魔王、情報のすり合わせをする
「……さて、どうするか」
私は自室のベッドの上で寝転んでいた。
今、私は悩んでいる。何にといえば、
「……何をすればいいのかわからん」
寝不足なら休めと恭司に言われ、その恭司が達也経由でお父様に知らせたらしい。
お父様に「玲奈ちゃん、今日くらいはゆっくりしてていいよ」と今日の予定をすべてキャンセルされてしまった。
だが、幼い頃から何かしら予定があるのが当たり前だった私。突然暇になってしまったら、どうすごせばいいのかまったくわからなかった。
体調不良ということになってるから、出かけるのは論外だろう。となると屋敷内でできることだが、どうすれば「ゆっくり休む」ことになるのだろうか。
一応断っておくが、少しは寝ようとした。だが、どうしても寝付けず現在に至る。
そもそも前世でも、ゆっくり休んだ経験など夜寝る以外になかった。
だって、魔王だぞ? 休日などあるわけがない。
かといって下手なことをすれば、達也や他の使用人に止められるだろう。
この時間も恭司が気遣ってくれた結果なのだから、甘んじて休んだ方がいいとは頭ではわかっている。が、体調を中途半端に崩した経験がない身としては、この暇がもどかしい。
ああ、今頃恭司は直人たちと訓練をしているのだろうか。
そんなことをなんとなく考え、ふと思い出した。
そういえば、天宮ちとせは直人たちと何を言い争っていたのだろうか?
それに、「なぜ仲良くなっているんだ」と私たちの方を見て言っていた。
『ゲーム』では、私や恭司は直人と仲がよくなかったということか?
疑問が浮かんでしまうと、もう頭から離れなかった。
時計は6時を指そうとしていた。まだ、恭司たちがジムにいるかもしれない。
善は急げだ。私は起き上がってジムを目指した。
ジムに着くと、ちょうど恭司たちが帰り支度をしていた。
「あれ、玲奈様?」
「ん? おい、休んでろって言っただろ」
直人の言葉で私に気づいた恭司がこちらを向く。
「相談したいことがある。恭司、少し時間をもらってもいいか?」
「相談? どうしたんっすか玲奈様、俺でよければ聞きます!」
なぜか直人が反応し、連れの二人も「俺も」と言い出す。
気持ちは嬉しいが、こればかりは恭司でないとだめだ。
「すまんが、守秘義務があるのでな。直人たちは遠慮してほしい」
「あ、そうっすか……すんません」
目に見えて落ち込む直人たち。最近は素直になったが、守秘義務の意味がわかっていない頃は大変だったな……成長したようで何よりだ。
「そういう訳だ、そこの簡易会議室へ行くぞ」
「おう」
ではなと直人たちと別れ、私は恭司を連れて簡易会議室へ移動した。ここなら鍵もかかるし防音だから問題ないだろう。
鍵をかけ、お互いが椅子に座ったところで、
「で、わざわざ直人たちから離れたって事は『ゲーム』の話か?」
恭司は開口一番そう切り出した。
話が早くて助かる。
「ああ、天宮ちとせの今朝の様子が気になってな」
私はポケットからメモ帳を取り出した。
「まず確認したい。お前の言っていた攻略対象とやらは、こいつらで間違いないか?」
メモに書いてあるのは、私を除く『野良猫』の調査結果に出てきた名前だ。
どうやって調べてきた、という問いには「本人が口にしていた」と答えた。嘘ではないからな。
「はあ……わかったよ、隠しても意味ねえだろうし。そうだよ、全員攻略対象だよ」
「やはりか。では、天宮ちとせが直人たちと言い争っていたのは何故かわかるか?」
「多分、直人との出会いイベントだ。確かヒロインの登校中に、学校サボってた直人とぶつかるんだよ」
ゲームでの直人はエリートの父親と折り合いが悪く、名門進学校の制服を着ていたヒロインにも出会った当初は態度が悪いらしい。その場は直人が一方的に突っかかって終わりだが、後日再会して直人の名前を知る、という流れらしい。
「だが、直人は学校をサボる奴ではないぞ? 今日は創立記念日だと言っていたし……」
「そりゃ、お前の影響だろ。折り合いの悪かった父親言い負かしたの、誰だと思ってるんだ」
……そうだった。
直人が私の護衛になりたいと言い出し、格闘の適正はあるようだから朱雀院で護衛見習いとして訓練させようという話になった。その後直人の父親に許可をもらうため、私も一緒に行ったのだ。
だが直人の父親は「兄の方が優秀だからそっちを雇え」と言い続け、さすがに私も頭にきて「名門校を出ただけの奴はいらん。少なくとも私は、直人の才能を認めて鍛えたいと思った」というようなことを言い返した。
そういえばその後、直人がやけに感激して「一生ついていきます!!」とか言っていたような。
「しかもあいつら、俺に勉強教えてくれって頼みに来たんだぞ。馬鹿な自分のせいで玲奈様まで馬鹿にされるのは嫌だとか言って」
「そうなのか?」
それは知らなかった。中学の頃、直人たちと何かやっているとは気づいていたが。
「まあとにかく、本来なら高校まで関わりのなかったはずのお前と中学時代に出会って、しかも崇拝レベルで尊敬しちまったからな。ゲームとは性格変わって当然だ」
「なるほど」
確か、何かの本で読んだな。バタフライ効果、だったか。
実際に体験してみると、恐ろしいものだな。ここまで変わるものだとは。
せめて、前世でこれを知っていれば……いや、よそう。今更過去には戻れない。
「それと天宮ちとせが、私たちの仲がよいのはおかしいというようなことを呟いていたが、『ゲームでは』そうなのか?」
「やっぱ聞こえてたか……ああ、ゲームの朱雀院玲奈は直人を見下してんだよ。『野蛮な庶民』だって。橘恭司も優等生だから、不良生徒にはいい顔しない、って設定だった」
そういうことか。
そんな嫌われ方では、直人が嫌いになるのも当然だろう。あいつは評判に振り回されていたからな。
むしろ、私が父親の価値観を否定し直人を認める発言をしたので「私に懐く」というゲームと違う流れになっているのだろう。
「恭司」
「ん?」
「私はお前の言うゲームのことはまったくわからん。が、直人のことは未来の部下とか以前に仲間だと思っている」
不思議なものだ。前世では、仲間などというものには縁がないと思っていたし、実際そうだった。
だが直人たちのことは、恭司やあっちゃんとは違う意味で大切にしたい。努力し成長している姿を見守りたいし、必要ならばその背中を押してやりたい。
今の私にとって、直人はそういう存在なのだろう。少なくとも、友人とかよりはしっくりくる表現のような気がする。
「だから、天宮ちとせがあいつらを傷つけるようなことをするなら許さない」
最初は……『天宮ちとせ』の存在を知った時は、あの女が恭司との恋路に進まなければ別にどうでもよかった。
しかし、私は直人たちに関わってしまった。上司でもない私を、彼らは慕ってくれる。
私自身の恋のために、直人を天宮ちとせに差し出すことなど最早できそうにない。それくらいには情が湧いてしまった。
「もし、天宮ちとせが直人を狙うようなそぶりがあったら教えてほしい。その時はこちらでも考えてみる」
「お、おう。……まあ、俺もそのつもりだったし」
少々面食らったように恭司が答えた。そんなに意外だったのか?
まあ、これで直人に関しては恭司も協力してくれるだろう。
「で、話はそれだけか?」
「ああ。時間をとらせて悪かったな」
「いや、これぐらいなら構わねえよ。それより今夜は早めに休めよ」
わかっている、と頷く。
なんだか今夜は、ぐっすり眠れそうな予感だ。
その晩、夢を見た。
「おはよう、××君」
夢の『私』は見知らぬ男に話しかけていた。名のところは雑音のようになって聞こえない。
「おはよう、××さん」
振り向く男。やはり名前は雑音になっていたが、私の名ではないことだけは何故かわかった。
そこからの会話は今日も部活かとか、進路志望の紙を提出したかなどといった、学生としては当たり障りのない内容だ。
それでも『私』は嬉しいと感じていた。『彼』と一緒に登校できるから。
話をしていると、唐突に光に包まれた。
『彼』の姿が遠ざかる。
「待って! 嫌、行きたくない!!」
『私』はわかっていた。このままでは、二度と『彼』に会えなくなるということが。
必死に手を伸ばす。だが、結局どうにもできず……
そこで夢から覚めた。
「何だったんだ……?」
夢の内容ははっきり覚えていた。
それに、違和感もあった。何がどうとは上手く言えないが。
しばし考え、まあ専門家でもない私にわかる訳がないか、と一応の結論を付けた。
ドアのノック音が聞こえてくる。
「お嬢さま、起きていらっしゃいますか?」
おお、もうこんな時間か。支度せねばな。
あんな夢を見たせいだろうか。
……今すぐ恭司に会いたい。
直人の過去話は、その内閑話で書きたいと思ってます。