第1話 決別
……なんかバレたか?
宿屋の軋む床板を踏みしめながら、俺、『ゼン』は小さく首をかしげていた。
パーティーのリーダーであり、『勇者』のアークから、突然呼び出されたのだ。
長く過酷な旅の最中、俺たちは四六時中顔を突き合わせている。だからこそ、町へ滞在している間は互いのプライベートを尊重し、今後のルート相談やミーティング以外で集まることは滅多にないのだが。
指定されたアークの部屋の扉を開けると、そこには見慣れたパーティーメンバーが全員顔を揃え、重苦しい空気が充満していた。
円卓を囲むように座っているのは、リーダーのアーク。ぶかぶかのローブ越しにも豊かな胸の膨らみを隠し切れていない魔法使いのベル。そして、クリス(貧乳)。
いつもなら姦しい二人も、今は口を開かない。得体の知れない不穏な緊張感が渦巻いている。
……おまけに、部屋の隅には見知らぬ筋肉ダルマが、仏頂面で腕を組んで立っていた。
うん? ありゃ女の子か。
「ゼン君、あの、あのね……」
「駄目よベル。それはリーダーであるアークの仕事。私たちは、まだ口を挟んじゃ駄目」
気まずさに耐えかねたように口を開きかけたベルを、クリスが冷たい声で制止する。再び、部屋は重い沈黙に包まれた。
うーん、これはなんだか猛烈に不安になってきたぞ!
「ゼン……」
沈黙を切り裂くように、アークが乾いた唇を開いた。その声は、無理矢理喉から絞り出すかのように掠れていた。
「俺たちは、魔王を倒すために過酷な旅をしている」
「何だ、いきなり? 知ってるわい。俺もこのパーティーの立派なメンバーの一員! 忘れちゃやーよ?」
努めて明るくおどけてみせたが、空気は重いままだ。アークは俺の軽口を無視し、ひどく悲痛な面持ちでテーブルの木目を睨みつけながら言葉を継いだ。
「……最近は敵も強大になり、命の危険を感じるような、苦戦を強いられることも多くなってきた」
「あー、そういやそうだな」
俺は居心地の悪さから視線を宙に泳がせ、平静を装って相槌を打つ。
「だから、新しい仲間を迎えることにした。そこにいる、戦士のディだ」
アークの視線につられて振り返ると、筋肉女が値踏みするような鋭い目を向けてきて、フンッと鼻を鳴らした。
「お、マジか! 新戦力投入ってわけね、女の子の戦士とか珍しいね。よろしく! 俺はゼン。一応このパーティーじゃ先輩になるけど、全然ため口でいいからね! あとで飲みに行こうぜ!」
俺が愛想よく右手を差し出しても、ディはピクリとも動かず、気まずい空気が流れた。アークがゆっくりと、俺に向かって決定的な一言を放った。
「というわけで……ゼン。お前、パーティーを抜けてくれ」
「……え?」
一瞬、自分の耳を疑った。時間が止まったかのような錯覚に陥る。
「な、なんで?」
「こういうことは、本当に言いたくなかったが……お前は、このパーティーの足手まといなんだ!」
アークの叫びが、狭い部屋にビリビリと響き渡る。
突然、何を言い出すんだ。冗談にしては悪趣味すぎる。
「おいおい、ちょっと待てよアーク。俺はこのパーティーで唯一の到達者、S級レベル99だぜ!? それを追い出すとか、お前どうかしてるぞ? それにさ、魔王討伐パーティーに新しいやつを入れたからって、誰かを追い出そうとかする必要ないだろ? みんなで仲良く頑張ればいいじゃん!」
必死に笑い飛ばそうと早口でまくしたてる俺から、アークは耐えきれないとばかりにスッと目を逸らした。
「何だってんだよ!?」
俺はたまらず、後ろで俯く二人に視線を向けた。
「ベル! クリス! お前たちもアークと同じ考えなのか!? 俺のこと、足手まといだって思っていたのか!?」
すがるような俺の問いかけに、クリスはいたたまれなそうに顔を背け、ベルにいたっては両手で顔を覆ってボロボロと泣き出してしまった。
……誰も、俺と目を合わせてはくれない。
「……そうかよ」
俺は深く、重い息を吐き出し、静かに天井を仰いだ。
「いまでこそ『勇者様』なんて周囲からチヤホヤ持ち上げられているお前らも、五年前は田舎から出てきたただの鼻たれ小僧と尻の青い小娘だった。俺はそんなお前たちに、冒険者としてのイロハを教えてやったつもりで……いつしか、背中を預けることのできる仲間だと……思っていたよ。……どうやら、絆を感じていたのは俺だけだったわけか」
そんな俺の独白に、部屋の空気が限界まで張り詰めていく。
「……俺だって! 俺だってずっとお前と一緒に冒険したいさ!!」
そんな重く暗い空気の中、突如、アークが両目から大粒の涙をこぼしながら絶叫した。
「だったら!」
『俺も連れて行ってくれ!』。その言葉を遮るように、バンッとアークが力任せに円卓を叩く。
「お前の職業、【遊び人】じゃねえか!! さすがにもう無理だ! フォローが……しんどすぎる!!」
「あちゃー、それを触っちゃう? いまさらー?」
——戦士は、戦い己の力を示すことでレベルが上がる。
——魔法使いは、深淵を覗き、新たな魔法を学び覚えることでレベルが上がる。
——そして遊び人は、ひたすらに『遊んでいれば』レベルが上がる。
レベル99の遊び人。
それは、生きている時間のすべてを遊びと享楽に費やした証明であり、周囲への迷惑を一切考慮しないという鋼のメンタルの結晶であった。
次回!
『処女返せ』
※サブタイトルは予定であり、予告なく変更する場合もございます。




