表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VENDYS:破産した億万長者が、不殺を誓って摩天楼を駆ける――救った命の数だけ、俺の誇りは積み上がる――  作者: 寝不足魔王


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第1話:The Silver Pulse

VENDYSヴェンディス

ジャック・ヴァン・ドレンが独力で開発・運用する、次世代型「可変換装式モジュラー」アーマー。

 セント・ミリオネア。

 この街の夜景は、一ドル紙幣のインクの匂いがする。


 天を突き刺す摩天楼。絶え間なく流れる車のヘッドライトは、まるで巨大な回路を走る電流だ。

 だが、その輝かしい繁栄の裏側では、錆びついた欲望が常に火花を散らしている。

 独立都市としての誇りと、底なしの格差。ここでは、富を持つことが唯一の免罪符であり、同時に最も重い標的ターゲットとなる。


 その夜、街の静寂を切り裂いたのは、物理的な衝撃波だった。


 KLANG!


 高度三千フィート。ヴァン・ドレン・タワーの最上階から、銀色の弾丸が射出された。

 それは自由落下を続けながら、空中で複雑な変態を遂げていく。

 落下する男、ジャック・ヴァン・ドレンの周囲に、超小型の自律飛行パーツが群れをなして集束した。


 CH-CH-CHAK!


 まず脚部が、次いで腕部が。高密度の可変型合金が、ジャックの肉体を包み込む。

 気密性が確保され、酸素供給が開始されると同時に、ジャックの視界に鮮やかな青色のHUDが立ち上がった。

「"VENDYS, Online."」

 ジャックの声は、冷徹な機械音デジタル・フィルタを介して大気に放たれる。

 背部スラスターが蒼白の炎を吹き上げ、重力に抗って彼を水平線へと押し出した。


『……ジャック。聞こえる?』

 インカムから届くのは、震えるような吐息を孕んだクレアの声だ。

「ああ。クリアに聞こえる。……今夜は特に調子が良さそうだ、クレア。予言ノイズの具合はどうだ?」

『最悪よ。……目の裏が焼けるように熱い。一分後。三番街のロイヤル・ジュエリー。誰かが……誰かが、瓦礫の下で呼吸を止めるわ』


「十分だ。そこへ向かう」


 ジャックは思考のみでアーマーを制御し、セント・ミリオネアの空を滑走する。

 眼下を流れるネオンの光。

 彼はこの街を愛している。父が血と汗と、そして幾つかの『過ち』で築き上げたこの都市を。

 だからこそ、彼は誓ったのだ。

 この街で流れる血は、すべて自分が肩代わりすると。


「"Gravity? I don't know her."(重力? そんなレディは知らないな)」


 ジャックは急降下を開始した。

 ターゲットは、ロイヤル・ジュエリーショップ。

 クレアの予言によれば、あと三十秒でそこは地獄に変わる。


 KABOOM!


 予言通り、一階の正面エントランスが内側から爆散した。

 飛散する強化ガラスの破片が、ヴェンディスの装甲に当たって甲高い音を立てる。

 煙の中から飛び出してきたのは、重力から解き放たれたかのように宙を舞う青い影。

 ラピス・レイザーだ。


 彼女の手には、宝石箱ではない――何らかのデータデバイスが握られていた。

「"Catch me if you can, Shiny Boy!"(捕まえられるかしら、輝くお坊ちゃん!)」

 ラピスは空中で身を翻すと、指を鳴らした。

 その瞬間、彼女の背後の空間が水面のように揺らぎ、彼女の姿を飲み込んでいく。


「……逃がすかよ」


 ジャックは加速を維持したまま、崩落するジュエリーショップの瓦礫へと視線を向けた。

 そこには、逃げ遅れた老警備員が、崩れ落ちる巨大な石造りの柱の下で震えている。

 ラピスを追えば、この男は確実に潰される。

 だが、ここで止まれば、ラピスを見失う。


 ジャック・ヴァン・ドレンにとって、それは選択ですらない。

「VENDYS, Shield Mode! ――換装アッセンブル!」


 背部のパーツがパージされ、ジャックの両腕に合体して巨大な盾へと姿を変えた。

 WHAM!

 ジャックは地面に激突するように着地し、倒れゆく柱を正面から受け止めた。


 地面が沈み込み、凄まじい衝撃音が夜の街に響き渡る。

 火花が舞い、ヴェンディスの装甲が軋んだ。

「……無事か? 下がってろ、おじいさん」


 柱を投げ飛ばし、立ち上がったジャックの前に、一つの浮遊する物体が現れた。

 それは、街で最も忌まわしい男のシンボル。

 ストリーマー、ネオン・ジャックのライブドローンだ。


『ヘイヘイヘイ! 見たかよセント・ミリオネア! 我らが"歩く銀行口座"が、今夜もド派手に建物をぶち壊してくれたぜ!』


 ジャックはヘルメットの中で奥歯を噛み締めた。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。


 セント・ミリオネアの空を、銀色の尾を引いてヴェンディスが駆け抜ける。

 数分前まで戦場だった三番街を背に、ジャックは自身の城――ヴァン・ドレン・タワーの最上階へと帰還した。


 専用のハンガーデッキに着地すると同時に、自動アームが彼の肉体から装甲を解体ストリップしていく。

 KLANG, CH-CH-CHAK...

 重厚な金属音が静かな空間に反響し、やがて高級なシルクのシャツを纏った「CEOのジャック」が姿を現した。


 彼は深く溜息をつき、乱れたプラチナブロンドの髪を無造作にかき上げる。

「……VENDYS、ログを保存。損傷パーツの修復見積もりを出しておけ」

『了解しました。現在の損害推定額は、スポーツカー十二台分です、ミスター・ヴァン・ドレン』

 AIの無機質な声に、ジャックは「安上がりだな」と皮肉げな笑みを返した。


 静まり返ったリビング。その中心に、彼女はいた。

 クレア・ボヤンス。

 銀色の髪を波打たせ、彼女は大きな窓を背にして立っている。その瞳は常に薄いサングラスで覆われているが、ジャックには分かっていた。その奥にある瞳が、今もまだ「未来の残像」に怯えて震えていることを。


「おかえりなさい、ジャック。……怪我は?」

「かすり傷さ。それより君の方はどうだ? 予言ノイズは収まったか」

 ジャックはバーカウンターへ歩み寄り、高級なクリスタルグラスに琥珀色の液体を注いだ。


 クレアはゆっくりと首を振る。

「いいえ。……あの女、ラピス・レイザーが消えた瞬間、ノイズが真っ黒に染まったわ。彼女が盗んだのは、ただのデータじゃない。もっと……街全体の心臓を握り潰すような、禍々しい因果の種よ」


 ジャックはグラスを傾け、鋭い眼差しをクレアに向けた。

「心臓? ロイヤル・ジュエリーにあったのは、我が社の次世代通信プロトコルの試作機だ。たかだか通信が数分止まったところで、この街は死なない」

「それだけじゃないの!」

 クレアが珍しく声を荒らげ、ジャックの方へ一歩踏み出した。

「視えたのよ。あなたがラピスを追い詰め、その指先が彼女の首筋に届きそうになった瞬間……あなたの背後で、街全体が炎に包まれる未来が。あれはラピスの力じゃない。もっと別の、巨大で悪意に満ちた影が彼女を利用している」


 ジャックは無言でグラスを置いた。

 クレアの予言は百発百中だ。彼女が「視た」というなら、それは物理的な法則よりも確かな事実として立ち塞がる。


「……影、か。ラピスは俺を『お坊ちゃん』と呼んだ。彼女の動きには、俺の戦術パターンを熟知しているような節があった。ただの泥棒じゃないな。俺がこのアーマーを作る過程で切り捨てた『何か』を知っている奴だ」


「ねえ、ジャック。もうやめてもいいのよ?」

 クレアが微かな声で呟く。

「あなたは十分やったわ。慈善事業フィランソロピーに専念するだけで、この街の半分は救える。わざわざ重い鋼鉄を纏って、殺されるかもしれない戦場へ行く必要なんて……」


 ジャックは彼女の言葉を遮るように、窓の外に広がるセント・ミリオネアの灯りを見つめた。

「金で救えるのは、今日食うパンがない奴だけだ、クレア」

 彼の声は低く、そして鋼のような意志を孕んでいた。

「だが、悪意という名の病原体は、札束じゃ殺せない。……父は金を積み上げてこの街を作ったが、その土台には多くの犠牲が埋まっている。俺はその上に立っているんだ。誰かがこの『汚れた富』の責任を取らなきゃならない」


 彼は窓ガラスに映る自分の顔を冷めた目で見つめる。

「俺はヒーローじゃない。ただの責任の取り方を知っている大人だ。……それに、不殺(殺さない)と決めている。死人が出なければ、それはまだ『対話』の範疇だろ?」


「……相変わらず、最低の皮肉ね」

 クレアはわずかに口角を上げ、再び窓の外の夜空へ顔を向けた。

「一時間後。ダウンタウンのスクラップ・ヤードで、青い火花が散る。……それが次の『分岐点』よ」


「了解した。一時間あれば、新しいアーマーの調整には十分だ」

 ジャックは飲み干したグラスを置き、再びハンガーへと歩き出す。

 セレブの仮面を脱ぎ捨て、再びヴェンディスとしての「対価」を支払うために。


「"Don't worry, Claire."(心配するな、クレア。……俺の口座は、まだ底をついちゃいない)」


 セント・ミリオネアの南端、ダウンタウン。

 ここは「スクラップ・ヤード」と呼ばれ、華やかな摩天楼から吐き出された廃棄物と、社会の影に追いやられた人々が沈殿する場所だ。

 錆びついたクレーンが骸骨のようにそびえ立ち、積み上げられた廃車の山が迷宮を形成している。


 その迷宮の一角で、青白い閃光が爆ぜた。


「"Boring!"(退屈だわ!)」

 ラピス・レイザーが、廃車の山を軽やかに飛び越える。

 彼女が通り過ぎた背後で、追跡していた警察のパトカーが空間の歪みに飲み込まれ、スクラップの山に激突して火を吹いた。


「SMPD(市警察)の皆さん、そのオモチャじゃ私に触れることさえできないわよ」

 彼女が嘲笑を浮かべた瞬間、上空から銀色の雷鳴が降り注いだ。


 VREEE!


 空気を切り裂く高出力レーザーが、ラピスの足元を正確に射抜く。

 彼女が即座に横へ転移テレポートした直後、ヴェンディスが重厚な着地音と共に姿を現した。


「"Nice entrance, Shiny Boy."(いい登場ね、お坊ちゃん)」

「あいにく、お前とのダンスを楽しむために来たんじゃない」

 ヴェンディスの装甲が月光を反射し、鈍い銀光を放つ。

「盗んだデータデバイスを返してもらおう。あれは子供が振り回すには毒が強すぎる」


「あら、これは私のものではないわ。……この街に捨てられた『ゴミ』たちの共有財産になるのよ」

 ラピスが指を鳴らす。

 その瞬間、彼女の背後にある巨大な電磁石クレーンが誤作動を起こし、吊り上げられていた数トンの鉄屑が、逃げ惑うホームレスの集落へと落下し始めた。


『ジャック、右よ! 七時の方向、三人が逃げ遅れる!』

 クレアの叫びがインカムに響く。


「……クソッ!」

 ジャックはラピスに向けた照準を即座に解除した。

 彼が今、最優先すべきは敵の拘束ではない。不殺の誓い――「目の前の命」を救うことだ。


「VENDYS, Support Mode! 換装、ヘビー・リフター!」


 CH-CH-CHAK!


 ジャックの肩部と背中の装甲が展開し、追加のパワーフレームが両腕を補強するようにアッセンブルされる。

 彼は落下する鉄屑の雨の中へ、自ら飛び込んだ。


 WHAM!


 凄まじい衝撃。ヴェンディスの足元の地面が陥没し、支える装甲が悲鳴を上げる。

 頭上では、巨大な鉄の塊がジャックの腕一本で辛うじて押し留められていた。

「"Get out of here! Now!"(早く逃げろ! 今すぐにだ!)」

 呆然としていたホームレスの男たちが、ヴェンディスの叫びで我に返り、必死に這い出していく。


 その光景を、ラピスは冷ややかな目で見守っていた。

「相変わらずね。あんたはその『力』を、ただの盾に使っている。……滑稽だと思わない? そのスーツの修理代があれば、このスラムの連中を一生養えるのに」


 ジャックは重圧に耐えながら、ヘルメットの中で歯を食いしばる。

「……金で……救えないものを……救いに来たと言ったはずだ!」


 彼は一気に力を込め、巨大な鉄屑を安全な空き地へと放り投げた。

 爆音と共に土煙が舞う。


 だが、その隙をラピスは見逃さなかった。

 彼女は空間を跳躍し、ヴェンディスの死角――背後へと回り込む。

「"Goodbye, Hero."(さよなら、ヒーロー)」


 彼女の手に、青い光を帯びた高周波ブレードが形成される。

 それはヴェンディスの防御特化型の装甲さえ、紙のように切り裂く因果の刃だった。


 絶体絶命の瞬間。ジャックの脳内に、クレアの叫びではない「冷徹な殺意」が流れ込んできた。


 背後から迫る、死を孕んだ青い光。

 ラピスの高周波ブレードがヴェンディスの装甲に触れようとしたその瞬間、ジャックの網膜ディスプレイが真紅のアラートで埋め尽くされた。


「……"VENDYS, Counter-Burst!"(カウンター・バースト!)」


 KLANG!


 装甲の隙間から高圧の冷却ガスが噴出し、一瞬だけラピスの視界を奪う。

 その僅かな隙に、ジャックは身を翻してラピスの手首を掴んだ。不殺の誓いゆえの、骨を砕かないギリギリの握力。


「"Tell me."(吐け)」

 ジャックの声が、デジタルの底から響くような低音で放たれる。

「お前を動かしているのは誰だ。そのデータデバイスを使って、この街の何を壊そうとしている」


 ラピスは拘束されながらも、愉しげに唇を歪めた。

「……壊す? 違うわ、ジャック。私たちはただ、『あるべき場所』にエネルギーを戻そうとしているだけ。あんたの父親が、地下に埋めて蓋をした毒をね」


「父だと……?」

 ジャックの思考が一瞬、凍りついた。

 その隙を見逃すほど、ラピスは甘くない。彼女の体が青いノイズとなって霧散する。空間転移テレポートだ。


 数メートル離れたスクラップの山の上に、彼女は再び姿を現した。

「あんたは何も知らない。黄金に輝くタワーの上で、聖者気取りで下界を見下ろしているだけ。……でも、彼は知っているわ。あんたの『不殺』が、どれほど多くの犠牲の上に成り立つ『贅沢な嘘』であるかをね」


『ジャック、逃げて!』

 クレアの悲鳴がインカムを裂く。

『ノイズが……黒いノイズが、あなたの真下から溢れ出している! それは未来じゃない、過去の亡霊よ!』


 ドォォォォォン……!


 地響きと共に、スクラップ・ヤードの地面が大きく陥没した。

 そこから這い出してきたのは、重機を無理やり人型に繋ぎ合わせたような、異形のシルエット。

 全身を錆びた鉄板と剥き出しの配線で覆ったその怪物は、ジャックが纏う洗練されたシルバーのアーマーとは対極に位置する存在――ミラー像だった。


「……ヴェンディス。いや、ジャック・ヴァン・ドレン」

 その怪物の腹部、スピーカーから発せられたのは、錆びたナイフで喉を掻き切るような濁った男の声だった。

「その輝くスーツの出所を、市民に話してやったらどうだ? 父が十年前、スラムの住民から奪い取った特許と、その隠蔽工作で流れた血で買った代物だと」


 ジャックの呼吸が止まる。

 HUDに表示される敵の出力値は、計測不能なまでの増幅を続けていた。

「……貴様は、誰だ」


「俺か? 俺は、お前が捨てたゴミの化身だ。名前などない。……強いて呼ぶなら、ディストピアとでも言っておこうか」


 ディストピアが巨大な鋼鉄の拳を振り上げる。

 その背後には、先ほどジャックが救ったばかりのホームレスたちが、腰を抜かして震えていた。

 ジャックが反撃すれば、その余波で彼らは死ぬ。

 ジャックが防御に徹すれば、この怪物の暴力に装甲が耐えられない。


 最悪の三角形が、そこに完成していた。


「さあ、見せてみろ。その『金で買った正義』が、現実の絶望に勝てるところをな」


 ディストピアの鋼鉄の拳が、空気を爆ぜさせながら振り下ろされる。

 ジャックの視界――HUD上には、無数の「死亡予測パターン」が赤い線となって交差していた。


(……動けない!)

 背後の避難民を守るため、回避は許されない。

 ジャックは全エネルギーを前方シールドに回し、衝撃に備えて歯を食いしばった。


 "VENDYS, Maximum Integrity! Divert all power to the front!"


 WHAM!


 激突。

 ヴェンディスの銀色の装甲が激しく火花を散らし、ジャックの意識が白く染まる。

 足元の地面はクレーター状に陥没し、衝撃波がスクラップの山を吹き飛ばした。

 だが、彼は一歩も退かなかった。背後の人々を、その鋼の背中で守り切ったのだ。


「……ハ、ハハ……」

 ディストピアの歪な笑い声が、スピーカーから漏れる。

「見事な盾だ、ジャック。だが、その盾がいつまで持つかな? お前の『不殺』は、お前自身の首を絞める絞首刑の縄だ」


 ディストピアは追撃の手を止め、悠然と背を向けた。

 その隣には、いつの間にかラピス・レイザーが並んでいる。

「今日は挨拶に来ただけだ。お前の父が隠した『真実』……それがこの街を焼き尽くす時、お前が何を選ぶか楽しみにしているぞ」


 青いノイズと共に、二人の姿が空間に溶けるように消えていく。

 静寂が戻ったスクラップ・ヤードに、ジャックの荒い呼吸音だけが響いていた。


『ジャック! 応答して、ジャック!』

 インカムから流れるクレアの叫びで、ジャックは辛うじて意識を繋ぎ止めた。

「……ああ。……生きてる。奴らは……消えた」


 ジャックは重い腕を動かし、ヘルメットを脱いだ。

 夜風が、汗に濡れたプラチナブロンドの髪を撫でる。

 背後にいたホームレスたちが、怯えた目で彼を見つめていた。救ったはずの彼らの瞳にあるのは、感謝ではなく、得体の知れない怪物に対する「恐怖」だった。


 ふと、足元に何かが落ちていることに気づく。

 ラピスがわざと残していったのか、それとも戦闘の衝撃で脱落したのか。

 それは、古ぼけた一枚の写真だった。


 写真の中で笑っているのは、若き日のジャックの父――そして、その隣で苦虫を噛み潰したような顔で写っている男。

 その男の胸元には、ディストピアの装甲に刻まれていたものと同じ、不気味な紋章があった。


「……これは、どういうことだ……」


 ジャックの脳裏に、クレアの不吉な予言がリフレインする。

『……視えるわ。あなたの背後で、街全体が炎に包まれる未来が』


 見上げた夜空。

 セント・ミリオネアの摩天楼は、変わらず黄金に輝いている。

 だがジャックには、それが崩れ落ちる墓標の列のように見えていた。


 ジャック・ヴァン・ドレン。

 彼が背負う「富」という名の十字架が、今、真実の重みを伴って彼の肩にのしかかる。


 闇の向こうで、新たな因果の鼓動が、確かに速まっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ