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VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


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第7話:The Guillotine of Skyscrapers

 崩落した第4武器庫の換気口から、黒い煙と共に二つの影が這い出した。


 ジャック・ヴァン・ドレンは、血と硝煙にまみれた手で、ぐったりとしたバリスティック・クイーンを地面に下ろした。

 ヴェンディス・マークツーの装甲は無惨にも引き裂かれ、右肩のケーブルからは青白い火花が散っている。


「……ハァ、ハァ……無事か、クイーン」


「"Don't touch me..."(触らないで……)」

 クイーンは毒づきながらも、力なく身をよじった。彼女の自慢だったレールガンは、先ほどの爆発でひしゃげ、ただの重い鉄塊に成り果てている。


 ふと、周囲を異常な静寂が包んでいることにジャックは気づいた。

 深夜の港湾地区。本来なら野次馬や報道ヘリが集まっているはずの場所が、冷徹なまでの闇に沈んでいる。


 カチ、カチ、カチ――。


 数十ものレーザーサイトの赤い点が、ジャックの胸元とクイーンの眉間に集中した。


「"Freeze! St. Millionaire Police Department!"(動くな! セント・ミリオネア市警察だ!)」


 暗闇の中から現れたのは、通常のSMPD(市警察)の制服ではない。

 全身を真っ黒なタクティカル・スーツで固め、最新鋭の突撃銃を構えた特殊部隊(SWAT)のような集団だった。その数は、少なくとも二個小隊。


「"Wait!"(待て!)」

 ジャックは傷だらけの両手を上げ、盾となってクイーンを背後に隠した。

「俺はジャック・ヴァン・ドレンだ。この女を拘束した。……負傷している、すぐに救急車を――」


「"We're not here for an arrest, Mr. Van Doren."(逮捕に来たわけじゃないんですよ、ヴァン・ドレン氏)」


 部隊の隙間から歩み出てきたのは、冷酷な笑みを浮かべた一人の警部だった。

 彼の襟元には、本来の警察バッジの代わりに、あの忌まわしい「翼の折れた天使」の紋章が刻まれたピンが輝いている。


「"We're here to 'clean up' the garbage."(我々は『ゴミ掃除』に来ただけだ)」


 警部が指を鳴らした瞬間、数十の銃口が一斉に火を噴こうとした。


『ジャック、伏せて!』

 インカムから届くクレアの悲鳴が、夜の闇を裂いた。


「"Damn it!"(くそっ!)」


 ジャックは、もはや防御機能すら失われかけた左腕の「鉄板シールド」を力任せに振り上げた。

 資産を失い、権力を失ったジャックの前に立ちふさがったのは、かつて彼が多額の寄付で支えていたはずの「正義の組織」だった。


 降り注ぐ銃弾の雨。ジャックは廃棄されたコンテナの影にクイーンを突き飛ばし、自らも身を投げ出した。

 

 SPANK! SPANK! SPANK!

 

 コンクリートの壁が削れ、火花がジャックの頬を掠める。

 ヴェンディス・マークツーのバイザーに、ノイズ混じりの緊急通信が飛び込んできた。


『ジャック! 逃げて、そこはもう警察の管轄じゃないわ!』

 セーフハウスのモニター前で、クレアの指がキーボードの上を狂ったように跳ねている。


「"Tell me what's going on, Claire!"(状況を説明しろ、クレア! なぜSMPDが俺を撃つ!)」


『彼らのヘルメットから漏れている暗号化信号をハックしたわ。……信じられない。彼らは公式の警察名簿ロールから消去されている「亡霊部隊」よ。……背後にいるのは、ヴァン・ドレン・グループの元役員会が関与していた秘密結社……"Next Genesis"(ネクスト・ジェネシス)』


 ジャックは鉄板シールドを握りしめ、背後のクイーンを見た。

 彼女は肩で息をしながら、自分自身の認識票ドッグタグを握りしめている。


「……"Next Genesis"...(ネクスト・ジェネシス……)」

 クイーンが血の混じった唾を吐き捨てた。

「やっぱりね。……私の父を殺し、アトラス計画のデータを奪い取ったのは、その『折れた天使』たちよ。ジャック、あんたの親父は、あいつらに街の裏側を売り飛ばしたのよ」


「……何だと?」


『ジャック、彼らが使っている弾丸は、ヴァン・ドレン社製の「対アーマー用徹甲弾」よ。……不殺を誓ったあなたの装甲を貫くために、あなたが作った金で用意された兵器なの!』


 ジャックは眩暈を覚えた。

 自分が築き上げた富と技術が、今、自分と、そしてかつて救おうとした人間を殺すために牙を剥いている。

 

「"Irony at its best."(皮肉なもんだな)」

 ジャックは歪んだヘルメットを叩き、出力を無理やり安定させた。

「クレア。脱出ルートを割り出せ。……奴らを殺さずに、この包囲網を突破する」


『……無茶よ! 出力はもう限界だし、クイーンを連れてじゃ……。……待って、視えるわ! 三十秒後、南側の給水塔が……崩落する!』


「"A gift from destiny, huh?"(運命からのプレゼントか)」

 ジャックは、もはやボロボロになった右拳の油圧ピストンをリチャージした。

「"Hold on tight, Queen. This is going to be a rough ride."(しっかり捕まってろ、クイーン。……揺れるぞ)」


 ジャックは、背後で震えるクイーンを片腕で抱きかかえ、雨の中へ飛び出した。

 もはや優雅なヒーローではない。

 泥と汗、そして親父の遺した負債にまみれた「一人の男」が、真実を求めて地獄の包囲網を駆け抜ける。


 豪雨が視界を遮る中、ジャックはクイーンを左腕で抱え、猛然と走り出した。


 "Open fire!"(撃て!)

 警部の冷徹な号令と共に、十数挺の突撃銃が一斉に火を噴く。


 RATATATATA!


 ジャックは右腕の鉄板シールドを盾にし、弾丸の衝撃を全身で受け止めた。

 KLANG! KLANG!

 貫通寸前の衝撃が、MARK-IIの貧弱なパワーアシストを突き抜けてジャックの骨を叩く。激痛に視界が火花を散らすが、彼は足を止めない。


『ジャック、あと十秒! 南側の給水塔の支柱を狙って!』


「"Understood!"(了解だ!)」

 ジャックの前方には、若き汚職警官たちが銃を構えて立ち塞がっている。

 彼らは金で魂を売ったかもしれないが、それでも「殺すべき敵」ではない。ジャックにとっては、更生させるべきこの街の市民だ。


「"Get out of the way!"(道を空けろ!)」


 ジャックはリパルサーを撃つ代わりに、腰のガジェットから閃光弾フラッシュバンを路面に叩きつけた。

 

 BANG!


 真っ白な光が包囲網を焼き、警官たちが目を押さえて呻く。

 その隙にジャックは給水塔の錆びついた支柱へと肉薄した。右拳の油圧ピストンを限界まで圧縮する。


「"Sorry, Dad. I'm breaking your city's infrastructure again."(すまない親父。またあんたの街のインフラを壊させてもらうぞ)」


 WHAM!


 渾身の一撃が、腐食した鉄柱を粉砕した。

 悲鳴を上げるように軋み、数トンの水を蓄えた巨大なタンクが崩落を始める。


「な、なんだと!? 奴は何を――」

 警部が絶叫する。

 崩落する給水塔は、警官たちの頭上ではなく、彼らの「逃走経路」と「射線」を遮るように絶妙な位置へ落下した。


 KABOOM!


 爆音と共に大量の水が溢れ出し、即席の濁流が汚職警官たちを押し流す。

 ジャックはその混乱の中、クイーンを抱えたままフェンスを飛び越え、闇の中へと消えた。


「……ハァ、ハァ……殺さなかったのか……?」

 腕の中で、クイーンが信じられないものを見るような目でジャックを見上げた。

「あの状況で……あいつら、あんたを殺そうとしたのよ?」


「"They're just misinformed."(あいつらは勘違いしているだけだ)」

 ジャックはボロボロになったヘルメットを脱ぎ、雨に顔を晒した。

「"Death solves nothing, Queen. I'm here to pay the debt, not to increase it."(死は何の解決にもならない。俺は負債を払いに来たんだ。増やしに来たんじゃない)」


 その言葉の重みに、クイーンは黙り込んだ。

 不殺という狂気。それを貫くために、ジャックは自分の肉体という「代価」を払い続けていた。


 降り続く雨を避けるように、二人はスクラップの山に囲まれた古いコンテナの中へ転がり込んだ。

 MARK-IIマークツーの駆動音が弱々しく途絶え、静寂の中に雨音が不気味なリズムを刻む。


「……"Status, Claire."(状況はどうだ、クレア)」

 ジャックは震える手でバイザーを脱ぎ、コンテナの壁に背を預けた。暗視モードも切れた闇の中で、クイーンの荒い呼吸だけが聞こえる。


『……亡霊部隊は一時的に撤退したわ。でも、警察の無線ネットワークは完全に「ネクスト・ジェネシス」に掌握されている。街全体のカメラが、あなたの顔を追っているわ、ジャック』


「"Great."(最高だな)」

 ジャックは皮肉を零し、左腕の裂傷を古いシャツの切れ端で縛った。

「クイーン。……お前が言っていた『レギオン』の人体実験。……父さんは、本当にそれを主導していたのか?」


 暗闇の中で、クイーンの瞳が冷たく光った。

「信じたくないんでしょ? でも、これが現実よ。……あんたの親父さんは、ただのビジネスマンじゃなかった。彼は『ネクスト・ジェネシス』の創設メンバーの一人だったのよ」


「……!」


「彼らは、効率的な統治のために『感情を排除した兵士』を求めた。それがアトラス計画の裏の顔。……でも、ある時、あんたの親父さんは怖くなったのかもね。自分の生み出した怪物が、街そのものを食いつぶそうとしていることに気づいて」


 クイーンは自身のドッグタグを弄りながら、遠い目をした。

「十年前の爆発事故は、証拠隠滅のために彼らが仕組んだものよ。……私の父は、土壇場で彼らを裏切って、データを持ち出そうとして殺された。……ジャック、あんたの不殺なんて、彼らからすれば『失敗作の良心』に過ぎないのよ」


『ジャック……彼女の言うことは、私がアーカイブから見つけた断片的な記録と一致するわ』

 クレアの声が悲しげに響く。

『でも、その記録は意図的に書き換えられている。……「誰か」が、あなたにこの真実を突きつけるタイミングを計っていたかのように』


「……ディストピアか」

 ジャックは拳を握りしめた。

 亡霊は死んでいなかった。奴はジャックの「誇り」である父の像を粉々に砕くことで、彼の精神マインドを内側から崩壊させようとしている。


「"Listen to me, Queen."(聞いてくれ、クイーン)」

 ジャックは闇の中で彼女を真っ直ぐに見据えた。

「父が犯した罪は、俺がすべて暴く。……だが、俺は失敗作じゃない。……不殺は俺が選んだ唯一の『本当の自分』だ」


「"Naive..."(おめでたいわね……)」

 クイーンは力なく笑ったが、その声には以前のような鋭い殺意はなかった。


 その時、コンテナの外から、聞き慣れた高周波の駆動音が近づいてきた。

 レギオンの偵察ドローンではない。

 もっと洗練された、そして冷酷な「法」の音だ。


『ジャック、逃げて! 空から「断頭台ギロチン」が降りてくるわ!』


 コンテナの薄い鉄板を突き抜け、眩いサーチライトの光が差し込んだ。

 上空から響くのは、最新鋭の無人戦闘ヘリのローター音。それはSMPD(市警察)の機体でありながら、側面に描かれた翼の紋章は無惨に塗り潰されていた。


「"Target identified. Permission to eliminate."(標的確認。排除を許可する)」

 拡声器から流れる無機質な合成音声。


「……クイーン、走れ。俺が奴らの目を引く」

 ジャックは軋む膝を叩き、強引に立ち上がった。MARK-IIマークツーの駆動系が、断末魔のような異音を立てる。


「"Wait! You're crazy!"(待ちなさい! あんた正気!?)」

 クイーンがジャックの腕を掴んだ。

「そのスーツじゃ、一撃も耐えられないわよ!」


「"I've got a hard head, Queen."(俺の頭は固いんでね、クイーン)」

 ジャックは彼女の手を優しく、だが力強く振り払った。

「"Claire, get ready to hack the city's broadcast."(クレア、街の放送網をハックする準備をしろ。……この『茶番』を、セント・ミリオネアの全市民に見せてやる)」


 ジャックはコンテナの扉を蹴り開け、サーチライトの真っ只中へと飛び出した。


 RATATATATA!


 ヘリのガトリング砲が唸りを上げる。ジャックは右腕の鉄板シールドを掲げ、弾丸の嵐を真っ向から受け止めた。

 KLANG! ――SHATTER!

 耐えきれなくなったシールドが粉々に砕け散り、ジャックの左肩を弾丸が貫通した。


「ガ、ア……ッ!」

 衝撃で地面を転がるが、彼はすぐに立ち上がる。

 逃げるクイーンの背中から、ヘリの照準を自分の方へと惹きつけるために。


「"Is that all you got?!"(その程度か!?)」

 ジャックは空に向かって吠えた。血に濡れた顔で、不敵な笑みを浮かべる。

「"I'm Jack Van Doren! The man who owns this city's debt!"(俺はジャック・ヴァン・ドレンだ! この街の負債を引き受けた男だ!)」


 その光景は、ネオン・ジャックのドローンを通じて、皮肉にも再び街中のビジョンへと中継され始めた。

 だが、今回の映像はこれまでとは違っていた。

 無抵抗な男を、警察の制服を着た集団が一方的に抹殺しようとする、あまりに露骨な「死刑執行ギロチン」の生中継。


『ジャック……! 電波を繋いだわ! 今、街の人たちがあなたを見ている!』


「……これでいい」

 ジャックは膝をつき、目の前に迫るヘリの銃口を見つめた。

 彼はあえて攻撃をせず、ただ「打たれる者」としての正義を全市民の瞳に焼き付けようとしていた。


 だが、ヘリが最後の一撃を放とうとしたその時、街のモニターが再び紫色のノイズに染まった。

 画面に映し出されたのは、美しくも冷酷な微笑みを浮かべた女。

 第3のネームド・ヴィラン、ミストレス・マインドだ。


『あらあら……退屈な処刑ね。……もっと「楽しく」しましょう? セント・ミリオネアの皆さん。……あなたたちが愛した王様が、狂い死ぬところを見たくないかしら?』


 ジャックの耳元で、ミストレス・マインドの囁きが響く。

 それと同時に、街中のスピーカーから、人々の精神を掻き乱す高周波の「歌」が流れ始めた。


「……"Damn... you..."(くそ……お前……)」


 ジャックの視界が歪み、雨粒が真っ赤な血の滴に見え始める。

 背後にいたはずのクイーンが、恐ろしい怪物の姿に変貌していく。


 真実を知り始めた矢先、ジャックは「精神の迷宮」という、金でも鋼鉄でも防げない最悪の地獄へ叩き落とされようとしていた。


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