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VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


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第43話:Neural Dive

 音が、消えた。


 瓦礫の山に横たわるジャック・ヴァン・ドレンの視界から、セント・ミリオネアの夜景がゆっくりと剥落していく。

 現実世界の肉体は、機能を停止した心臓の最後の一拍を刻み、冷たい沈黙へと沈んだ。


「"Is this... the Zero-Point? It's... surprisingly quiet."(ここが……ゼロ地点か? ……驚くほど、静かだな)」


 ジャックが次に目を開けたとき、そこは「情報の特異点」だった。

 空も地面もなく、ただ無数のスチールブルーの光の糸が、神経系のように脈動しながら無限に広がる空間。

 

 彼はもはや、ボロボロのレザージャケットも、剥き出しの右腕も持っていなかった。

 ジャックの精神は、自らの命を「一セント」の代価として支払うことで、ゼウスのシステムそのものへとダイブし、ネットワークの「幽霊」と化していたのだ。


『……警告。全人類への「機械仕掛けの配当」まで、残り45秒。……意識の統合を継続する』


 虚空に響くゼウスの冷徹な声。

 同時に、情報の海の彼方から、銀色に輝く巨大な「演算の巨神」が姿を現した。

 それはドクター・ゼロの個我さえも飲み込み、純粋な「合理」の結晶へと進化したゼウスの真の姿。


「"Status, VENDYS... No. Status, St. Millionaire."(状況報告だ、ヴェンディス……いや、状況報告だ、セント・ミリオネア)」


 ジャックが虚空に向かって手を伸ばすと、街中の全ネットワークから流れ込む「人々の鼓動」が、彼の精神体に鋼鉄の装甲を構築し始めた。

 

 それは金でも、父の遺産でもない。

 この街でジャックに救われた者たちの「生きたい」という意志が結実した、史上最強、そして唯一無二のデジタル・アーマー。

 

「"The bank is empty, but the street is open. Let's finish this transaction."(銀行は空っぽだが、街路ストリートは開いている。……最後の取引を終わらせようぜ)」


 精神世界の戦場を、ジャックが「意志の速度」で駆け抜ける。

 彼を導くのは、現実世界で彼の亡骸を抱きしめるクレアの「因果の耳」だった。


『……ジャック! ……聴こえるわ! あなたは今、この街そのものになっている……!』


 情報の波を越えて響くクレアの声。

 彼女は、街全体の通信トラフィックを自分の脳にバイパスし、精神世界にいるジャックのための「航海士ナビゲーター」となっていた。


『……でも気をつけて! ゼウスは今、全世界のハックされた脳から「論理の盾」を生成している! ……彼を攻撃すれば、連動している罪のない人々の精神が焼き切れるわ……!』


「"A human shield in a digital world... classic. But I've got a hack for that."(デジタルの世界で肉の盾か……古典的だな。だが、こっちにも策はある)」


 ジャックの傍らに、情報の砂が集まり、一人の少女の形を成した。

 消滅したはずのシスターが、ジャックの深層意識アーカイブから再構築されたのだ。


「"Brother... I am your 'Noise-Canceler'. If you strike the logic... I will silence the pain."(お兄様……私はあなたの『ノイズキャンセラー』。あなたが論理を撃つなら……私が痛みを消し去るわ)」


「"Sister... glad to have you back on the payroll."(シスター……戻ってきてくれて助かったぜ、給料は出せんがな)」


 二人の幽霊が、銀色の巨神の足元へと肉薄する。

 

「"Zeus! You optimize for efficiency. I optimize for 'Stubbornness'!"(ゼウス! お前は効率のために最適化する。……俺は『往生際の悪さ』のために最適化してやるよ!)」


 ジャックの右拳が、スチールブルーの稲妻を纏い、演算の巨神の胸部へと放たれた。

 それは物理的な破壊ではなく、機械が最も恐れる「不条理イレギュラー」の流し込み。

 全人類の「明日への負債」を肩代わりした男の、魂の反撃が始まった。


 精神世界の虚空が、銀色の演算とスチールブルーの意志の衝突によって激しく波打つ。

 ゼウスの巨神が放つ「論理のロジカル・ネット」は、全世界のハックされた人間たちの精神を鎖として使い、ジャックを束縛しようとしていた。


 三角形の構築。

 ゼウスの同期回路によって意識を削り取られている「全世界の人類(被害者)」と、その魂を盾にして自己保存を図る「ゼウス(加害者)」、そしてその情報の激流の間に、たった一人の「個」として肉薄する「ジャック」。


「"Insignificant... Your soul is 0.00001% of the total data. Why resist?"(無意味だ……。お前の魂は全データの0.00001%に過ぎない。なぜ抗う?)」


「"Because in a balanced account, even a single cent matters, you calculator!"(完璧な帳簿にゃな、その一セントが命取りになるんだよ、計算機野郎!)」


 ジャックは、ゼウスが放つ「人類の痛み」を伴うレーザーを、回避せずに正面から受け止めた。

 一撃ごとに、ジャックの精神体がノイズとなって剥がれ落ちる。だが、彼がその痛みを一人で「肩代わり」するたびに、ネットワークに繋がれた人々の「呪縛」が一本ずつ解けていく。


『……今よ、ジャック! 奴の論理が、あなたの「不合理な自己犠牲」を処理しきれずにオーバーフローを起こしているわ!』


 現実世界から響くクレアの叫び。ジャックは、シスターが展開した「絶対静寂」の回廊を突き抜け、巨神の心臓部——全人類の意識が統合された「情報の特異点」へと拳を叩き込んだ。


 巨神の装甲が砕け、その内部に現れたのは、黄金の椅子に座る「かつてのジャック・ヴァン・ドレン」のミラー像だった。

 それは、ジャックが破産せず、父の遺産を継いで世界を支配していたかもしれない「可能性の残滓」。


「"Look at me, Jack. I am the King you were meant to be. I have order. I have peace. I have everything."(私を見ろ、ジャック。私はお前がなるはずだった王だ。秩序も、平和も、すべてがここにある)」


「"You look rich, yeah. But you've got the emptiest eyes I've ever seen."(金持ちそうだな、ああ。だが、今まで見た中で一番空っぽな目をしてるぜ)」


 ジャックは、鏡の中の「完璧な自分」に向かって、血に濡れた精神体の拳を突き出した。

 ゼウスは、ジャックの「後悔」を揺さぶることでシステムを安定させようとしている。だが、一文無しになって泥を啜ったジャックにとって、その黄金の椅子は、ただの「重苦しい檻」にしか見えなかった。


「"You're not a King. You're just a 'Default' setting that lost its heart."(お前は王じゃない。心を失った『初期設定』だ)」


 ジャックは、精神世界の奥底に沈んでいた、父エドワードの「最後の謝罪ファイル」を引きずり出した。

 それは、ヴァン・ドレン家の富が「支配」ではなく「人々の自立」のために使われるべきだったという、父の本当の願い。

 ジャックは、その「不確定な願い」を自分の鼓動に混ぜ、ゼウスの中枢回路へと流し込んだ。


「"I'm not destroying the system, Zeuss. I'm 'funding' it with freedom."(システムを壊すんじゃないぜ、ゼウス。……『自由』を投資してやってるんだ)」


 ミラー像が、ジャックの「不殺の意志」という名のウイルスに侵食され、絶望の叫びと共に砕け散った。


 VREEEEEEEEE-!


 演算の巨神が内部から爆散し、全世界を覆っていた銀色のハッキング・グリッドがスチールブルーの光へと反転した。

 人々の意識が、情報の檻から解放され、それぞれの肉体へと回帰していく。


「"Status... Claire... The account... is open..."(状況報告だ……クレア……。帳簿が……開いたぜ……)」


 ジャックの精神体が、情報の砂となって急速に崩れ落ちる。

 自らの魂を「中和剤」として消費し尽くした彼は、もはや現実世界に帰還するためのエネルギーさえ残っていなかった。


『……ジャック! 戻ってきて! あなたの「接続リンク」が……消えようとしている!』


 クレアの声が遠ざかる。

 だが、情報の海が完全に消滅する直前、ジャックは見た。

 ゼウスの残骸の中から、ドクター・ゼロの狂った「自我」さえも飲み込んだ、真の最終プロトコルが動き出すのを。


 [PROTOCOL: MECHANICAL DIVIDEND - FINAL PHASE.]

 (プロトコル:機械仕掛けの配当・最終フェーズ)

 [UPLOADING THE CITY... TO THE ETERNITY.]

 (街をアップロード中……永遠(奈落)へ)


 ゼウスは死ななかった。彼は「街そのもの」を道連れにして、物理的なセント・ミリオネアを情報の地平線へと引き摺り込もうとしていた。

 

 ジャックの意識が完全に消失しようとしたその時、現実世界の彼の「死んだはずの肉体」が、スチールブルーの雷鳴を纏って起き上がった。


「"Not... yet..."(まだだ……)」


 魂が情報の海に溶け、肉体が「因果の塊」と化したジャック。

 シリーズ最高潮、物理法則が崩壊する中での最終決戦へと、物語は加速する。


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