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その探偵助手、黒幕につき  作者: 上山流季
第三話「舞台に立つ者そつなく演ぜよ」
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3-18・エピローグ

 事件のあらすじ、そしてトリックの全容について解説しておこう。

 まず、今回のトリックは二幕構成だ。トリックの購入者――つまり真犯人が姫宮海心、共犯者兼第二の被害者が貴志耀平、純粋な第一被害者が王鞍統治となる。

 今回のトリックを簡単に説明すると、共犯者に被害者を殺させたあと、その共犯者を自殺に見せかけ殺すというものだ。

 真犯人は殺したい人間を二人選定することができる。そしてより言う事を聞きそうなほうを共犯者として懐柔する。

 共犯者に第一のトリック――今回はハチ毒を使ったものだ――を実行させ、まず被害者を殺す。肝心なのは、被害者が死んだあと共犯者だけ(・・)が警察なり探偵なりによって追い詰められなければならないことだ。仮初の犯人バレ――この工程がなければ二幕構成である意味がない。

 焦る共犯者へ、真犯人はこう持ちかける。遺書を残して二人で逃げよう。警察がありもしない死体を探しているうちに、二人で海外にでも高飛びしてしまえばいい。

 そうして共犯者に遺書を書かせ、断崖絶壁――高所であればどこでも構わない。高層ビルの屋上なんかでも代用可能だ――に連れ出し、遺書を置かせる。そばに脱いだ靴を揃えさせてもいいだろう。その(・・)タイミングで(・・・・・・)共犯者を(・・・・)突き落せば(・・・・・)トリックは(・・・・・)完遂だ(・・・)。遺書が自筆だと一層効果的である。

 ちなみに真犯人が高飛びする必要はない。するべきではない。すべての罪を共犯者に押し付けた以上、真相が暴かれない限り真犯人には邪魔者の消えた日常が約束される。

 現場から署に戻ってきた明崎さんもまた、俺、士道、外島を前にそのように解説した。

「時系列順に説明しましょう。五月三日、まりんちゃんは王鞍さんの殺害計画を貴志さんに任せるかたちで安全圏に逃れます。同日、共犯者の貴志さんはバミリテープの下にハチを設置するトリックで王鞍さんを殺し、予備で持っていたのだろうハチを黒繰さんの荷物に混入させ追及を逃れようとしました。が、彼本人による秘密の暴露で失敗。翌五月四日、アパートの自室には戻らず、夜をまりんちゃんの部屋で過ごした貴志さんは遺書を用意し千葉の海岸線へ向かいます。あるいは、遺書を書くことで自殺を偽装し、逃亡時間を稼ぐつもりだったのかもしれません。しかし実際には、貴志さんは同行していたまりんちゃんによって崖から突き落され自殺を装うかたちで殺害されてしまいます。そしてまりんちゃんは東京へ戻る折、羽織っていた(・・・・・・)モスグリーンの(・・・・・・・)MA-1(・・ ・)をビビッド(・・・・・)ピンクに(・・・・)裏返すことで(・・・・・・)カメラの目を欺き、そのままの姿で警察署を訪れたのでしょう」

 士道が「なるほどなァ……」と渋い顔で呟く。

「駅の防犯カメラに映っていた貴志は、たしかに、モスグリーンの服を着た女と一緒だった。それが姫宮海心だったってことか……。で、東京(こっち)に戻ってくるときは今度はピンクに色を変えて……。カメラ映像は洗い直しだな」

 明崎さんは眼鏡の位置を両手で直しながら「で、肝心の動機なんですけど」と少し言いにくそうにした。

「そのうちまりんちゃんが自白するとは思うんですけど、黒繰さんの言ったとおり、二股をかけていたんだと思います。貴志さんが王鞍さんをライバル視していたのは、隠れた嫉妬心からだったのかもしれません。貴志さんは、王鞍さんをずっと邪魔に思っていた」

 そしてちらと俺を見て「黒繰さんを犯人に仕立てようとしたのも、おそらく復讐の意味合いがあったのでしょう」と言った。

「復讐?」

「ええと、はい。そうなります」

 明崎さんはそれ以上言及しようとせず、士道もなにやら厳しい表情で俺を見るだけに留め、外島もまた俺を見ながらうんうん頷いていた。どうやら、なにかやらかしているらしい。

 貴志からの復讐。たぶんおそらく察するに王鞍に向けて実演したアレのことなのだが、だとしたらやはり、もらい事故だ。そもそもアレは姫宮からのアタックがなければ成立していない。俺は、被害者だ。公衆の面前で姫宮の名誉を棄損しただけで犯人役を押し付けられても困る。

 なればこそ――警察のいる前で姫宮の名前を出したからこそ、貴志は秘密の暴露をしたのかもしれないが。

 騎士(ナイト)を気取っていたからボロを出したわけだ。大した忠犬振りである。

「どうして貴志さんとまりんちゃんが親しい間柄だと気付いたのか、なんですけど……実は私、昨日の時点で瑞木さんから聞いていたんです。瑞木さんは、なんとなくの直感だから確証はないって言っていたんですけど」

 主演女優、瑞木京花。あるとき、彼女は貴志が姫宮へ想いを寄せていることに勘付いたのだそうだ。隠れて付き合っていたことまでは知らなかったようだが、瑞木の示唆は、俺の目撃した首筋のキスマークによってひとつの仮説を浮かび上がらせた。

 貴志と姫宮が共謀して王鞍を殺したとする仮説だ。

 しかし昨日、共犯関係だったはずの貴志だけが死体として発見される。仮説が正しいとするなら、真相として浮かび上がるのは姫宮の裏切り――あるいはすべてを計算したうえでの真犯人(・・・)だったとする新説だ。

 そこで、今日決行された北風と太陽作戦である。

 作戦後、俺たち三人は待機していた士道に形式上の通報を行い、事情聴取を受けた。その間に警察機関は逮捕状を請求し、姫宮を連行したそうだ。

 今にして思えば、首筋のキスマークは貴志なりの抵抗だったのだろう。あるいは所有欲――独占欲。ずっと邪魔に思っていた王鞍を殺し、姫宮を手に入れたことを周囲に誇示するための、あるいは俺を含めた他の男への牽制だったのかもしれない。姫宮は自分のものなのだというアピール、マーキング。警察機関はあのキスマークも一種の証拠として見ているそうだ。ここまで効果を発揮するダイイングメッセージもなかなかない。

 そうして第一会議室で明崎さんによる簡単な解説を受けていると、あっという間に午後六時三十分になっているのだった。

 時間切れ(タイムアップ)だ。

「さて、朔夜様。実は車に衣装がございます。本邸に到着し次第着替えましょう。私も燕尾服に戻らなくては」

 外島からの催促に、俺は「今着てるスーツじゃ駄目なのか?」と軽く抵抗してみる。

「うーん、少々カジュアルすぎるかと。オーダーの燕尾服(テールコート)のご用意がありますよ」

「お前とお揃いか」

「まさか! 朔夜様の衣装は桁が違います! 私のはコスプレみたいなものですよ!」

「はは、やめろ。金持ち以外の全員を敵に回す」

 軽口を叩いていると、士道が金持ち以外の全員を代表するような顔で「な? 縁、切れるうちに切っといたほうがいいぜ、嬢ちゃん?」と明崎さんに耳打ちする。明崎さんはそれを苦笑いで断ると俺に向け言った。

「今日もお忙しい中ありがとうございました。お礼については、また後日。特に、今回は黒繰さんがいてくれなかったら解決できなかったと思います」

「明崎さんの力になれたなら光栄だよ。今日は最後まで一緒にいられなくてごめんね。また今度、お礼のお菓子も楽しみにしてるよ」

「はい! それはもう、気合いを入れて!」

 星々の輝く大きな目を細めて、明崎さんは満天の笑顔を浮かべた。

「それでは朔夜様。こちらに」

 外島の案内に従い警察署を出ようとして、背後で、士道が明崎さんになにか話を持ちかけようとしている場面を目の端に捉える。思わず足を、息を止める。

「朔夜様?」

 俺がついてきていないことに気付いた外島に声をかけられ、ハッとして前を向き直る。

「ああ、なんでもない。行こうか」

 会食なんてなかったら、俺もあの場にいられたのだろうか。

 士道が持ち出そうとしていた話、その一単語が耳に焼きついて離れない。

 ――嬢ちゃんは匿名殺人(・・・・)伝道師(・・・)って知ってるか?

 心臓が早鐘を打つ。まさか俺だとバレたわけではないだろう。それでも、警察官の士道から探偵である明崎さんに向けてその名前が出るということは、ただの雑談ではないはずだ。

 マイバッハに乗り込むと、運転手の外島がエンジン音と共になめらかに発進させる。その後部座席に座りながら、窓の外、夕間暮れの街並みをぼんやり眺めた。内装が黒であることも相まって、夜に落ちていく街は一層煌びやかに見える。

 明崎さんは、俺が黒幕だと気付くだろうか?

 証拠らしい証拠は残していないはずだ。出しゃばった働きも、していない。気付く余地はまだまだないはずだった。しかし、このまま探偵と助手の関係でいれば、いつか。

「……ふふ」

「おや、なにか面白いものでも?」

 外島からの茶々入れに、俺は「なんでもないよ」と返す。

 俺によって見出された探偵・明崎(あきさき)(あかり)黒繰(くろくる)朔夜(さくや)を黒幕だと見抜いたなら、そんな瞬間がいつか来るなら、それはまさしくきまぐれに(・・・・・)両手で(・・・)温めた(・・・)卵から(・・・)雛が孵り(・・・・)空を飛ぶ(・・・・)ことと(・・・)同義だろう(・・・・・)。 このまま探偵と助手の関係でいれば、いつか、きっと気付く。

 ――しかし、それは断じて今では(・・・)ない(・・)

「外島、今後も明崎探偵の事件簿が気になるか?」

 運転席に声をかけると、外島は「もちろん! 朔夜様は、今後も助手を続けるおつもりなんでしょう?」と聞いてくる。

 それこそ、もちろんだ。

 俺は「なにか事件があるたび自慢してやるよ」と返すと、窓に目を向ける。

 日は落ち、夜の闇が街の灯りを一層際立たせる。月はない。雲に隠れているのか、新月なのか。あるいは地上の灯りに目が眩んで姿を隠しているのかもしれなかった。窓ガラスは夜に染まる街を背景に俺の姿を反射する。黒い髪、黒い目、黒ベースのブランドスーツに、彼女の眼鏡と同じ赤のネクタイ。右手首にはブランド物の腕時計。人並み以上に整った顔立ちは男女を問わず魅了するらしいが、これは誰に言われたのだったか。

 窓ガラスの俺は薄く笑う。それは今後も店を続けるだろうという予感であり、探偵への期待であり、なにより――破滅への階段を上り始めたことへの恐れと、それを隠すための演技(フェイク)だった。



◆第三話『舞台に立つ者そつなく演ぜよ』了

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