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2 『き キ ョ う』

僕は『幽霊』が見える。


そう言うと頭に欠陥のあるヤバイ人だと思われるだろうが、まさしくその通り、僕は幼い頃周りの人間や教師、最終的に親にまでおかしい奴だと認定されていた。


小学三年生の時無理やり病院に連れて行かれたのを機に、僕は幽霊が見えることを誰にも言わなくなった。これ以上変な奴だと思われるのは嫌だし、世の常識が自分の見えるものを是としていないことをなんとなく理解し始めたからだった。


しかし、幸か不幸か。


信じてくれる人が現れた。奇跡的に。


五年生に上がった頃、組替えで上条六槻という女の子と同じクラスになった。

以前から僕以上の変人という噂を聞いていたので近づかないように心掛けていたのだが、向こうの方から話しかけてきた。


「幽霊見えるんだって? ねえどんなの見えるの!? おもしろい?」


何をどう考えれば幽霊を見ることが面白いのか全く分からなかったが、それから六槻は毎日のように僕に話しかけてきた。とにかく『おもしろい』ことが好きらしく、彼女にとっては僕もその『おもしろい』コレクションの一つのようだった。


初めは迷惑に感じていたが、だんだん彼女と話すのが楽しみになっている自分がいた。なにより両親ですら耳を貸さなかった幽霊の話を楽しそうに聞いてくれる人がいることが、救いだった。


「へぇー。それじゃあ幽霊は人間にとり憑かないと生きてられないってこと?」

「多分。とり憑いてない幽霊って見たことないし。っていうか幽霊は生きてないでしょ」

「おもしろい!」

「全然面白くないよ」

「じゃあさじゃあさ、私が死んだらコウちゃんにとり憑くね!」

「はぁ? 何でだよ」

「……おもしろいからだよ」


それがサインだと、気付くべきだった。

その会話をした次の日、六槻は校舎の屋上から飛び降りて死んだ。

理由は流石に『おもしろい』からではなく、イジメだった。


六槻は以前から変人としていじめっ子たちにマークされていた。僕と出会うよりずっと前からイジメられていたらしい。

後悔するとともに、この時ばかりは期待した。六槻の幽霊が僕の所に来ることを。普段は幽霊なんて不気味で怖くて見たくもなかったが、たった一人の友人にもう一度会いたかった。


でもいつまで待っても六槻は来なかった。


六槻をイジメていた奴らは全員、自分なりの制裁を加えてやった。そのせいで僕の世間一般からの評価は最下層に落ちたし、転校もなども余儀なくされた。しかし、そこまでやったのにもかかわらず、イジメグループのリーダーだけはわからなかった。誰も口を割らなかったからだ。


だから、僕は決意した。

人生を棒に振ってもいい。


たとえ何年かかったとしても、必ず――



---



「氏浦光俄です。よろしくお願いします。」


小さな声でそれだけ言って指示された席に着く。転入生が来ることで盛り上がっていたであろうクラスのテンションが一気に冷めるのが見て取れた。

高校一年の二学期から転校してくる奴が珍しいのだろうが、人前で喋るのが苦手な僕にはどうする事もできない。気の利いた自己紹介など、勘弁してもらうしかなかった。


あまりにも素っ気無い自己紹介に、それでも気を取り直すように担任教師がホームルームをはじめた。


ここは都会の外れにある小さなも町。

この町に僕は昔、小学六年生まで住んでいた。


当時僕は、六槻をイジメていたグループの全員の顔を原型が残らないほど殴りつけるという暴行事件を起こしたため転校することになり、復讐の機会が途絶えてしまった。その時に、再び機会が巡ってくるまでは問題を起こさず品行方正でいようと決めた。


そして今、その機会が巡ってきた。 

この学校『都立美乃匡学園』にはターゲット、『綺風初氷』がいる。


綺風初氷。六槻をイジメていたグループのリーダーだ。

転校前にグループの別の人間に再会し『しっかりと』確認したので間違いない。その時のメンバーは全員この町から出て行ったらしいが、あんな事件があったにもかかわらず、綺風初氷は堂々とこの町に居座っているらしい。


四年越しのチャンスだが、だからこそ前回の反省を生かしすぐに諍い事を起こすようなことはしない。しばらく様子をみて確実に復讐を為せると分かった時、行動する。


二学期という事もあって初日から通常授業があり今はお昼休み。普通なら転入生の周りにクラスメイトが群がったりするのだろうが、お世辞にもフレンドリーと言えない僕の第一印象を半日で敏感に感じ取り、誰も喋りかけてはこなかった。


いや、こないはずだった。


ふと背後に視線を感じ振り向くと彼女は、いた。

小柄でショートカットの気弱そうな子だった。目が合った瞬間視線を逸らされてしまったが、その一瞬で分かった。


この子はとり憑かれかけている。

とり憑かれた人間は身体から黒い靄が出ているように見える。彼女はまだ完全に霊が馴染んではいないが、恐らく身体を乗っ取られるのは時間の問題だろう。その彼女がこちらに近づいてくる。くるな……。


正直、今一番話したくない相手だった。とり憑かれている上に、彼女の顔は亡霊の靄で薄く濁っていてかなり怖い。


「あの……私、クラス委員なので……何かあったら言ってください」


と言ってこちらを見ていた。僕からは身体から黒いオーラが発しているように見えており、その上、ボソボソと喋るのでなお怖い。


「えーと、じゃあ一年F組の場所を教えて?」


特進クラスである一年F組に綺風初氷はいる。焦るつもりはなかったが、一応、存在を確認しておきたかった。


「えっ!? ……は、はい。……案内します」


どうやら本当に何かがあるとは思っていなかったらしく、かなり動揺しながら先立って歩き出した。あまりコミュニケーションが得意な方ではないらしい。僕も人のことは言えないが、しかしまあ、いかにも無理やり選ばれた委員長だった。


「あの」

「は、はい!何でも聞いてくださいッス」

「名前教えてもらってもいい? 今僕一人も知り合いいないんでよかったら」

「えっ、名前ですか………………わ、わかりました」

名前を訊かれただけにしては随分失礼な間があったが、そもそも知り合いがいないから名前を教えろなんて嫌な聞き方をする奴にはあまり名前は教えたくないものなのかもしれない。


「霜野葵です」

「霜野さんですね、よろしくお願いします」


そこで丁度目的の教室に着いたみたいだったので会話を打ち切って外からざっと教室内を見回した。どうやら目的の人物は居ないようだった。

そうこうしている間も霜野さんの身体からは黒い靄が噴き出していた。しかもなぜか霜野さんはこちらをチラチラ見ていた。怖い。


「あの……すいません」

意を決したように話しかけられた。

「はい?」

「私も知り合いが少ないんであなたの名前を教えてくださいッス」


顔を見る限りそんなつもりはまったく無いのだろうが、僕は不覚にも逆襲された気分だった。そして自分が言われてみて分かったが、かなり悲しい名前の聞かれ方だった。そして、転入生でもないのに知り合いの少ないこの委員長様の不器用さにより一層悲しくなった。


「氏浦光俄。朝ホームルームの前に言ったよね?」

「えっ?……すいませんッス、聞いてませんでした」


すごい失礼な娘だった。

あとさっきから『ッス』って言い過ぎでややウザい。

そして転入生でもないのに知り合いが少ない霜野さんは、恐らくクラスでハブられてるか下手するといじめられてそうだな、というのが彼女に対する第一印象だった。



---



標的とは以外にもあっさり会えた。


その日の放課後もう一度F組に行ってみると普通に座っていた。高校生なのだから、当然と言えば当然だが。


綺風初氷。六槻をイジメていたグループのリーダーであり、僕の復讐の対象。

どこぞのお嬢様で、彼女の実家の権力はかなりのものらしい。当時イジメていた奴らが、彼女のことだけ口を割らなかったのはどうもその辺が関係しているらしい。


言われてみれば確かに風格はあった。顔立ちは端正、長い黒髪はきちんと手入れが行き届いている。彼女の過去を知らない人間からすれば如何にも、良家の子女といった感じなのだろう。

しかし僕は知っている。彼女は人殺しだ。他人を貶め見下すことで愉悦を得る人でなし。さしずめ、他人を不幸にした分だけ彼女は美しくなるのだろう。僕にはそんな風に彼女が見えた。


僕が席の前まで行くと彼女がこちらに気付き、目を丸くした。わかりやすいリアクションを取ってくれてありがとうと、心の中で薄く笑う。


「初めまして。綺風さんですよね。僕は氏浦って言います。今日転入してきました」


僕がそう言うと、綺風初氷はしばらくフリーズした。僕は最近まで彼女のことを知らなかったが、彼女は違う。かつて自分の友人を全員病院送りにした者のことを知らないはずはないだろう。

丸々一分、お互いに黙って見つめあっていた。周りの人間が何事かとザワザワし始めたので、そろそろ僕の方から話を進めようと思うったところで、彼女がやっと重い口を開いた。


「要件は大体分かります。逃げも隠れもしませんので、時間を改めていただくことは可能でしょうか」

「ああ。いいよ。話が早くて助かる」

「ありがとうございます。それでは今日、夜の十一時に……この場所にてお待ちしております」


そう言ってどこかの住所をノートの端に書き、綺麗にちぎって僕に渡してきた。


「ちなみに聞くけどさ。ここってどういう場所なの?君の家?」

「いいえ、今は使われていない民家です」

「分かった。じゃあ今は一旦引くね。また後で」


そう言って僕は教室を出た。すると予想外に横から声をかけられた。


「ウーちゃんと知り合いだったんスか?」


霜野さんが不思議そうな顔をして訊いてきた。タイミングの悪いところを見られてしまったかもしれない。


「ウーちゃん? 綺風さんのこと?」


「そうッス。初氷ちゃんだからウーちゃんッス」

「ふーん、そうなんだ……っていうか、あれ?」


あれっ、靄が……消えてる――?


「うん? どうしたんスか?」

「い、いや。何でもない。それより霜野さんこそ綺風さんと知り合いなの?」

「へっ!? え、えーとですね……知り合いといえば知り合いというか……その、えと……」


霜野さんはなんだか露骨に狼狽え始めた。そんなに答え辛い質問だっただろうか。


「大丈夫? もしかして綺風さんにイジメられたりしてる?」

「ウーちゃんにはイジメられてません! ウーちゃんはそんなことしないッス!」

「ウーちゃんには、ね」

「あ」


うっかり口を滑らせてしまった霜野さんは、その場で「うぅ……」とうなだれつつ上目づかいで僕の方を見て「今のは言葉の綾ッス」と呟いた。


「なんか困ってるんだったらさ、いつでも言って。僕ら『知り合い』なんだし」

「ええと……大丈夫です……私、用事があるんでそろそろ失礼するッス」


そう言って霜野さんは廊下をトテトテと走って行ってしまった。 

何故だか幽霊が取れていたのは喜ばしいことだったが……やっぱりイジメられていたのか。イジメ嫌いの僕としては出来れば解決してあげたいが、今日この後することを考えれば恐らく、明日から僕は学校に来ることはないだろう。


なんたって、復讐するのだから。



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