1 『と モ ダ ち』 prologue
―――。
――――――。
笑い声が聞こえる。
とても楽しそうで、嬉しそうで、気味の悪い笑い。
「ヒャハハハハ、ヒヒヒ、ヒヒヒヒ」
瞼が重い。意識が朦朧とする。何も見えず何も感じない体に、笑い声だけが聞こえる。
「フフフ、アオちゃん」
声が私を呼ぶ。返事をしようとしたが、口が動かない。
「アオちゃんアオちゃんアオちゃん」
楽しそうに。名を呼ぶことが快楽だとでも言うように何度も動けない私に呼びかける。
「アオちゃん、死んじゃうよ」
飛び起きた。
目を開けると私は屋上フェンスの外側にいた。悲鳴を上げた――つもりだったが、またしても声は出なかった。
「アオちゃーん、おーい」
謎の声が呑気に私を呼び続けている。
いや、違う。謎ではない。この声の主は、私だ。
「あっ! やっと気づいた。うん、そうだよ。今、アオちゃんの身体を乗っ取らせてもらってまーす」
亡霊。
しかもこの亡霊は……
「うんうん、大せーかい。その通り! 私だよん」
私の身体で屋上の縁を歩きながら、『彼女』は続ける。
「アオちゃんはさー。本当に亡霊が許せないんだね。その上勘も良い。私にとってすっごくすっごく危険だって前々から思ってたんだけどさ。その分能力もあって利用価値があるから消すかどうか迷っちゃって。おかげで今こんな強硬策に出るハメになっちゃった」
……最悪だ。亡霊にとり憑かれた。しかもこの子はただの亡霊じゃない……。
――殺される――
「殺される~助けて~! って? 大丈夫! 大親友のアオちゃんを殺すわけないじゃない!」
わざとらしく両手をバタつかせながら続ける。
「そう! 大親友! 大親友なんだから私のことも『見逃して』くれるよね、アオちゃん」
最後の部分だけ分かりやすく声の雰囲気をワントーン下げて。彼女は脅迫してきた。
「脅迫だなんて! 人聞きが悪いこと言わないでよ。アオちゃんに嫌われたら私、悲しくてここからダイブしちゃうかも?」
……これだ。亡霊はどいつもこいつもこんな感じだ。だから野放しにはしておけない。ここで止めなければ、今度は他の人がこれと同じような目にあう。例え刺し違えてでもここで……。
「この状況でそれは難しいんじゃないかなー、現実的に考えて。しかしあれだね、アオちゃん相変わらずの献身っぷりだよね。何がそんなに使命感を駆り立てるんだか。傍から見てると結構気持ち悪いよ。だって、まるで私達亡霊と同じ『執着』みたいなんだもん」
お前らと一緒にするな……!
「わぉ! 怖い怖いっ、アオちゃんでも怒ることあるんだね。そんなことより答え、聞かせてもらえるかな。正直、私アオちゃんには興味ないからさ。出来れば殺したくないんだよね」
私には――じゃあ、彼には……。
「……」
なぜ彼なの。
「……」
彼は知っているの。
「……」
彼に復讐してなんになるの。
「そんなの、知らない」
私の声とは思えないほど暗く低い声で、彼女は沈黙を破った。
「なんになるかなんて、どうでもいい。復讐さえ果たせればそれでいい。だって」
そう言って、私のたった一人の親友だった『彼女』は、私の口元を歪ませた。
「私は復讐するために生まれてきたんだから」




