3-1・閉店
唐突だが、一時的に店を閉めた。
例の非合法殺人トリックを売買する店だ。これ以上は耐えられない。次いつ開けるか見通しすら立たない。二度と、開かないかもしれない。
俺は三流動画投稿者の怪しげな陰謀論解説をタブレット端末で倍速再生しながらスマホのラジオアプリでいつかのタクシー運転手が推す番組を流しながらテレビで録画したワイドショーを見ていた。全部俺の店に関する特集が組まれている。どれも面白おかしく脚色が加えられ、しかし一度聞くとすぐに飽きる代物だった。誰が考え流通させているのか、ファーストインパクトばかりが強烈で細部は杜撰なストーリーラインが多い。テレビの特集に至っては再生数の多い動画を再編集したVTRを流しただけ、それを見たタレントが気休め程度のコメントを残すだけといった有様だ。いつからテレビはネットのキュレーションになったのだろう。同じ内容の焼き直しが一番うんざりする。
それもこれもどれも全部に目を通そうとした俺が愚かだったのだ。もはや、追い切れない。反響が反響を呼び一部クローズドな界隈ではエコーチェンバーが起き俺の店をカルト宗教じみたある種のカリスマとして崇める機運まである。世間では『キラプロ』などという不本意に不名誉を重ね塗りして無様をトッピングしたような略称まで流布している始末。俺の店を、ひいては俺をキラプロなどと呼ぶな。親しみやすい語感であることが余計に神経を逆撫でする。親しむな。馴れ合いたくて店を出しているんじゃない。イライラする。世間のオモチャにされるくらいなら店を閉めたほうが何倍もマシだ。
実例を挙げてみよう。これはキラプロ都市伝説の中でも秘密組織説に類するものだ。いわく、匿名殺人伝道師とはそもそもある組織が主催する大規模社会実験のひとつで、本来なら死刑になっているはずの知能犯によって殺人トリックを生み出し、不特定多数にばら撒くことで地域ごとの不安定さを数値化、特に不安定な地域の情報を裏社会へ流しているというものだ。数百万円にも及ぶトリック額はふるいとしての意味しかなく、つまり本当に殺人トリックを欲している人間という基準への目安に過ぎず、組織存続の資金源は別にあるとされている。その真の資金源とは、不安定さの数値――換言して犯罪の成立しやすい地域分布図という真の商品を買う裏社会からの裏金であり、しかし裏社会は表社会と密接に繋がっているため事実上この秘密組織の撲滅は不可能なのである、うんぬん。
よくもここまでスケールの大きい与太話を考えついたものだ。小説家にでもなることをオススメする。
そもそも個人経営であるはずの俺の店に対し、なぜここまで組織説が根強く人気なのか、それは俺の店の形態が問題となってくる。
単に店とだけ形容しているこのWebページ、実はひとつではない。それはときに匿名掲示板に現れる説明のない短縮URLであり、それはときにパソコンを致命的に破壊するウイルスソフトの隣に並ぶバナーであり、それはときに眉唾物の健康食品を賛美する似非科学万歳なサイトの購入ページ最下段の商品であり、それはときにクリックした人物を任意の人数番目のお姫様として扱う自作小説掲載サイトの隠しコマンドページであり、要するにまともにインターネットを使っていればまずクリックしない明らかな罠ページとしてしか掲載していないのだ。それを開いたり閉めたり移転したり、あるいは複数同時に乱立したりするのだから探そうと思っても正気の状態ではまずクリックしない。できない。クリックしても最低金額三百万円からの買い物だ。躊躇している間に俺が店を閉めてしまう可能性もある。俺の店でトリックを買うには運と蛮勇が必要なのだ。人間を殺すための方法が三百万円で買えるのならば詐欺でも飛びつく――そういったある種狂気に苛まれ追い込まれた人間だけが俺の店でトリックを買えるのだ。
それなのに今の状況ときたら!
ド三流動画投稿者による『噂のトリック買ってみた』なんて開封動画でも出てこようものなら目も当てられない。そんな事態を避ける意味でも今の段階で一時的にであれ永遠にであれ店を閉める判断は間違ってはいないはずだ。
頭を冷やすべきなのだ。世間も、俺も。
テレビとスマホとタブレットを黙らせて、リビングのソファーに深くもたれかかる。ソファーは三人掛けほどの大きさがあるが俺が誰も家に呼ばないので活躍の機会はあまりない。色は黒。材質は革。殺人トリックよりは安かったと思う。流石に人の命がソファーより安かったら引く。言い換えれば俺の店での買い物はソファーを選ぶより難易度が高いということだ。
人を殺すことの難易度は、俺の中ではそれなりに高く設定されているのだろう。
とはいえ実は三百万より安価にアリバイトリックを売っていたりもする。直接人を殺すための商品ではないことから、大体このソファーと同じくらい、五十万とか百万とかで売っていたと思う。先日の事件で使われた留守番電話のトリックがそうだ。細々とした商品だったから存在をすっかり忘れていたが、あれはあれで上手い使い方だったと評価している。特に俺にその使用を気取られなかったという点がしてやられた。あの自白がなければきっと彼女は逃げ切った。
だから、わからなかった。なぜ自白したのか。明崎さんに解説してもらったものの、完全に納得したとは言い難かった。
「……明崎さん、今なにしてるのかな」
俺は壁にかかる時計を確認する。平日の夜十時。メッセージを送ってもまだ許される時間帯だが、しかし、話題があるわけではない。ただ明崎さんが今なにをして過ごしているのか漠然と気になるだけだ。
一体なにをして過ごしているのか、そして――誰と過ごしているのか。
明崎さんは友達が多い。特に、同性の友達が多い。しかし男友達がまったくいないというわけでもないだろう。
この時間、一緒に過ごす男なんかいたりするのだろうか。
「…………」
急になにもかも面白くなくなり、ソファーに足を投げ出し寝そべった。
俺ではない男と連れ立って歩く明崎さん、嫌だ、想像したくない。明崎さんの隣は俺が独占していなければ嫌だ。彼女と手を繋ぐのは俺だけでいい。たくさんの友達なんていなくていい。俺が、俺だけが彼女のそばにいればいいのに。
明崎さんにスマホケースをプレゼントした。これで、彼女の中に占める俺の面積が少なからず増えたはずだった。なのに、俺の中の明崎さんも同じかそれ以上のペースで大きくなって、これじゃあ、全然、不均衡だ。釣り合っていない。もっと欲しい。もっと明崎さんの中に俺専用のスペースが欲しい。みんなに優しい明崎さん、そんな彼女の特別になりたい。特別、唯一、例外、最優、言い方はなんでもいいがとにかく俺は明崎さんに贔屓されたいのだ。その他大勢と同じ対応では満足できない。もっと、俺だけを見てほしい。俺が君だけを見ているように。
ソファーに寝そべったまま、黙らせたばかりのスマートフォンを手に取る。なにをしているか気になるならメッセージを送ってみればいい。すぐに既読がつくなら暇しているということだし、既読がつかず返信がないなら。
暇ではない、ということだ。なにをしているかまでは、わからない。
俺はしばらく、明崎さんへなんとメッセージするか悩んでいた。こんばんは。お疲れ様です。いまなにしてる? どれも違う気がする。なにか、過去の事件に関連して気になることを改めて質問するか? 駄目だ。トリックの全容は聞くまでもなく知っているし、事件の関係者のその後なんかには興味がない。そんなことより、前回の見せかけ強盗に対するお礼のお菓子へのリクエストでも送ったほうが建設的だ。しかし俺の中ではまだ手作りお菓子の解像度が荒い。クッキー、マフィン、ジャムマフィンだ。それ以外はパッと思いつかない。であれば、次はいつ会えるか、それだけでもスケジューリングしておいたほうがいいのではないだろうか? 俺も一応それなりには忙しい身分だ。もちろん明崎さんのためならどんな予定だろうとリスケする所存だが、ときに、移動やキャンセルの効かない予定もなくはない。
特に親族に呼び出されたりなんかすると、要するに黒繰の家の予定なんかが入ると、基本的には断れない。もちろん明崎さんとの予定より優先される。非常に不本意だが、そうなる。
そもそも俺が今の地位を築いているのは――不動産系企業で役員としての仕事に就いているのも、一人で暮らすには持て余すほどのマンションで優雅に生活できているのも、喫茶店代やタクシー代では痛まない程度の財布を持っているのも――すべて黒繰という家の力だ。俺の力ではない。もちろん家の名に恥じぬよう相応に努力はしてきたつもりだし、これからも続けていく。が、どうしたって黒繰の名を名乗る以上、その庇護を受ける以上、家の予定はなによりも優先されるのである。
「ま、家の予定なんてほとんど入らないけどね」
呟いて、スケジュール管理のアプリケーションを起動させる。もちろん家の予定はない。仕事の予定は、あるが。
ここで俺は、世間がそろそろ連休に突入することを思い出す。五月初旬の大型連休、いわゆるゴールデンウィークである。役職の都合上、平日休日問わず仕事することが少なくないためあまり意識はしていなかったが……。
「明崎さんも休みなのかな」
横にしていた体を起こし、ソファーに座り直す。
「ゴールデンウィークの予定は決まってる? ……かな」
メッセージアプリに文言を入れる。ゴールデンウィークをどう過ごしたいのか、明確なビジョンがあるわけではない。しかしメッセージを送る免罪符としては悪くないカードだ。なにより、次に会うための口実ができる。どう過ごすかは別に二人で相談して決めればいいことだ。日程が決まればディナーの予約なんかも取りやすい。
「とりあえず送ってみるか」
俺はなにも考えず送信ボタンを押したあと、もし『もう空きがない』と返ってきたらどうするか考えていなかったことに思い至る。が、その場合は諦めて仕事をするほかないだろう。明崎さんには明崎さんの予定がある。俺のために連休すべてを使ってもらえるなんて思ってない。
明崎さんは俺だけを見ているわけでは決してないのだ。彼女には彼女の生活があり、友達がいて、家族がいる。俺はその中の一人に過ぎない。その他大勢の一部に過ぎない。たまに探偵を手伝って、対価にお菓子をもらう。それだけの関係なのだ。
――家族や友人以外にお菓子を振る舞う機会って、あんまりなくて。
前回の、俺にお菓子を振る舞ったときの明崎さんの言葉だ。逆説的に俺は明崎さんにとって家族でも友人でもないことを意味している。じゃあなんなのかと問われるとただの助手としか返せない。ただの助手、探偵助手。
明崎さんが探偵じゃないとき、俺は、彼女にとってただの他人だ。
ここで急な不安に襲われた。事件でもないのに連休の予定を聞いてくる探偵助手ってなんだ? 嫌じゃないか? しかし明崎さんにとって探偵とは仕事ではなくあくまで趣味だ。趣味仲間からプライベートに遊ばないかと誘われるみたいな状況ということか? 趣味に関係なく?
俺なら『ちょっと嫌』だ。しまった、もっと考えてから送ればよかった。しかしもう遅い。メッセージは送信されてしまった。覆水は盆に返らず、こぼれたミルクを嘆いても仕方がない。
ただ既読と返信を待つしかない。
俺はため息をついて、タブレット端末のスリープを解除し停止させていた陰謀論解説動画を流し始めた。なにもせず待つと気が狂う。適度にスマホへの集中を削がなければならない。とりあえずこの動画だけでも消化して――
「わっ!」
手にしたままだったスマホからの振動と通知に思わず声を上げる。まさか、明崎さんからの返信だろうか? 素早い。ということは暇していたのかもしれない。
ワクワクしながら覗き込んだスマホには、メッセージの受信通知が入っていた。
『お疲れ様です。急になりますが、五月五日午後七時に黒繰本邸へお越しください。当主の轆轤様が会食をご希望です。当日三十分前には車でお迎えにあがります。外島』
「ッざけんなクソジジイ!」
黒繰轆轤――黒繰家現当主であり黒繰グループの会長を務める、俺から見て二親等の直系尊属、いわゆる祖父からの絶対にパスできない会食の予約が組み込まれた瞬間だった。




