4-9・探偵勝負-ご飯もの-
まず釘木野が用意した本来の出題について触れておこう。出題カードにおいてA倉を殺した犯人は『A倉本人』である。そもそもA倉が死んでいない――転落死は狂言だったというオチだ。A倉は到着早々単独行動をとり、寅絵の推理したとおりの動きで死体を演じる。そして悲鳴のアラームが鳴り響き、懐中電灯に照らされながら発見される……そういう筋書きだったのだ。
が、この筋書きには穴が多い。一つ、協力者のいないA倉単体では悲鳴のアラームをタイミングよく鳴らすことが非常に難しい。二つ、倒れているA倉本人を調べると死んでいないことがすぐわかってしまう。三つ――これは俺の個人的な感想だ――死者なき事件は物語として弱い。本当は誰も死んでなんかいませんでした、よかったですね。日常の謎中心のミステリならまだしも、殺人トリックを扱う俺としてはちょっと物足りないところだ。
だから俺はA倉を殺した。狂言ではなく、本当に死んでもらった。そのほうが出題として面白い。
俺が今回の出題を『殺人事件』と断言した時点で釘木野はかなり焦っただろう。ふたを開ければ今回の事件はただの狂言、開幕と同時に殺人と断言することはネタバレあるいは問題文の虚偽申告に該当する。そして出題を聞くうち悟ったのだ。今回の事件がすでに自分のものではないことを。
とはいえ、この時点で『俺がA倉を殺した』というのは言葉のあやでしかない。出題者の俺が出題内容を改変するため問題文中の登場人物を殺したとして、それを指して『殺人犯である』とは到底言えないのだ。
では、なぜ今回の犯人は俺――黒繰朔夜なのか。
「私たちの質問に『はい』か『いいえ』で答えてきた黒繰さんですが、これまで二回返答を拒否しています。一回目は寅絵さんの『A倉さんが殺されたのは屋上か?』という質問に対して『ぜひ推理して』と躱しました。A倉さんの殺害場所は悲鳴のトリックに関連するので、たしかに、この質問に答えてしまっては勝負になりません。でも二回目。私が『廃墟にいたのはA倉さん、I田さん、U村さん、E園さん、O木さんの五人だけだったのか』と質問したとき、黒繰さんは『少なくとも肝試しに来た彼らが見知らぬ第三者と遭遇することはなかった』……と。一見、質問に答えているようで『はい』とも『いいえ』とも言いませんでした」
明崎さんは一度言葉を区切って全員の様子を確認した。外島と釘木野はまだわかっていない。が、探偵の推理披露の場だ、弁えて黙っている。寅絵もまた、黙っていた。自分なりに推理を再構築しようとしているのかもしれない。あるいは、敗北に打ちひしがれているのか。とにかく推理を聞く姿勢のようだ。
「黒繰さんが私の質問に答えなかったのは、なぜか。単純です。聞かれては困ることだったからです」
明崎さんは指折り数え始める。
「廃墟にはA倉さん、I田さん、U村さん、E園さん、O木さんの計五人がいたことになっています。私からの質問は廃墟にいた人間の数を確定させるものでした。実は近くに本当にホームレスの方がいて、偶然A倉さんと鉢合わせて殺してしまった……そんなイレギュラーを排除しておくつもりでした。それに対し、黒繰さんは返答を避けた」
明崎さんは左手の人差し指を立てた。
「そこで私は考えました。場には六人目の人物がいたんじゃないか――と」
明崎さんの結論に、寅絵が「おかしいわ」と呟いた。
「六人目がいたなら、どうして誰もその人物について言及しないの? ずっと懐中電灯を消して潜んでいたとでも? それに、ホームレスなんかいなかったんでしょう? 見知らぬ第三者との遭遇は、ないんでしょう?」
明崎さんは「順番に説明しますね」と前置きして言った。
「まず、六人目の人物はホームレスではありません。見知らぬ第三者でも、ありませんでした。懐中電灯を所持していなくてもスマートフォンのライト機能があれば行動できることを一人で階を移動したO木さんの存在が示唆しています。六人目の人物は場にいる五人全員にとって共通の友人で、A倉さんのドッキリの協力者で、A倉さんを殺した犯人で――なおかつ出題時、自分の登場を一切語らないことでその存在を隠せる人物です」
寅絵は顔を上げた。驚愕に見開かれた目は、やがて睨みつけるような鋭さを帯びる。彼女は真に理解したのだ。寅絵からの熱い非難の眼差しを欲しいままに、六人目はコーヒーを傾けた。
「じゃあ、アナタ……友人から聞いたという前置きがそもそも嘘ということ?」
「いいえ。空白の一時間、ほかの四人がどう行動していたか俺には知る由もありません。ですから、その時間お互いが何をしていたかは聞き取った……そういう設定です」
「呆れた」
言い捨てる寅絵。そこに明崎さんが注釈する。
「『黒繰さんにこの話をした人物が犯人』という寅絵さんの推理は部分的には合っているんです。でも、真実はもっと捻じ曲がっていた。黒繰さんが死因や犯人を断言できたのは、出題者だからではなく、出題に登場する犯人だったから。自ら起こした事件です、答えたくない質問はあっても、答えられない質問はなかったでしょう」
そう、だから今回の犯人は俺なのだ。俺は出題中、自分の行動を一切説明しないまま空白一時間のどこかでA倉を殺し、何食わぬ顔でロビーへ再集合した。生きている四人と一緒にホテル内を探索し、屋上でA倉を見つけ、そのまま解散となった。警察組織の介入がないため犯人の俺が捕まることはなく、今回の勝負では探偵たちへの挑戦状のつもりで自らの犯行を出題に仕立てたという筋書きだ。
外島が音もなく拍手し、釘木野が悔しそうに顔を歪める。
「とはいえ、フェアかアンフェアかでいうなら、今回の出題はアンフェアだったと思います」
明崎さんはちょっと厳しめの口調だった。
「だって、普通に推理するなら今回の犯人はO木さんです。寅絵さんの説明でほぼすべての謎が解明されているんですから。ただ犯人が違うだけ。それも……出題者本人がそうだった、なんて」
「叙述トリックだね」
「出題側の悪意を感じます」
そのものズバリ悪意を込めた出題だったので何の反論もできなかった。
明崎さんは咳払いして「勝負としてはどうなるんですか?」と聞いた。
「とても納得はできませんが、一応、私の勝ちということになるんでしょうか?」
「うん。明崎さんの勝ちだよ。明日からも俺は明崎さんの助手のまま。安心したよ。やっぱり明崎さんは優秀な探偵さんなんだってね」
「…………」
無言が痛い。
自然、視線が寅絵を向く。寅絵が負けを認めれば、明崎さんも勝ちを認めるだろう。たしかに寅絵はトリックを当てた。しかし犯人――俺に届くことはとうとうなかったのだ。そこだけでいいから認めてほしい。
「……アタシの負けよ、明ちゃん」
寅絵は存外、素直に負けを認めた。
「こんなヒトが助手だなんて、アタシの手に余るわ」
とげのある言い方だな。
「でも、諦めないわ」
寅絵は乱れた前髪を整えると、ぎらりと光る目で俺を見た。
「アタシは朔夜さんを諦めない。探偵としては負けたかもしれない。でも、女としてはまだ勝負もしてないわ。朔夜さん、明ちゃんとは七つも年の差がありますよね。どういうつもりのお付き合いなんですか? プロポーズまで考えてる? それとも、ただの遊びなんですか?」




