2-9・エピローグ
その後、言葉通り解散することとなった。俺は途中までタクシーで送ることを提案したが、明崎さんは断った。
「まだ電車があるので大丈夫ですよ。そこまで疲れてもいませんし」
無理に送るのもどうかと思ったので大人しく引き下がり、駅まで一緒に歩くことにした。明崎さんは終始ご機嫌で、俺の手を取ることこそなかったものの、隣を歩く俺と目が合うたび「えへへ」と破顔するのだった。
「今日は本当にありがとうございました。では、また」
そう言って、笑顔の明崎さんは俺に小さく手を振り駅構内へと消えていった。
俺も、機嫌がいいと言えた。いい気分だ。悪くない。今日という一日を総合すると忙しかったのは事実だが、終わりよければすべてよし、だ。
駅前からタクシーに乗り、マンションまで走らせることにする。
「どういたしまして、か」
明崎さんの『ありがとう』には『どういたしまして』を返すことが必要らしい。もちろん、彼女が望むなら俺は応えるだけだ。
窓の外を都市の灯りが流れていく。地上は夜を忘れた真昼のようで、空に星ひとつ見つけられやしない。
と、タクシーの運転手が俺に向かって声をかけた。五十代ほどの髭を生やした男だ。
「お客さん、ラジオ、音量上げても大丈夫ですかね? 今、すごく面白い番組をやってるんですよ」
「構わないよ」
答えると、運転手は宣言通りラジオの音量を上げた。
『世間を賑わせる匿名の殺意! 我々は今後も彼? 彼女? あるいは組織? ネットの闇を暴いていきたいと思います!』
運転手が言った。
「最近、同業者の間で話題なんですよ! そろそろテレビにも進出するんじゃないかと思ってましてね。トレンドってやつです」
いまいち話の流れが読めない俺の顔をルームミラー越しに確認した運転手は、快活に笑うと続けて言った。
「アノニマス・キラー・プロデューサーですよ! 漢字で匿名殺人伝道師! なんでも、殺人トリックがネットで買えるとかで! 怖い世の中ですよねえ」
ああ、そういえば週刊誌ばかりでラジオまではチェックしていなかった。
俺はあまり興味がないという顔で「へえ」と相槌だけ打った。運転手はその後も胡乱な噂について語り出す。
「どれだけの人間がこの殺人伝道師に狂わされてきたことか! トリックも高額で売られているらしいし、なにが目的なんでしょうね……! 私は秘密組織説を推しているんです。世の中を混沌に導こうとする……陰謀論って言うんですかね! 中でも彼の国からのスパイ説が面白かったなあ……! 国家侵略説! 混乱に乗じて我が国をですね……!」
なにが目的、か。ここでもホワイダニットだ。
熱く持論を語る運転手を冷めた目で見ながら俺は言った。
「案外、なにも考えてないんじゃないかな?」
「え?」
「愉快犯ってこと」
俺の言葉に運転手は一瞬だけ呆けた顔をしたが、直後「まっさかぁ! そんな説、聞いたことないですよ!」と大きく笑い「意外性はありますが背景設定が甘いですね! 三十点!」と一蹴した。
◆第二話『あなたへ捧ぐホワイダニット』了




