミハラの"その言葉"を聞くと、最後にひとつだけ質問をして、慌ただしくサガミハラとの会話を終わらせた。
丁重に挨拶をして退室してゆくトキヤの背を、同じく"思うところ"があったらしいスメラはじっと見つめていた。サガミハラは彼らが共有する雰囲気から、なんらかの"流れ"が変わったのだと察することは出来たが、何がそのきっかけとなったのかは理解していないようだ。
「彼は何かを掴んだのだろうか……」
「…………我が甥ながら」
「何、なんだって?」
「いや、なんでもないですよ」
無意識に漏れていたつぶやきを悟られまいと、平素のヘラリとした笑みを浮かべ、スメラは大げさに肩を竦めておどけてみせる。
「厄介事に巻き込まれンのは、血筋にかかった呪いのせいかもしれないな、と思ってね」
情報収集を終えたトキヤは、一度事務所に戻って休息を取ると、すぐに遠出をする準備を始めねばならなかった。
次に取るべき行動は決まっていた。当初から話を聞かなければならない相手だと考えていたが、サガミハラとの会話を経て、トキヤのなかで"その人物"の事件に対する重要性が増したのだ。
慎重にならなければならない。おそらく、今後の行動には少なからずリスクが伴うであろう。……そう考えると、自然に表情は険しいものとなり、体の動きにも「固さ」が出てくる。
『どこへ行くつもりなのだ?』
神妙な面持ちで旅支度を始めたトキヤに、ソフィアが問いかける。彼女はまだ事情を知らされていなかった。トキヤは自身が思っている以上に自分勝手な男である。自分の憶測が大部分を占めるような話を、他人に話して聞かせることをしない。
「汽車を使って、地方に」
『地方だと?』
「ご心配なく。一両日は家を空けることになりますが、その間番人はつけておきます。おそらく滅多な事にはならないでしょう」
『まぁ、確かにそれも心配事のひとつではあるのだが…… せめてどこに何をしに行くかくらい、わらわに教えてゆかぬか?』
「……話を聞きに行くのですよ。イツキ・ホウジョウの妻、サギリ・ホウジョウに……」
重そうな旅行用トランクを持ち上げながら、トキヤは淡々とそう答えたのであった。




