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魔術師たちの昏き憧憬:Re  作者: 美凪
二章 真実の輩は扉を叩く
36/78

#4


「あ、アンタが霊能者なんだろうっ、俺を助けてくれよ!」

「霊能者……?」


 翌日。指定通りの時間の来客に応じて扉を開けて見れば、少年が勢い良く踏み込んできた。

 思わずたじろぐトキヤに食ってかからんばかりに身を乗り出し、まくし立てる。予想だにもしない展開にトキヤが目を白黒とさせていると、取り乱している少年の後頭部を、後ろから伸びてきた手が叩いた。


「あ、痛っ」

「アンタにゃ礼儀ってものがないの? まったく……」


レイカ・アカギリである。彼女は呆れ顔で少年の襟首を掴むと、強引に後ろへと下がらせた。


「ごきげんよう、トキヤ。いきなりごめんなさいね?」

「いえ、気にしては居ませんが…… 霊能者というのは?」

「私、彼に『なんとかしてくれる人間に心当たりがある』としか言ってなかったものだから、勘違いしたみたい」


 どうやらアカギリ姉妹に伴われてやってきたこの少年は、今回の依頼人(クライアント)となるカズミ・オオトミその人であるらしい。素朴な顔立ちは一見して貴族風ではないが、地方の資産家の子息であるという。

 レイカに叱られて少し落ち着きを取り戻したオオトミに対し、トキヤが名刺を差し出すと、


「ええ、霊能者じゃないのか!?」

「霊能者に会わせるだなんて、一言も言ってないでしょ?」

「で、でも、それじゃあここに来た意味が」

「ぎゃあぎゃあうるさい男ね! ここまで来ておいて何よ。それとも他にアテがあるのかしら?」

「そ、そりゃあ、ない、けど」

「ないならないでおとなしく話すべきことを話しなさい! 私に恥をかかせるつもりなの!?」


 なぜか唐突に喧嘩―― というにはやや一方的な―― が始まってしまう。


 トキヤと、レイカたちの後ろに立つフウカは思わず言葉を失って立ち尽くした。今日も今日とて護衛任務の最中であるらしいシノは、周囲を警戒するふりをして、騒ぎをやり過ごしているようだった。

 このまま放っておいても埒が明かないどころか、開けっ放しのままの扉からは、わずかに吹いている風に乗った煤と灰が舞い込んでくる。せっかく掃除をしたばかりなのに、また汚れるのは勘弁願いたいところだ。もっとも、それを建前として持ち出すべきではないことは、わかりきったことである。


「まぁ、おふたりとも落ち着いて」


 とりなしの言葉を投げかければ、二人の注意がトキヤへと向いた。意外にもピタリと言葉の嵐が止んだあたり、レイカは早くに止めにかかって欲しかったのかも知れなかった。


「確かにボクには出来ることと出来ないことがありますが、何もして差し上げられないと決まったわけじゃありません。とにかく、一度詳しい話をお聞かせ願えませんか。……部屋の中で」



 エントランスでの悶着から数分後。トキヤたちは例のごとく、応接スペースにて向い合って座っていた。


 今回のティーカップは四つ。これにて備え置きの茶葉は完全に切れてしまった。買い足さなければならないだろうが、トキヤが無事に買い物に行けるかどうかは、今回の一件にかかっていると言って良いだろう。それほどまでに、カンザキ探偵事務所の財政は逼迫した状態なのである。


「あの、さっきはすみませんでした…… コイツから少しは聞いてると思うけど、俺、カズミ・オオトミっていいます」


 改めて話をしてみれば、オオトミはそこまで悪い人格の持ち主ではないことが伺えた。少なくとも、自身の痴態を詫びるだけの精神は持ち合わせているようである。


 簡単な自己紹介を済ます間、レイカは何も言わずにオオトミの様子を観察していた。さきほどのやりとりでよほど機嫌を損ねたのか、前回のように場を取り仕切ろうとする気配はない。

 そんな姉の様子を、フウカは向かい側から―― つまり、"トキヤの隣"からいかにも「ハラハラしている」というような表情で見守っている。トキヤはオオトミの言葉に耳を済ませているように振舞い、なるべく隣の方を見ないように努めていた。


 カンザキ探偵事務所の応接スペースは、小さなローテーブルを挟み、二人がけのソファが二脚設置されているだけの空間である。今まではトキヤの向かい側に姉妹が揃って腰掛けるというのが通例であったため、トキヤは現状の構図に動揺を隠せずに居た。


 形式上、依頼人のオオトミは請負人であるトキヤの向かい側に座らざるを得ない。そこまでは理解できる。自然なことだ。しかし――。


 茶を淹れて戻ってきてみれば、空いている席はひとつしかなかった。

 トキヤはフウカの隣に腰を下ろす際、妙な緊迫感を味わった。未だ、彼女のことはよくわからない。レイカのように、言動から細かな人間性を把握しにくいからだ。

 幸い、フウカに拒絶するような素振りは見られなかった。トキヤはそのことにただ安堵したが、関係の段階の進歩については、その時に深く考えようとはしなかった。


「――それで、俺の家に幽霊が出るって話なんですけどね」


 オオトミの語り口調は幾分か軽いものとなっていた。温かい飲み物で口を湿らせたことが、さらなる落ち着きを彼にもたらしたと見える。


「本当なんですよ。嘘じゃない」

「あなたが嘘をついているとは思っていませんよ。……現状ではね。ともあれ、詳しいお話を」

「アカギリから聞いていないんですか?」


 オオトミの言うアカギリというのは、レイカのことを指しているらしい。彼女の瞳がジロリと動き、オオトミの横顔を盗み見た。


「多少のことは聞いています。……借家の一室から物音がするだとか、その程度のことは」

「詳しいことは本人の口から聞いたほうがいいと思ったのよ」


 レイカが口を挟む。オオトミは何か考えるような素振りを見せたが、納得したようだった。


「わかりました。何度も言うようだけど。今から話すことは、全部本当のことですからね」




 ――オオトミの話は、こうだった。


 六日ほど前の夜、オオトミは同じ学部の男子生徒四人とともに、自身が借りている家にて小さな宴会のようなものをひらいていた。

 その夜集った五人のうち、オオトミ以外の四人は全員寮生であった。本来、カレッジの寮生の門限は十八時と決められている。それ以降はカレッジの決められた敷地内から出ることが許されておらず、彼らの行為は所謂「規則違反」であった。カレッジ側の監視も届かず、親の目もない。オオトミの借家は少々悪ぶってみたい男子生徒たちにとっては絶好のスポットだったのである。


 その日は、二十三時を過ぎるまで騒ぎ倒したのだと言う。オオトミ自身は酒を口にしたが、酔っている者もいれば、酔っていなかった者、そもそも酒を口にしなかった者もいた。


 夜更けにさしかかり、ようやく眠気が襲ってくる。そろそろお開きにして眠ってしまおう―― といういことになった。


 オオトミが客人たちのためにあてがったのは、二階にある寝室だった。

 普段、オオトミは一階部分しか利用せず、二階部分は越して来た当初から手付かずのまま放置していたのだが、前の住人が使っていた寝室がそのまま残っていたので、昼のうちに掃除を済ませておいて、使える状態にしてあったのだ。


 オオトミは一階にある自分の寝室で。友人二名はリビングのソファで。残された二人は二階の寝室で―― という具合に別れ、就寝した。それが日付が変わるか、変わらないかのことであった。


 オオトミは一度眠りに落ちたが、すぐに友人によって叩き起こされることになった。

 目覚めてみると、そこには友人四人が集結している。うち二人―― リビングで寝ていた者たちは、オオトミと同じく何が起こったのかわからないようで困惑しており、二階の寝室で寝ていたはずの友人二人の顔は、青ざめていて目が泳いでおり、とても正気には見えなかったと言う。


「なんだよ、何かあったのか?」


 小さな窓の向こう側は真っ暗闇だった。この時に時間を確認したオオトミの記憶を頼りにすれば、一時半をわずかに過ぎた頃のことである。

 不機嫌も露わに訊ねると、二階寝室に泊まっていた友人たちが、「隣の部屋から妙な物音と声がする」と神妙な面持ちで語り始めた。

 それを最初に聞いた時、オオトミは心底バカにされたような気持ちになった。くだらない、と吐き捨てもした。冗談を言うなら時と場所を選んで、せめて笑えるような内容にしろとも。


 しかし、友人たちは冗談ではないと、逆に怒りを沸騰させた。そればかりか、なぜあのような場所に泊めたのかと、オオトミを詰りさえもする。

 売り言葉に買い言葉というもので、たちまち口論になった。互いに平行線で、オオトミがどんなに冗談だろうと言っても、友人たちは本当のことであると譲らなかった。


 三人の口論を見守っていたリビング組の二人は、慌てて仲裁に入った。そして、こう提案したのだ。


「嘘かほんとか、確かめに行こう」

「確かめに行く? どうやって」

「その、隣の部屋を見に行くっていうのは?」

「そいつは無理だ。だって、そいつらが言ってる部屋ってのは―― 扉が開かないんだぞ」


 オオトミが友人たちの話が嘘だと思ったのは、そこに原因がある。

 二階の寝室は、西側の一番奥の部屋だ。その隣の部屋―― つまり西側二番目の部屋は、どうやっても扉の開かぬ「開かずの間」なのだ。誰もはいることの出来ない部屋から、物音や声が聞こえてくるわけがないのである。


 オオトミはここを管理者から借り受けたとき、屋敷の部屋の鍵がまとめられた鍵束を受け取っている。彼は手始めにすべての部屋を見て回ったが、その部屋だけ鍵が見当たらず、どうあっても開けることができなかった。管理者に問い合わせもしたが、鍵はそれが全てであるとの返答しか受け取れず、結局部屋の中身はわからぬままである。


「おいおい、開かないはずの部屋から物音って―― まさか、幽霊じゃないだろうな?」

「バカを言うなよ。幽霊なんかいるわけないだろ。そんなものが居たら、今頃俺が大騒ぎをしてるよ」

「でも、二階は全然使ってなかったんだろ?」

「そりゃ、そうだけどさ」


 一同、黙りこくった。幽霊という言葉(ワード)に、場の緊張感が増したようだった。


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